最愛の味方を得た旦那様
オリヴィアもまた、静かに頷いた。
「このように、私は伯爵位も継ぐことの出来ない至らない娘でして。それなのにどうして公爵家に嫁いでしまったのかと……母の考えは分かりませんが、旦那様には大変申し訳なく。なるべく早く本来の相応しい御方へとこの立場をお渡ししなければ──」
「オリヴィア」
レオンは最後まで言わせなかった。
掴んでいた妻の手をそっと引き寄せ、宝物のようにして両手で包み込む。
「今から俺は失礼なことを言う。怒ってくれていい」
オリヴィアは何も言わず、レオンの言葉を待っていた。
レオンは言う。
「俺は今、オリヴィアが伯爵位を継がずでいいと言われていたことに喜んでいるんだ。そうでなければ、俺たちは婚約していたかどうか。オリヴィアを伯爵家の後継に決めていたら、おそらくオリヴィアのご母堂様が俺を選んでくれることはなかっただろう?だから俺はそれで良かったと、オリヴィアを妻に出来て本当に良かったと、今は安堵している。最低なことを言っている自覚はあるから、怒ってくれていい」
この言葉に返すように、オリヴィアが伏し目がちに微笑んだとき。
レオンは、ようやく妻と通じ合えたのだと実感していた。
これまではどうか分からぬが、今この瞬間だけは、確かに妻にレオンの想いが伝わっている、と信じられたのだ。
それは今までの夢見がちなレオンが作り出した現実逃避からなる妄想ではなく、とても現実的な感覚から得た、実感だったのである。
だからレオンは、もう迷いもせずに、言葉を重ねた。
「辛い想いをさせることになるかもしれないが、俺はオリヴィアのこれまでについてもっとよく知りたいと願う。オリヴィアが幼い頃から、今までのすべてを……出来得る限り知りたいんだ。伯爵家ではどのように暮らし、いつも何を考え、何を感じていたか。そしてこの家に来てからのことも。どうか少しずつでも、俺に聞かせてくれないだろうか」
オリヴィアは静かに頷く。
また伏し目がちに、泣いているともとれるような切ない笑みを零しながら。
この夜から、夫婦は過去を語るようになった。
それも一方的なものではなく、レオンもまた己の過去について語り始めたのである。
それはたとえば、誰にも話したことのなかった、両親を突然亡くしたときのことや、その後の悲しみを噛み締める暇もないほどの多忙さなど……あるいは、若くして爵位を得たことによって起きた弊害について……レオンの思い出話の至るところにオリヴィアを放置してきた言い訳が多分に含まれていたのだが。
オリヴィアがそれを指摘するようなことはなく。
いつでもレオンの悲しみや苦しみに同調しながら、それでも漂う嬉しさを隠し切れておらず、オリヴィアは熱心にそれらの話を聞いていた。
そうしてオリヴィアもまた。
誰を庇うことなく、ただ起きたことを、そしてそのときに感じたことと、今想うことを。
レオンに惜しみなく伝えてくれるようになったのだ。
おかげで公爵家の侍女らの処分がさらに重くなったことだけは、妻に隠し続けたレオンであったが。
オリヴィアは夫からの「彼らを悪いようにはしない。ただ君を知りたいだけだから」という言葉を今も信じていることだろう。
確かに悪いようにはしていない。
レオンがオリヴィアをただ知りたいと願っていることもまた本当のこと。
だから何も嘘はないのだ。
レオンが仕事として、彼らを正しく裁いた、それだけの話だから。
レオンがこのように大きく成長出来たのは、妻という心の通じ合う味方を得たからだろう。
そしてオリヴィアもまた、急速に変わり始める。
それは今もオリヴィアの世話を自ら行っている侍女長が、レオンを崇敬し始めるほどの大きな変化だった。




