王都にやって来た公爵夫妻
レオンはオリヴィアを連れて、数日前から王都に構える公爵邸へと入っていた。
「王都で見たいものなどはあるか?」
「見るものすべてが新鮮で、まだ何が何やら」
領地からの移動の馬車の中にあるときから、オリヴィアは窓から外を眺めては目を丸くしていたものだ。
レオンはそれを微笑ましく隣で見守りながら、観光案内と称しては目に映るものについてつらつらと知る限りの説明を行っている。
それを聞いて、また驚き、微笑み、オリヴィアは楽しそうに外を眺め続けた。
そしてついに邸へと辿り着くと。
「王都にもこんなに大きなお屋敷をお持ちだなんて。さすがは公爵家ですね」
実家である伯爵家だってそこそこに広い屋敷を王都に構えているはずだが。
オリヴィアは一度も足を踏み入れることなく公爵家に嫁いでしまったので、知る由もない。
だからオリヴィアは、立派な門構えと噴水まである広い庭から始まるこの邸に、子どものような驚きを示していた。
王都に滞在するときにしか使用しない邸だと聞いていたから、もっとこじんまりとした可愛らしい屋敷でも想像していたのだろう。
レオンはここでも微笑ましく見守りながら、妻に自覚を促した。
「これからはここもオリヴィアの家であるからな」
にっこりと微笑んだオリヴィアは、言葉を選ぶ間を空けずに返答する。
「はい。その名に恥じぬよう頑張ります」
それから数日。
長い馬車の旅、というほどには公爵領から王都は離れていないが、馬車に不慣れなオリヴィアの体調を考慮して、しばらくは邸にて大人しく、仕事もそこそこに、夫婦で過ごすことにしたレオンだ。
この時間があまりに至福で。
レオンはもうずっと妻と邸に籠っていたいと願うようになっている。
されども嫌でも時間は追い掛けて来るもので。
いくら早めに王都に入ったからと言っても、そろそろ動き出さねばならない。
だからと言って、苦虫を噛み潰したような顔で言うことではないだろうに。
「オリヴィア。明日は少し外出してみないか?」
そして冒頭に戻る。どこか行きたいところがないかと尋ねれば、オリヴィアは謝らずに素直に分からないと伝えてきた。
「では、俺が良さそうな場所を案内する形で構わないか?」
華の綻ぶ笑顔を見たレオンは、即鼻の下を伸ばして、考えを改めるのだった。
せっかくの王都、何もかもが初めてとなるオリヴィアを楽しませるぞ、と想えば気合も入る。
この決定を受けて、さらに気合を入れた者たちがいた。
オリヴィアの侍女たちである。
特に今朝の気合の入りようは、鬼気迫るものがあった。
「どうです、この御美しさ!お化粧はこれで完璧でしょう!」
「まぁ、本当に。なんと可憐で。あぁあ、どうしましょう。やっぱり髪は可愛らしく半分巻いて垂らした方が」
「いいえ。本日は公爵夫人として、より気高さを感じられるようすべてまとめた方が」
「でもでも、このドレスですもの。清楚な感じの方がお似合いではないかしら?それに今日は私的なご用事ですのよ?奥様の可愛らしい雰囲気を全面に押し出しても──」
パンっと軽く両手を合わせた侍女長が、若い侍女らを叱責する。
「落ち着きなさい。奥様の御前で何ですか、その口のきき方は。あなたたちはどれだけ言われれば──」
「ですが、侍女長!この奥様の御美しさですのよ!」
「そうですよ、侍女長!奥様の御美しさを前にしたら、落ち着いてなどいられませんわ!」
「奥様が御美しいのはいつものことです。まったく。ここで悩み始めたら、事前に打ち合わせた意味がないではありませんか。奥様、まだまだ指導が行き届かず、申し訳ございません」
ここにいる侍女たちは、すべて公爵領の邸から引き連れ……というより自ら望んで王都に付き従った侍女たちである。
大変では?とオリヴィアは彼女たちの追従を遠慮しようとしたのだが、是非王都に行きたいと乞われてしまえばオリヴィアに否やはない。
そして今も。
侍女たちのいつもと異なる気迫に押されているのかどうか。
いつも通り侍女らにすべてを委ねたオリヴィアは、大人しく椅子に座って、にこにこと微笑みながら、侍女らの仕事ぶりを見守っているのだった。
これには侍女長も毒気を抜かれ、若い侍女らにもついつい甘くなってしまう。
何せオリヴィアが、一番楽しそうに彼女たちの話を聞いているのだから。
その邪魔をするわけにもいかないのだ。
だからいつも侍女長による軽い謝罪でその場は流れた。




