進化を見せる旦那様
「まぁ、旦那様。お仕事は終えられたのですか?」
妻へと歩み寄ったレオンは、さっとオリヴィアの手を取って握り締めると、オリヴィアからまた華咲く笑顔が零れ、つられてレオンも微笑みを返した。
外で直接陽光を浴びた瞳は、水草を底にたっぷりと蓄えた泉のように淡く繊細に煌めき、レオンは庭へと迎えに出て良かったと心から想うのである。
手を繋ぎ微笑み合う二人の姿は、どう見ても初々しい夫婦のそれだった。
侍女長はしかし、新婚夫妻の仲の良さを微笑ましく見守っていられる気分ではない。
まさかどこかに潜伏して一部始終見ていたのではあるまいか、と疑いを持って当主を念入りに観察していた。
予測通りだとしたら、後が大変だからだ。
一方庭師の男も、もうオリヴィアの笑顔に魅了されて呆けるようなことはしていない。
こちらは先に見てしまった恐ろしい顔が忘れられないでいる。
そんな周囲の気など知らず、レオンは緩み切った顔でオリヴィアに返答するのだった。
「あぁ、ひと段落着いたところでな。どうせ休憩するなら、愛する妻と過ごしたいと思い迎えに来たのだ」
オリヴィアはくすっと笑うと、「きっと嬉しいと思います」と見当違いな言葉を返す。
もう一押しだと、傍から侍女長に目で合図を送られるまでもなく、レオンはさらに言葉を足した。
「庭を見ていたのだな?気に入る花はあったか?」
「そうですね……すべてのお花が素敵だと思いました。庭師の皆様は本当に素晴らしいお仕事をされているのですね」
私とは違って、と妻が言い出すことを予感したレオンは、間を空けずに言葉を掛ける。
「そうだな。確かにどの花も綺麗で、どれかひとつと選べとなれば、しばし悩んでしまいそうだ。だが俺は、花とオリヴィアについて問われたら、即座に返答出来るぞ。どの花よりもオリヴィアが美しいことならば、いつでも知っているからな」
「まぁ」
「だから今は花よりもオリヴィアを愛でたいと想っている。されどオリヴィアがまだ花を愛でたいと言うならば、それもいい。共に花を愛でるとしよう。俺はその花を愛でるオリヴィアを愛でさせていただくがな」
聞いただろうか。
この歯の浮く……ではなく、レオンからすらすらと紡がれる愛の言葉を。
少々方向性が怪しく感じられなくもないが、レオンは自分で宣言したように甘い言葉を吐き散らす夫に変わっていた。
この変化のために、読んだこともない恋愛小説を周囲から薦められるままに繰り返し熟読したくらいだ。
それでもまだ、ほんのりと耳を赤らめているからには、レオンとしてはかなりの努力をしているに違いない。
問題は受け手となるオリヴィアにあった。
オリヴィアもまた、レオンの努力そのものについては、正しく受け取っていたのだが……。
「また素敵なお言葉を使われるようになりましたね。旦那様が日々素晴らしく変わられますと、私なんかがそれをお聞きしていることが余計に申し訳なくなりまして、どのようにお詫びしたら良いものかと……」
何故まだこうなる?
訴えるようにしてレオンは今日も傍に控える侍女長へと視線を投げたが、侍女長は色々な意味を込めて目を伏せて返すのだった。
また今日もレオンは妻に惨敗である。
去るタイミングを逃しその場で佇んでいた庭師は、先の恐れをすっかり忘れ、なんだか可哀想なものを見る目で主人を見ていた。
妻にこれだけ愛を伝えても、そのままに受け止めて貰えない人間がいるなんて……と知れば、それは不憫に想うだろう。
このようにして、オリヴィアに心酔する使用人が増える一方、レオンに同情的となる使用人たちもまた、確実に公爵家において増えていた。
彼らは自ずと一致団結し、夫妻の安寧を支えようと働き始める。
だが、肝心のオリヴィアが変わらなければ。
レオンだけでなく、誰もがオリヴィアに残る大きな問題を解決しようと必死に働きかけているのだが。
オリヴィアはどうしてか、一向に変わる気配を見せてはくれなかった。




