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【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない  作者: 春風由実


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新婚夫妻はデートを楽しむ


 今のオリヴィアは、痩せ細っていた頃を想念させることがなくなった。


 こけた頬や落ち窪んでいた瞳に正しく必要な栄養分が届けられるようになると、幼い頃にあった整った顔立ちもすぐに舞い戻っている。

 さすれば、ただそこにあるだけで美しい人が現れて、そこに足りないくらいの少しの化粧を施せば、十分過ぎるほどに華やいだ美女の誕生である。


 しかもオリヴィアは幼い頃に備えた凛とした立ち居振る舞いを、この二か月でおさらいして、さらに磨いていた。


 そんなオリヴィアがシンプルながらも一級品と分かるドレスを纏い、控えめながらも洗練されたデザインの装飾品を身に付けた後には……。

 


 これを作り上げる手伝いをしてきた侍女らさえ、くらくらと魅了されて、その頬を染めてしまうのだった。


 だから──。



「うっ」


 オリヴィアを迎えに来たレオンは、部屋に入るなり何も言わずに胸を押さえ、顔を歪めた。


 そこらの令嬢であったなら、せっかく綺麗にしたのになんだその態度はと怒り出すところであろう。

 この役目は若き侍女たちが担った。


 しかしながら彼女たちが隠しもせずに寄せた眉間の皺も。


 慌てて駆け寄りレオンの腕にそっと手を添えたオリヴィアを見ていたら、見る間に消えて、彼女たちの顔には期待を込めた瞳だけが残される。


 侍女長は涼しい顔をして若き侍女らの表情の変化をばっちりと目の端で捉えていたが、当主夫妻の邪魔をする気はないため、ここでは咎めない。



「どうなさりました、旦那様?」


 レオンはぱっと顔を上げると、すぐにオリヴィアの手を取った。


「あぁ、すまない。オリヴィアがあまりに美しく……危なかった」


「危なかったのですか?この場所にどんな危険が……」


 きょろきょろと辺りを見渡せば、開け放たれたままだった扉の外で待機する護衛の男と目が合い、オリヴィアは微笑んだ。


 オリヴィアとしてはいつもの感謝と、危険がないよう今日もよろしく頼むと伝えたつもりであろうが、それがかえってこの場に危険を招くものとなる。


 華咲く笑顔に魅せられた男が、護衛としての任務をしばしの間放棄してしまったからだ。



 その華を焦って奪い摘むようにして、レオンは妻の腕を引く。

 もちろん護衛の男の顔に、オリヴィアに見えぬようにして、一瞥をくれてやることも忘れない。



「この邸内に危険などないから、安心してくれ。彼らがよく守ってくれているはずだからな。それより、オリヴィア。今朝は本当に美しいぞ。そのドレスもよく似合っている」


「私()()()のために、お出掛け用の素敵なドレスまで作っていただきまして、ありがとうございます。それから、旦那様も……」


 長年染み付いた口癖は、二か月くらいでは消えず、まだ残っていた。

 それでも──


 オリヴィアが謝らなくなっている。


「俺もなんだ?」


 ほんのりと熱を帯びた頬に吸い寄せられるようにして、レオンはオリヴィアの肌に触れ、指先でこれを撫でた。

 化粧が落ちると侍女らは気にしているが、オリヴィアは目を細めてくすぐったそうに微笑んだあと、薄い紅に彩られた華の蕾によく似た唇を開く。


「とても素敵です。……あっ、旦那様はいつも素敵なのですよ?」


「くっ……」


「旦那様?」


「また危なかった……今日の俺は無事でいられるのか?これはいつも以上なんてものでは…………いや、何でもない。何でもないぞ。俺の体調は万全だ。昨夜もよく眠れたからな。それより、オリヴィア。オリヴィアもいつも綺麗だ。だが今日は一段と、格別に、極上の美しさで……」


 きゃあっと心の中で騒ぐ侍女たちに、侍女長が冷たい視線を送っていた。

 大人しくしていなさいね、という牽制であり、後が大変ですよ、という脅しである。

 

 若い侍女たちの顔色が若干悪くなってきたのは、その時間が目のまえに迫ってきている実感を覚えたからに違いない。


 逆に護衛の男は、先に悪くした顔色を随分とよくしている。

 この男は邸内の護衛を担当しているため、レオンたちの今日の外出には付き合わない。

 とすれば説教は大分先に、もしかすると今日は忘れられ、このまま何もなく終わるかもしれない、いや、きっとそうだろう、この調子なら。

 と、男は希望的な予測にその身を委ねた。



 このようにして周囲の者たちは様々な想いに揺れていたが。

 夫妻はそこに一切の関心を向けず。

 お互いを称賛し終えたあとには、しばし無言のまま、どちらも顔をほんのりと赤く染めながら見つめ合うのだった。


 先に夫が言う。


「せっかく綺麗にしているんだ。さっそく出掛けるとしようか」


「はい。お願いします」


 若き公爵夫妻は、手を繋ぎ、仲良く出掛けていった。




 王都にはこの日からすぐに、とある噂話が広がっていく。




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