復活を果たした侍女長
昨夜若き当主の前で恥ずかしげもなく取り乱した事実など、なかったことのように。
その当主の、知りたくもなかった一面に触れ、さらに自責の念を重ねたことさえ、遠い日に置いてきたかの如く。
侍女長は早朝から澄ました顔でオリヴィアの世話を開始した。
オリヴィアはまだベッドの住人であったが、今朝は長く体を起こしている。
「短い時間に限りましても、湯浴みの許可が出ましてようございましたね。つきましては、お手伝いをさせていただいてもよろしいでしょうか」
「え?いえ、自分でどうにかしますので……」
オリヴィアの困惑が、侍女長の胸を突いた。
公爵家にやって来た数日間は、オリヴィアにも確かに湯が用意されていたようだ。
しかし侍女らは湯浴み中の世話を一切していないと言う。
それはオリヴィアが今のように断ったせいでもあるが、侍女らが湯を用意する仕事さえすぐに放棄したことを昨夜知らされた侍女長は、本当なら昨夜のように取り乱して、頭を床に擦りつけオリヴィアに謝罪したいところだった。
だが侍女長は、感情の乱れを丸ごと抑え込んでは微笑みを作る。
侍女たるもの、仕事中にその表情に感情を乗せるものではないと考えてきた侍女長であったが、オリヴィアを前にすれば、それくらいあっさりと手放せた。
「実は奥様に少々お願いがございまして」
「……お願いですか?」
オリヴィアの深緑の瞳に輝きが増したことを侍女長は見逃さない。
「えぇ、ご相談させていただいても?」
と聞けば、必ずオリヴィアは喜んでこれを受け入れる。
侍女長にとってオリヴィアの扱いは子ども相手のように容易かった。
案の定オリヴィアが頷けば、侍女長は侍女らしからず笑みを深めて、やはり侍女らしからず親し気に語り掛けていく。
「この邸に長く女主人となる御方が不在となってございましょう?仕方のないことではございましたが、これでは若い侍女らが腕を磨く機会を持てず、どうしたものかと長く思い悩んでいた次第なのです。それでもしよろしければ、奥様にご協力頂けないかと思いまして」
「私なんかに出来ることであれば、なんでもいたしますが……」
「まぁ、有難きことにございますわ!では、湯浴みのお手伝いをさせていただきますわね」
「えっ!それは……あ、そうです。それなら皆さまで──」
「いえいえ。こういうことは、奥様というお立場にある御方をお相手することが重要なのです。それにわたくし共での体を磨き合っての練習でしたら、いつでもしていることなのですよ。侍女たるものの訓練として、それでは足りません」
「そうなのですね。でも、私などでは奥様という立場には程遠いような気もしますが……」
かつてを知る侍女長は、オリヴィアが子どもの頃とその思考を大きく変えてしまったことに気が付いていた。
だから、今は上手いところへ誘導して、世話に慣れて頂くこと……公爵夫人のなんたるかなど、侍女長の中ではもう後回し、些末なことのひとつとなっている。
「いいえ、是非とも奥様にお願いしとうございます。公爵家の侍女の質の向上のため、どうかご協力頂けますか?」
「私などで良ければ、お役に立てるように頑張り……どう頑張ればよろしいのでしょう?」
「奥様らしく、振舞って頂けると有難いですわ。具体的には、湯浴み中にはただこちらに身を委ねて頂けますと」
「分かりました。なるべく大人しくして、皆様のお邪魔にならないように気を付けます!」
侍女長はにんまりと笑い、オリヴィアは嬉しそうにその顔に華を綻ぶ。




