夜会にはイレギュラーがつきもの
夜会の日、私は久しぶりの出席を不安に思っていた。
「お嬢様、もう婚約者のある身ですから心配無用です。
それに司祭様がエスコートしてくれるんですよね。
大丈夫ですよ」
とアリスに言われて気持ちを落ち着け鏡の前に立った。
「露出は控えめにしてあります。
エスコートも聖職者の方ですからね」
と言われ、改めてドレスを見た。
淡いグリーンのドレスはホルターネックになっており首まで完全に隠れている。
ノースリーブではあるが手袋は二の腕まであり、肌の露出は控えられていた。
私は百合に『行ってまいります』と言う。
これが最近のルーティンになっている。
なんだか、お父様やお母様に私の声が聞こえている気がするから。
…多分気のせいだと思うけど…
馬車でケルダード教会に行くと、司祭様は真っ白な聖職者の正装に身を包み、豪華なローブを纏っていた。
「マリーナ嬢。普段のお手伝いに来てくれる可愛らしい雰囲気とは違って今日は本当に美しいですね。
トレド君にも見せてあげたいですね。
これはトレド君から預かったのですが、『今日の夜会でエスコートできないせめてものお詫び』だそうですよ?」
と、チョコレートの詰め合わせを司祭様から渡された。
司祭様はフフフと笑っていた。
会場に着くと、主催者であるフリト侯爵様にご挨拶をした。
「おお、これは司教様!
まさか司教様がアデレイド伯爵令嬢をエスコートして来られるとは!
普段、どんな行事にも多忙であまり参加できない司教様が来てくださるとは嬉しいサプライズです。
アデレイド伯爵令嬢、どうやって司教様にエスコートをお願いしたのですか?」
とフリト侯爵は驚いていた。
「アデレイド伯爵令嬢は教会の行事の補助をしてくれるのです。アデレイド嬢の補助は大変素晴らしいものなのですよ?
そのアデレイド伯爵令嬢をエスコートすることは当然ですよ。」
と司教は答えてくれて、フリト侯爵の挨拶を終えた。
『あれじゃ、多額の寄付をしていると勘違いされますよ』
と司祭様に小声で言うと
『これでフリト侯爵家が普段から寄付を増やしてくれたら嬉しいですね』
と司祭様は小声で答えてくれて、笑っていた。
会場は沢山の人で溢れていた。
両親が不在なので、伯爵代行として親交のある方々に挨拶をしていると、あまり交流のないフィオナ・フリト侯爵令嬢がこちらに向かってきた。
「あら、アデレイド伯爵令嬢じゃありませんこと?
お久しぶりですわね。
学院を卒業したのは半年前。
私、同じ学園の同期の卒業生として皆様の卒業後の幸せを願っておりましたのよ」
フィオナ・フリト侯爵令嬢は同じカルメン女子寄宿学校の同学年だった。
この学校は国内外の良家の子女が通う、大変由緒ある学校で、誰でも通えるわけではない。
経済状況や両親の仕事、爵位、あらゆる面を審査され、合格しないと入学できない。
その中で、多額の寄付をして別格扱いを受けていたのがフィオナ様なのだ。
『伯爵家の分際で親しげに話しかけないで』、と入学した時に言われた為、交流はない方だ。
「アデレイド伯爵令嬢は大変ですわね。
弟君の後見人になろうにも婚約者様は力不足で宰相様が相談役につくとか。
お相手は…新興の子爵家の御子息でしたっけ?
アデレイド伯爵令嬢は、なにぶんあの噂もありますから…。嫁ぎ先は選べませんものね?」
と、同情しているような目つきをしながら口元は笑っていた。
「レディのお話に割って入るようで申し訳ない。
私は中央区司教の『ザーランド司教』です。
お嬢様は勘違いしているようなので訂正させていただきますが、アデレイド伯爵令嬢の婚約者のトレド君は、『トレド子爵』であって、『子爵令息』ではありませんよ」
と司祭様は言った。
私もトレド様は子爵令息だと思っていた!
動揺を隠すように私も笑顔を作る。
あの若さで子爵籍を叙爵されたということはかなりすごい人なのでは…。
「新興子爵家と伺っておりましたから。
ご本人が子爵ということはかなり年上の方なんでしょうね。
どういった方か教えていただけませんか?
叙爵は簡単なことではありませんわ。ただし金銭で得られるなら簡単でしょうけど」
嫌な笑みを浮かべながら、フィオナ・フリト侯爵令嬢は司祭様に聞いたが
「トレド子爵はいい人ですよ。
あっ、今日はフリト侯爵家のスイーツを楽しみにして来ました。
フリト侯爵家の晩餐会に出てくるケーキは絶品ですからね」
と、司祭様は無邪気にケーキの話を始めた。
司教様のケーキ愛の話がつきないのでフィオナ様は諦めてどこかに行ってしまった。
今日の夜会には、同じ学院だった友人達も多数来ていた。
公の場に出てこない、いい噂のない私と表立って交流を持てない友人達は、たまにこっそり手紙を送ってくれていた。
今日、婚約した上に、司教様と夜会に来た事によって友人達は、話しかける事ができたようで、何人もの友人が「婚約おめでとう」と言ってくれた。
すごく情熱的だったのが、
「婚約おめでとう!マリーナ!」
あの問題の夜会で私を一人にしたことを詫びてくれたエリザベス・トンプソン伯爵令嬢が、目に涙を浮かべて手を握ってくれた。
司祭様は、
「くれぐれもこのホールから出てはいけませんよ?
トレド君が心配しますからね。
ダンスのお誘いもダメですよ?」
とベスと二人で話す時間をくれた。
「マリーナをあんな目に合わせたケレイド・ラナス侯爵令息。
私達、マリーナの同級生達は、夜会のダンスに誘われても誰も受けないの。
うちの親なんか、『ダンスを踊っただけでも、どんなことを言われるか分からないから近づくな』って言ってくるわ。
マリーナを身持ちの悪いご令嬢のように言い回ってるけど、それではご令嬢は寄ってこない事がわからないのかしら」
と、ケレイド様の現状を教えてくれた。
「あの方は、私とは従兄弟になるの。
でも、つい数年前までは全く交流がなかったのよ。
それが、数年前、侯爵夫人がいきなり家に来てね。
その頃、すでに私は寄宿学校に入っていたから何があったのかは知らないわ」
と、話していたら、
エリザベスの婚約者がこちらに来てくれた。
「お久しぶりです。アデレイド伯爵令嬢。
婚約おめでとうございます。
お相手の方を機会があったら私達にも紹介してくださいね。
私達はあんな噂、嘘だと思っているので。
ところでわるい虫がつく前に迎えに来ました。」
と、エリザベスの婚約者である、第二騎士団所属のカーン様が言ったら、司祭様も来てくれた。
カーン様はこちらを見ている数人の貴族の視線を外すように立ち塞がってくれていた。
こちらを見ていたのは、いい噂のない若手貴族達だった。
「マリーナ、手紙を書くわ」
と言ってくれてベスとは別れた。
「やはりケーキが絶品ですね」
ニコニコと笑う司祭様。
司祭様と話していると何回かダンスのお誘いがあったが、全てお断りをした。
会場にはケレイド・ラナス侯爵子息も来ているようだった。
でも司祭様は、ケレイド・ラナス侯爵子息が遠くの方に見えると上手に人混みに誘ってくれたり、飲み物の所に誘導してくれたりして一度も会わなかった。
それにダンスの誘いがしつこい相手がいると、
「君は相手のお気持ちを感じるのが苦手そうですね。
どうですか?毎日礼拝に通っては?
私が神の言葉を教えて差し上げましょう。
そうすればご令嬢の気持ちがわかるようになるのではないですか?」
と、司祭様が言うと、『中央区司教様』に逆らえる人なんていない為誰ともダンスをせずに済んだ。
今日は皇太子殿下が来ているらしい、と先程ご令嬢達が噂しているのが聞こえてきて、ご令嬢達の視線の先には人集りができていた。
その中心にいるのは多分、この国の皇太子殿下だ。
皇太子殿下はプラチナブロンドの淡い綺麗な髪で、遠くからチラッと見えた顔は、綺麗な顔立ちだった。
一瞬こちらを見た気がした。
こうやって、沢山のご令嬢は『こっちを見たわ』とか『私に気があるのよ』とか勘違いをするのかもしれない、と思った。
そして夜会も中盤に差し掛かった頃
「夜会は最後までいる必要はないのですよ。
弟君が待っていらっしゃるでしょうから、帰りましょうか」
と司祭様の言葉で帰ることにした。
司祭様は笑顔でこちらを向き、やっと聞こえるような小さな声で
「いいですか?
今から言う事に笑顔で返事してください。
実は気になる事があって、違う馬車に乗って帰ります。
気のせいならいいのですが、馬車が襲われるかもしれません。」
と笑顔を崩さずに言った。
私は笑顔で
「わかりました。司祭様の言う通りにします」
と答えた。
司祭様は、辻馬車そっくりの特徴のない馬車にエスコートしてくれた。
馬車に乗り込むと、すぐに動き出した。
「先頭はこの馬車、後続に伯爵家の馬車、そしてその後ろに、この馬車とそっくりの馬車を走らせています。
この馬車は一つ目の角を曲がると、止まるので、すぐに荷馬車に乗り換えます。
もう降りる準備をしておいてください」
そう言われて、フワフワと広がるスカートを押さえつけ、すぐに降りられるように準備をした。
角を曲がると、そこに男女が待っており、私たちが降りると入れ違いに馬車に乗り込んだ。
私と司祭様は、そこにあった古い荷馬車に乗った。
荷馬車の中は新聞用の再生紙が沢山入っており、荷馬車には『モメンタム新聞社』と書かれていた。
この時間に走っている荷馬車は少ないから、文句は言えない。
3台連なった馬車は遠回りをして司教館に向かう予定だと司祭様は言った。
私達は、このまま新聞社に向かった。
新聞社に着くと、司祭様は笑顔で新聞社に入った。
「局長はいるかな?
今日はチャリティーの夜会があってね。
久々に参加したので、記事にでもしてもらおうと思って」
と受付に言った。
すると局長が出てきて、
「司教様、またいたずらですか?
今日はご令嬢まで連れて!
いつものように馬車を出しますから、しばらくお待ちください」
30分ほど経ってから『モメンタム新聞社』と書かれた取材用の馬車に乗せられ、アデレイド伯爵家に送り届けてもらった。
更新時間がバラバラですいません…




