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【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない  作者: 春風由実


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発狂する旦那様


 消えた食事の行方は、聴取する侍女の幅を広げたところで、すぐに突き止められた。

 その洗濯係の侍女から事情を聞くまでもなく、この十日ほどで急速に肥えた体とその挙動がすべてを物語ったからだ。


「窃盗罪となるが……泥棒をした意識はあるか?」


 怒りが過ぎたレオンが据わった目をして静かに問い掛けると、肥えた体で「ふひぃ」とおかしな悲鳴を上げた侍女は、涙を浮かべて言い募った。


「ですが、私は言われた通りにしただけで……ひふっ」


 レオンが目力を強めれば、恐怖に慄いた侍女からまたおかしな悲鳴が零れる。


「他の者に言われたら、俺の妻を衰弱死させても良いと言う気なのだな?」


「そんなっ。そんなつもりは……どうせ捨てるからと言われただけです!それにお料理を頂く分の仕事は、しっかりとしておりました!」


「侍女らの服を洗濯してやって、それが俺の妻の何になる!」


「ひふっ。でも、でも、奥様の洗濯はしなくていいと言われたのです!」


 この状況でも口答えをする勇気ある侍女に、さすがのレオンも発狂しそうになって頭を抱えた。


 これが公爵家の侍女だと?一体どうなっている?


 ぎろりと執事長を睨んだが、執事長も同じ気持ちだったようで、その侍女に視線を向けながらも、やけに遠くに焦点を合わせ、レオンを見ようとはしない。



 その後もこの侍女は凄かった。


 レオンから引き継ぎ、執事長がくどくどと説教したのち、今後について語っていけば……。


 いつの間にかぐずぐずと泣き始めていた侍女は、「そんな。もうあれを食べられないなんて」と自身の処遇を嘆く前にそう言ったのだ。


 泣きたいのはこちらの方だし、いっそこの場で拷問にでも掛けてやり、今後は泣き言ひとつ出ない口にしてやろうかと本気で思ったレオンである。

 それでも妻が療養しているのだからと、妻の澄んだ深緑の瞳を想い出しては、レオンは必死に怒りの衝動を抑えて、執事長と肥えた侍女のやり取りに聞き入った。


「君の辞職は間違いないが、無罪放免とはならないことも分かるね?処分対象者については、これからさらなる事実確認をしたうえで厳正なる──」


「そんなっ。そうです!仕事はっ!仕事は人より多くしておりました!どうか、それで……」


 この侍女は上司の言葉を遮ることも厭わない。

 使用人の教育はどうなっていたのか、もはや邸の者たちへの信頼感をすべて失ったレオンである。

 執事長と相談するまでもなく、今後はすべての人選と教育に自分が関わることを決意した。


「一介の侍女に仕事の選択権はないと先から繰り返し説明していよう。勝手に指示された仕事を越えた働きをしたとしても、それは規律違反だ」


 執事長は厳しく言うが、この侍女はどこまでも凄かった。


「一介の侍女に……では、やはりあの子は特別なのですね?」


 ここ最近肥えた体こそ、精神と合致した元の姿だったのではないか。

 涙で濡れた頬を手で拭いながら、侍女はまだ疑問を、それも他人に対する疑問を口にする余裕を見せた。



「あの子とは?」


 執事長は思い至る人物を想像出来ない。レオンも同様に今度はなんだと眉を顰める。

 するとこの侍女は、自分が手柄でも立てたように誇らしげに言ったのである。

 何を威張るところがあったのか。


「旦那様のお気に入りのあの子です!」


 レオンはすっと音なく立ち上がると、扉と窓が完全に閉め切っていることを確認したのち、徐に側の棚に置いてあったひざ掛けを持ち出した。

 そのゆったりとした動きに侍女に何かあるかと警戒していた執事長は、その後のレオンの行動に対し、驚きよりも前に懐かしさを覚えてしまう。


「何なのだ、これは!歴史も深い由緒正しき公爵家だぞ!!こんなことがあって堪るか!!!」


 ついにレオンが発狂した。

 布越しにくぐもった声は、それでも大きく、扉を越えて邸内に響き渡る。


 執事長はそっとこめかみに指を置き、あらゆる感情を呑み込んだ。

 邸の差配の一切を任されてきた彼もまた、責任をすべて放棄して、叫んだのち、この場から走り去りたい衝動に駆られていたのだ。


 何がどうしたらたったの数年で、ここまで侍女の質が低下するというのか。

 己も至らず、侍女長もまた問題を抱えてきたが、女主人不在の影響力の偉大さをここで痛感する執事長だった。




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