妻に勇気をもらう旦那様
男が去ってから三日も経った。
時間がないというのに、なんと悠長なことだろうか。
変わると固く決意したレオンだったが、元々の気質というものは、そう容易く変えられぬものかもしれない。
「今日もお疲れ様でした。旦那様がお忙しくされているというのに、私はまた何もせずに一日を過ごしてしまいまして──」
「いや。侍女長からオリヴィアが今日もよく働いてくれていたと聞いたところだ。まだ療養中にも関わらず、屋敷の者らのために動いてくれて、有難く思う。礼を言おう」
悶々と悩みながら、レオンはこれまで通り、妻との時間を最優先にして過ごしてきた。
夕食後に夫婦水入らずでお茶をする時間も今では日課となっている。
前と変わったことと言えば、ソファーに並び座り、いつでもレオンがオリヴィアの手を取るようになったことだろう。
それさえも、今では夫婦の日課の一部だ。
「とんでもございません。私なんかが──」
一度気付いてしまえば、レオンには妻の言動が変わって見えて来る。
もはや卑屈とも取れるオリヴィアの謝罪は、レオンへの拒絶の意思表示に捉えられた。
もっと聞けばいい。
男に言われるまでもなく、今のレオンはそう想っている。
だけれども。
「皆様にしていただくばかりで、私はどれだけお役に立てていたか怪しいものです。皆様の働きぶりを見ていたらとても私などが──」
止めなければいつまでも続く謝罪の言葉を、最後まで聞くべきなのか。
けれども妻は、こうして謝罪を繰り返しているうちは、何も語ってくれないような気もする。
聞くとは。
会話とは。
何をどうすれば、成立したと言えるのか。
悩み過ぎたのか、レオンは呟いていた。
「なぁ、オリヴィア」
名を呼べば、オリヴィアはすぐに言葉を止めた。
まるで自分の発言など何ら重要なものではないというように。
オリヴィアからは、絶対にこれを伝えなければ、という意志を感じたこともなく、それはレオンに何も伝える必要がないのだと訴えているようでもある。
深緑の瞳を見据えながら、レオンはそっと息を吸い込んだ。
「本当は何を想っている?」
見る間にオリヴィアの顔から血の気が引いていき、レオンは焦る。
「いや、違うぞ。違うのだ。オリヴィアを疑っているわけではなくてだな。俺はただ……オリヴィアがいつも何を考えているか、これまで何を考えてきたのか、それを知りたいと思っただけなのだ」
言いながらレオンは、また自分の気持ちを押し付けてしまったと落ち込むのであった。
レオンが話せと言えば、妻は何でも語るだろう。
だが、それもまた違うのではないか。
妻の口を無理やり開かせたとして、それが夫婦としての会話に昇格したとレオンには思える気がしなかった。
それに妻は嫌がるのではないかと感じていたのだ。
まだ聞く前から決めつけるのは良くないと思いながらも、ここまでレオンに心情を明かさぬようにしてきた妻が話したいと望んでいるとは、レオンにはとても思えなかったのである。
結局レオンは、男の助言をせいぜい半分程度しか受け入れられていなかったと言えよう。
だがここで妻の示した反応がレオンの予測とは違ったことで、レオンは考えを改めるきっかけを得た。
「いつも何を考えているか、ですか……?」
オリヴィアは口元に手を添えて、思案するように俯いた。
「すまない。困らせてしまったな」
「いえ……ですが、ごめんなさい。すぐに答えが思い付かないようです」
これ以上妻に謝罪はさせたくないと常々思ってきたレオンだ。
だがこの時ばかりは、この謝罪に救われていた。
妻からの拒絶がないと分かれば、あとは妻の手から貰う力を借りて、覚悟を決めるだけである。
だがレオンは、自分の認識に相違ないことを確認したく、もう一度だけ聞いてしまった。
妻に関しては、いつまでも意気地のない夫だ。
「俺がこのように聞くことで、不快な想いは生じていないか?」
「え?不快……ですか?」
不快さを覚えていたら、ここで聞き返すことはしないだろう。
オリヴィアならば、それを懸命に隠すはずだ。
今度こそ自信を得たレオンは、さらに援助を貰おうと、触れていた妻の手をぎゅっと握り締めた。
そしてついに言った。
「不快だと感じていないなら、それでいい。実はいくつか聞きたいことがあってな。だが答えたくないと感じたときは何も言わなくていいし、俺が勝手に聞くことだから答えられぬことに謝ることもない。それから聞かれること自体を嫌だと感じたときにも、そう言ってくれると有難いぞ。だから……聞いても良いだろうか?」
オリヴィアは何事か分かっていない様子だったけれど、静かに頷いた。
また進化した夫の変化を、その深緑色をした澄んだ瞳で少しは感じ取っていただろうか。




