第1話「記憶」
「ハッ!」
目が覚めると俺はベッドの上で寝ていた
ズキズキと頭が痛む
白く固いベッドの周りをクリーム色のカーテンが囲っていた
「何か恐ろしい夢…?の様なものを見ていた気がするが…」
痛む頭を抑えながら立ち上がろうとすると不意にカーテンが開けられた
「ちょっと!お兄ちゃん!!大丈夫なの!?」
カーテンを掻き分けて心配そうな表情をしている黒く綺麗な長い髪をツーサイドアップにした美少女がそこに居た
「あ、あぁ…」
突然の事に驚いた俺は言葉にもならない微妙な返事をした
「良かった…//お兄ちゃんが無事で//」
涙を浮かべながら嬉しそうに俺の胸に顔を埋める少女
それを俺は知らない…
「えっと…君は誰なんですか?」
その問いに少女の顔は驚きを隠せないでいた
「お、お兄ちゃん!?わからないの!?お兄ちゃんの妹、三玲よ!?」
「ごめん、わからないんだ…」
「うっ…」
そう、声を殺して涙を浮かべながら三玲と名乗る少女は「先生ー!」と言いながら掛けていった
一人残された俺
ふと、考える
(あの子の事を思い出せない…)
(それに、俺自身も…)
すると俺のズボンのポケットに何か膨らみを感じそれを手に取った
(これは…)
ポケットの中には少し汚れた懐中時計が入っていた
開けようとすると少しの錆があり開けにくなっているものの開いてみると短い針はⅥと長い針はⅤを指し示していた
その保健室と思われる部屋の外を眺めると夕日が沈みかけていた
ただ、俺は…
六時なのかとそう思った…
あの後、俺は病院に連れていかれ階段から落ちた際の記憶喪失と診断され今のところこれ以上の手を打つ事が出来ない、様子見と言われ俺の妹と名乗る少女に連れられて俺の家と思われる場所に案内された
「ちょっと待っててね、お兄ちゃん」
三玲は先に家の中に入って家の灯りを点けていった
「お帰り!お兄ちゃん!!」
「た、ただいま…」
ぎこちないが彼女の屈託の無い笑顔は本当に俺を歓迎してくれているのがわかった
帰ってみるとこんなにも夜も更けているのに誰もいなかった
そう、その家には大人が居ないのだ
つまりこの家には俺と三玲だけしか存在しない
「三玲、俺達の父さんや母さんは?」
その俺の問いかけに三玲の表情は曇った
「三玲たちのお父さんとお母さんは居ないんだ…」
三玲は必死に笑顔を作りながら台所へと脚を運んだ
「お兄ちゃん、お腹空いたでしょうー
今からご飯を用意するからそここ椅子にでも座って待っててね」
確かにぐぅと腹が減る音がする
記憶もなく不安でいっぱいでもどうやら腹は減るみたいだ
暫くするとキッチンからとてもいい匂いが漂う
「お兄ちゃん、お待たせー
三玲特製のトマトシチューだよー!」
そう言って運ばれて来たトマトシチューに湯気が立ち込めている
「そして三玲
の得意料理オムライスだよー」
出されたオムライスにはケチャップで可愛らしく"お兄ちゃん!元気出してね!!"と書かれている
三玲の顔をチラリと見ると少し顔を赤らめていた
「お腹が空いたら気持ちも塞ぎ込むからね!ご飯をモリモリ食べて元気を出そうね!!」
(あ、この子は本当に優しい子なんだな)
俺を元気づけようと必死か姿にとても心を打たれた
「冷めないうちに食べようね!いただきまーす!」
「いただきます」
俺はそんな彼女にお礼でも言うかの様に手を合わせた
(美味しい)
俺は無心でトマトシチューとオムライスを食べた
その俺の様子をニコニコと三玲は嬉しそうに見守っていた
「お兄ちゃんそんなに急いで食べなくても逃げないから大丈夫だよ」
しばらく一緒に食べているとこちらを見た三玲が驚いた様な声を上げた
「どうしたの!?お兄ちゃん!?」
(どうしたの?とはどういう事なのだろ?)
疑問に思ったのは一瞬だった
俺の頬に何か暖かいものが伝った
(これは涙…俺は泣いているのか…)
「大丈夫?」
心配そうに俺を見る三玲
「大丈夫だよ」
俺は三玲に精一杯の笑顔で答えた
「ほ、ほんと~に?」
三玲は心底、俺を心配していた
「あぁ、本当に大丈夫だよ」
俺は分かっていた
ただ、この暖かな感じにさっきまでの不安が三玲の優しさで和らいで行くのがわかった
静かな幸せな時が流れる
だか、その静かな時が打ち破られたのは鳴り響くインターホンの音であった
ピンポーン…
静か過ぎる家にはその音は良く響いた
「こんな夜中に誰か来たのか?」
「そうみたいだね…」
三玲はその来訪者に心当たりがあるのか少し気落ちしている
「ちょっと三玲、玄関を見て来るね」
「こんな時間に訪ねて来る奴なんて危ないかもしれない。俺も一緒に行く」
そう言った俺の顔を悲しそうな表情で見つめながら一瞬な
「ありがとう、お兄ちゃん、じゃあついてきて貰えるかな」
その間も何度もインターホンが鳴る
高鳴る心臓の音を落ち着かせることなんて今の俺には無理だった
「はーい」
開けようとする三玲の腕を掴んで俺はそれを制した
「俺が開ける…」
ごくり、生唾を飲む
扉を開けた先にはとても綺麗な黒髪の美少女がそこに立っていた
しかし、その少女はとても綺麗な目鼻立ちをしているのにも関わらず涙を流してぐちゃぐちゃに歪んでいた
目があった瞬間、ズキンドキッと胸の痛みを感じた
そして、俺が何かを言おうとするよりも先にその少女は俺に抱きしめた
「一体君は…?」
俺はそう問いかけたのだった