『異世界の物語、英雄伝説の終幕』
家族三人でベッドに寝そべり、いつも通り絵本を読んで眠りにつこうとした時のことだった。ルインが寝ぼけ眼をこすり、俺たちにある提案をしてきた。
「パパ、ママ。ルイン、二人がアルヴァリエにいた時のお話し聞きたい」
確かに今まで話したことはなかった。俺はどこから話すべきか考え、どうせなら最初の方からにしようと決めた。
「俺が異世界に行ったばかり……はどうでもいいか。せっかく三人揃ってるし、エリシャと出会った辺りからにしよう」
「ルイン、楽しみ」
「あんまり期待するなよ? 特に俺なんて、最初の方はかなり弱かったしな」
「……レンタから言われる私というのは、ちょっと恥ずかしいですね」
そんな話を三人で交わし、俺は異世界での記憶を思い返した。
……エリシャと出会い、魔物との戦いを経て二人で旅することになった。
彼女の目的は行方不明になった弟を探すことで、手掛かりの少なく果てしない道のりだ。俺はそれを手伝いながら魔物を狩り、勇者の力を強くすることが当面の目的だった。
「うーん……」
「どうしましたか、レンタ?」
町から討伐依頼を受けていた魔物を倒し、俺は深く考え事をしていた。そして疑問を浮かべたエリシャへと、抱いている悩みを隠さず打ち明けた。
「いやさ、もっと強くなるにはどうしたらいいかって思ってさ」
「強く……ですか? それほど気にする必要はないと考えますが……」
そう言いエリシャが見つめるのは、死体となった体長十メートルほどもある黒鋼蛇だ。特徴は鋼と称されるほど堅牢な鱗で、物理攻撃では倒すことは不可能といわれている怪物だ。
「こいつを倒せたのは、俺に勇者の聖剣があったからだ。状況によっては使えないこともあるだろうし、聖剣を使わない戦い方っていうのも覚えようかってさ」
「なるほど、一理ありますね」
「だろ」
勇者の資格を得た今の俺は、聖剣がなくても一定以上の強さを持っている。ならば基礎的な戦闘力を底上げすれば、それは聖剣使用時にも上乗せされる技量となると考えていた。
「というわけでエリシャ、俺の戦闘術の師匠になってくれないか?」
「え?」
「身のこなしを見てれば分かる。エリシャの立ち回りは常に俺を上回っているからな。どこが駄目でどう改善した方がいいのか、出来れば教えて欲しいんだ」
エリシャは遠距離攻撃メインなので、近接戦闘の指南をしろと言われても難しいだろう。そう思っていたのだが、エリシャは少し悩んで意外なことを言った。
「―――では実戦形式でやっていきましょうか。基礎の近接戦闘から、私が得意な遠距離戦闘まで教えられるだけ教えようと思います」
「……エリシャって、本当に何でもできるんだな」
「ふふっ、さすがに近接戦闘の方は自信ないですけどね」
願ってもいない言葉だったので俺はそれを受け入れた。そして実際に聖剣を使わないで戦ってみると、エリシャには近接戦ですらまったく歯が立たなかった。
「がっ⁉」
「……それでは遅いです。改めて見ると、レンタはどの攻撃も大振り過ぎるんです。目で追えないほどの速度の敵が現れたら、何も出来ずにやられてしまいますよ」
「…………分かった、もう一度だ!」
俺たちは魔物退治の前や後の時間を使い、互いに戦闘技術を高めていった。
勇者の力のおかげか強さに磨きがかかるのは早く、修行を始めて二年が経ったころにようやくエリシャを打ち負かすことが可能となった。
「……もう教えることはありませんね。今のレンタなら、聖剣が無くても大抵の敵と渡り合えるはずです」
「ありがとう、エリシャ。いや……師匠と言うべきかな」
「ふふっ、今日だけはそう呼ばれるのも悪くないですね」
夕焼けの草原で、俺たちは厚く握手を交わし合った。まるで熱血映画然としたその光景を、勇者一行の仲間たちは呆れて見つめていた。
「まーたやってるわよ、あのつがいども。レンタはともかく、あんなに剣術の腕上げてどうすんのかね、エリシャ姫は」
ぶっきらぼうに言うのは、エルフ族の女性魔法使いだ。
「なぁ、吾輩はこの一向に本当に必要なのだろうか? もはや誇れるところが、防御力ぐらいしかないのだが……」
心配そうに語るのは、筋骨隆々な外見の格闘家だ。
「気にしない気にしない。あの二人が頭おかしい強さしてるだけ。あなたはその筋肉を存分に使って、何も考えず楯となってくれれば問題なし!」
なぐさめているのか馬鹿にしているのか分からないのは、一行の回復役を務める年上の女性だ。元聖女という肩書があり、酒癖が悪すぎて追放された過去がある人だ。
まだ先の話だが、ここからあと二人の仲間を加えたのが最終的な勇者一行だ。
もう一度彼らの声を聞きたいと思うが、日本で暮らすことを選んだ限り会うことはないだろう。悲しくもあるが、ルインを異世界に戻すことができない以上は仕方がないことだ。
「他には……ってもう寝たか」
横から小さな寝息が聞こえ、ルインは気持ちよさそうに寝入っていた。俺はすっかり安心しきっている頭を撫で、エリシャと顔を見合わせて微笑んだ。
「また明日も、いやこれからもよろしくな、エリシャ」
「はい、どこまでもお供します」
英雄伝説を越える素晴らしき日々を、俺は二人と一緒に紡いでいこうと誓った。
おまけエピソードはここまでです。後は月末に完結させ、その伸びで続きを書こうか決めます。
一応まったく別の新作も書いていましたので、そちらを投稿した時には見に来てくださると嬉しいです。
それでは重ね重ねになりますが、作品を読んでいただき誠にありがとうございます。




