手紙に笑う旦那様
聞きましたこと?
お二人でお買い物を楽しんでいられたそうだわ。
王家御用達の宝飾店にいらしたそうね。
あら?あの人気のカフェでお茶をしていたと聞いたわよ。
植物園にも足を運ばれたとか。
それも、常にお手を繋がれていらしたんですって。
カフェでは窓辺の並び席で身を寄せ合い、愛を囁き合っていたそうだわ。
公爵様は店丸ごと買い取る勢いでいらして、奥様が慌ててこれを止めていたとも聞いたわよ。
それに噂とは違って、奥様はとてもお綺麗な御方だそうね。
ねぇ、それって本当にあの噂の奥様なの?実は別の人だったなんてことは?
まぁ、もしかして公爵様には妾がいると?
それはないわよ。公爵様自ら妻だと紹介していたそうだもの。
そうよ。いくらお若くして公爵になられたからって、王都でそんな愚行はしないわ。
それにこれから晩餐会があるのよ。
日々王都のどこかで必ず開かれている茶会では、集まった貴婦人たちが誰であろうと、同じ話題が繰り広げられていた。
その噂話の噂、という妙なものは、王都の公爵邸にも流れ着いている。
「情報の回りの早さには驚くが、上々と言えような」
ふざけた噂話がこれ以上出回るなら、どの家を見せしめにして分からせてやろうか。
と、考えていたレオンは、その必要がなくなっても不敵に微笑むのだった。
だがその冷えた瞳が向けた蔑視は、手に持つ一通の手紙へと注がれている。
「それだけ暇を持て余す貴婦人が多いということでございましょう。領地ではよく働いていると聞く御夫人でも、ここ王都では茶会や買い物に忙しく過ごし、ご当主様や家の者たちを困らせているという話ならば、よく耳に致します」
側に控え、レオンに返答していたのは、以前伯爵家の調査報告を行っていた男だ。
執事長は領地に残りレオン不在の対応に明け暮れており、この男がレオンの筆頭侍従として王都に従った。
「奥様宛のお手紙に関してはいかがいたしましょう?」
「オリヴィアと共に見てから、廃棄とする」
「それがようございましょう。では、奥様が確認しやすいようにまとめておきます」
対応には迷いを一切見せずとも、手紙の山を見てはげんなりするレオンだった。
公爵夫人がやっと表に出て来たとあっては、いち早く懇意にしたいと願う者も少しは出て来ようと思っていたが……。
「我が家の役目を忘れた貴族が多過ぎやしないか?」
山積みの封筒を眺め、レオンは呆れた声を漏らした。
「しばらくは目立つ問題がございませんでしたからね」
「気を遣わなくていい。俺を若造だと思ってのことだろう。舐められたものだな」
「申し訳ございません」
「お前たちのせいではない。すべては俺の責だ。まぁ今回の件で、少しは分かってくれようがな」
レオンはにやりと微笑む。
その不敵な笑みを、オリヴィアが見る日はいつまでも来ないだろう。
オリヴィアにとってはきっと、少々ヘタレ……ではなく熱心に愛を伝えてくれる誠実で優しい青年に映っている……と期待しているのはレオンだけであったが。
さて、オリヴィアにはこの夫がどう見えているのか。
妻がいるだけで幸せな男には、もはや良い想像しか生まれてこないのであった。
そんなレオンにも、まだ気掛かりなことはある。
「この期に及んで、オリヴィアを連れて行かずにどうにか出来ぬものかと考えてしまうな」
「そちらのお手紙が何か?」
「いや、晩餐会の前に会いたいと書いてあるだけだ。相当焦っているようだな」
「こちらの手の者から聞いていた話と違っては、そうでございましょう。まだあれを続けられていると考えているのであれば、なおのことかと」
男はそこで終わらず、さらに言う。
レオンの言葉の意味を正しく汲み取りながら、あえて別のことを問い掛け回り道をしたのだ。
「今の奥様には、旦那様がおられます」
ふっと息を吐くと、レオンは笑った。
「違いない」
男はその一言の返答で、至極満足した顔を見せると言った。
「晩餐会まで泳がせるようにいたしますが、訪問があった場合は遠慮なく対応してもよろしいですね?」
男の瞳から強い感情を認めていながら、レオンは頷く。
「好きにしていいが、晩餐会には出られるようにしておいてくれよ。それから、オリヴィアには決して会わせぬように。そこだけはよく配慮してくれ」
「もちろんです。お任せください」
男が頭を下げると、レオンは「この話はここまでとする」と言って立ち上がり、いそいそと部屋を出て行った。
よく笑うようになったものだと、男はしみじみとその背に思うのである。
この男、レオンの乳母の息子で、幼い頃にはレオンが兄のように慕ってきた男だ。
諜報活動に長けた能力を伸ばし、今は公爵家特有の仕事に従事しているが、レオンとは主従関係にありながらも気心が知れた仲であった。
だからこそ、またしみじみと。
「奥様、あのようなことがありながら無事嫁いでくださいまして、ありがとうございます」
レオンの美しき妻に、感謝してしまうのであった。
「もしも恨みたくなりましたら。そのときはわたくしめに」
調べれば容易に分かる事実を放置した罪の意識は、男に根深く残っている。
そのせいか、当主夫妻への忠義には今や誰よりも厚く。その手を、その身を、軽々と汚すほどに──。




