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第四十四話『二人の勇者、長き因縁の終焉』

 ミクルの意思を奪ったガイウスは上空へと飛び、勇者の証である聖剣を解き放った。抜き身の刃からは七色の魔力と眩い閃光が溢れ、荒地となった遊園地全体を照らした。

 「―――ではさらばだ。我が覇道の礎として、この地で華々しく散るがいい」

 地上にいるエリシャとルインがガイウスを撃ち落とそうとするが、どの攻撃も七色の光の前に威力を失う。もはやどれほどの手を尽くしても、ガイウスを止める手段はない。誰もが終わりを受け入れかけていた。

 しかし絶望的な状況の中で、ただ一人『勇者レンタ』だけは足を止めずに駆けていた。

 


 俺は女神の加護で身体強化し、全速力でガイウスの元へ向かった。全身の筋肉が痛みを上げ肺が今にも破裂しそうになるが、それでもいいと足を止めなかった。

 (―――ここじゃない。もっと別の場所からだ!)

 ガイウスがいる高度まで飛ぶには、二階建ての建物程度では足りなかった。走りながら周囲に視線を巡らせると、半壊したジェットコースターが目に入った。コース全体を見て行くと、ちょうどガイウスの近くが登りとなっていて高さも申し分なかった。


 俺はレールが下っている場所へと向かい、二階建ての建物を足場にして跳び乗った。

 「……くそっ! 間に合え‼」

 一気に走り抜けたかったが、足場が不安定で思うように速度が出ない。広場の方ではエリシャとルインが俺に気づき、ガイウスの注意を引くために攻撃を続けてくれていた。期待に応えようと必死にレールを登っていくが、このままでは間に合いそうにない。


 (何か使えるものはないか? ここからじゃあ、さすがに遠すぎる―――……っ⁉)

 打開策を探していた俺は、突然後方から迫ってきたある物に驚愕した。それは園内を走っていた無人ジェットコースターで、ガリガリと金属音を響かせコースを登っていた。たどり着く先は崩落で壊れ、このままでは落下の衝撃でスクラップだ。


 これが最後の仕事とばかりに、ジェットコースターは健気に働き続けていた。

 「……なら、俺が終わりを看取ってやる」

 レールの頂点でジェットコースターは止まり、俺は座席の上に乗って手すりを渾身の力で掴んだ。すると合図を交わしたかのようにジェットコースターは動き出し、もの凄い速度でレールを駆け抜けていった。


 視界を覆う風の中で、俺はガイウスを捉え続けた。徐々に距離は縮まっていき、身体強化の跳躍で届く位置まで近づく。俺はジェットコースターに「ありがとう」と感謝を告げ、全身全霊を込めてガイウスまで跳んだ。

 「―――ガイウス! 俺はここだ‼」

 「っ⁉ その声、勇者レンタか!」

 ガイウスは俺の声で振り返り、反射で聖剣の刃を横一線に振るってきた。


 俺は女神の加護を右腕に集中させ、向かってきた刃を無理矢理受け止めた。聖剣の刃は加護と肉を裂くが、骨を断つ寸前で急速に力を失った。

 「……ようやく、捕まえた。いい夢は見れたかよ? 魔王ガイウス……!」

 俺は空いていた左腕を動かし、逃がさぬように聖剣の刃を力づくで握った。そして刃と接触している俺の両腕を通し、失っていた勇者の力が戻るのを感じた。


 「邪魔だ! さっさと離れろ‼」

 焦ったガイウスは怒号を上げて殴り掛かってくる。魔力の込もった殴打を受けながらも、俺は死んでも離すかとさらに聖剣に力を込めた。

 「焦るんじゃねぇ。今から俺が……全部終わらせてやる!」

 「たわけめ! 我は永劫を生きる存在、魔王ガイウスだぞ! こんな魔力も無きゴミ同然の地で、果てることなどできるものか‼」

 ガイウスは聖剣を捨てて逃げようとしたが、俺はその肩をガシリと掴んだ。すでに勇者の力は半分以上も戻っており、力を失いかけているガイウスを捕まえるのは容易だった。


 「―――もうじゅうぶん楽しんだだろ。お前はもう、ここで消えろ」

 そう宣言すると同時に、俺は聖剣に溜まった魔力を全力で解放した。溢れ出る光の波動に俺とガイウスは包まれ、一瞬の間に視界も音も消えた。


 いつの間にか俺は、七色の光の中に独り立っていた。真下の広場にいたはずのエリシャとルインもいなく、どこを見渡しても光しか見えない。かつて勇者として戦っていた時も、こんな現象は一度も見たことが無かった。

 「ここは……、何だ?」

 不思議に思いながら光の中を歩いていると、光の中にいくつもの光景が映し出された。

それは仲睦まじい家族の姿で、両親に挟まれるようにして眼鏡をかけた黒髪の女の子がいた。女の子笑顔は晴れやかで、常にニコニコとして幸せそうだった。


 光に映る光景は一つまた一つと流れていき、家族の何気ない日常を辿っていく。するといつからか女の子は背が高くなって少女となり、次第に幸せそうな笑顔は曇っていった。一体何が起きたのか、それは徐々に仲が悪くなっていく両親が原因だった。

 「この光景は、やっぱり夢で見たものと同じだ……」

 両親は娘が扉越しにいるのも気づかず、二人で離婚することを決めてしまった。


 ミクルは話し合いに混じろうと何度か扉に手を伸ばすが、結局勇気を出せずに自室へと戻っていった。寒々しい暗闇に独り、幼き日のミクルは取り残されていた。

 そこから映るミクル視点の日々は、すべてが灰色に映っていた。見るもの感じるものすら卑屈に変わっていき、この世界そのものに絶望し始めていた。


 少しずつ光に映っていた光景は消え、視界の先にうずくまった人影を見つけた。ゆっくりと歩み寄って行くと、そこには泣きじゃくっている高校生となったミクルがいた。俺がその前に立つと、ミクルは目元を真っ赤にして俺も見上げた。

 「あなたは……レンタさん?」

 そう呟く姿に、戦いの時の怒りは少しも見えなかった。むしろ大人しく優しそうな印象を感じ、俺はこの姿こそがミクルの本心だと理解した。

 「―――君を迎えに来た。こんなところに独りでいて、ずっと辛かったよな」

 そっと手を差し伸べると、ミクルはその手を取ろうとしてためらった。


 「……どうせ私には、帰る場所なんてないんです。父も母も離婚してしまうし、私がどちらについて行ってもいいって言うし。もう……全部終わったんです」

 「……そっか」

 「たぶん私は自分だけの居場所が欲しかったんです。だから異世界に行って、すべてを忘れて新しい自分になりたかった。……それって悪いことなのでしょうか?」

 そう問いかけてくるミクルの眼差しに映るのは、子どもらしい純粋な疑問だった。俺は少しだけ何を言うべきか考え、膝を折ってミクルと目線を合わせた。


 「だったら、本当に異世界へ行ってみるか?」

 「え?」

 予想もしてなかった答えだったのか、ミクルは驚き目を見張った。俺はそれに深くうなずき、偽りのない言葉を紡いでいった。


 「正直俺は君の家庭をよく知らない。当然、口を出せるような間柄でもない。だから君が選んだ道に対して、駄目だというつもりは一切ない」

 「…………でも、あの人は逃げるなって」

 あの人というのは恐らくエリシャのことだろう。俺は「それも間違いじゃない」と言い、ミクルへと異世界に行く提案の本題を切り出した。

 「君を異世界に連れて行くには、一つだけ守ってもらわなきゃいけない約束がある」

 俺は真剣な眼差しと声音で、ミクルへと絶対にしなければいけないことを告げた。


 「たった一度でいい。君は両親に、本当はどうなって欲しいか伝えるんだ。もし今のように何も言わず姿を消せば、君はそのことを一生後悔し続ける」

 「だけど、あの二人は……」

 「君がちゃんと問題と立ち向かうなら、俺はその選択を後押しする。世界を救った救世の英雄として、絶対に約束を守ってみせるさ」

 今のミクルは、俺が受け取った親からの電話の内容を知らない。あの時の言葉が偽りなき本心ならば、ミクルは異世界に旅立つ必要などない。

 もし話し合ってそれでもミクルが決別の道を選ぶというのならば、本気で異世界に行かせてあげようと決めた。


 ミクルは目を閉じ心の中で色々と考え始めた。そして長い思考の末、目元に浮かんだ涙を拭い、しっかりとした眼差しで俺を見た。

 「―――分かりました。正直両親に何を言われるか怖いですけど、もう少しだけ、勇気を出してみようと思います」

 「あぁ、そのいきだ」

 ポンと肩に手を乗せ、俺はぐっと親指を突き立てた。それを見てミクルは少女らしく微笑み、「ありがとうございます」と感謝した。そして話が終わるのと同時に、辺りに広がる七色の光が輝きを増し始めた。

 俺たちは暖かな光に包まれ、眩さによって目を閉じた。消えていく意識の中で、大切な人たちの俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


 ゆっくり目を覚ますと、目の前にエリシャとルインの姿が見えた。どうやら俺は気を失って倒れていたようで、身体を起こそうとすると二人が支えてくれた。

 「良かったです……、レンタ。中々目を覚まさないから、もうダメかと思いました」

 「大げさ……でもないか。二人とも心配かけてごめん」

 辺りを見回してみると、遊園地は元の廃墟に戻っていた。空からは勢いの落ちた雪がハラハラと舞い降り、曇り空からはかすかに太陽光が差し込んでいる。


 夢の終わりとなった遊園地を見つめていると、ルインが心配そうに話しかけてくれた。

 「パパ、どこか痛いところはない?」

 「あぁ……たぶん大丈夫かな」

 聖剣で切られたことを思い出して右腕を見てみるが、特に傷跡は残っていなかった。すると俺たちに女神が歩み寄り、ふんと自信満々な様子で背を逸らしていた。


 「この私が治療したんだから、傷なんて残るはずないわ。感謝しなさい!」

 「確かに、わざわざこっちまで来てくれなきゃ、確実に手が足りなかった。女神には本当に感謝してるよ。ありがとう」

 「わっ、わかればいいのよ。何よ、調子狂うわね……」

 赤面して目を逸らす女神が珍しく、俺とエリシャは顔を見合わせ笑みを浮かべた。


 ふとミクルがどうなったのか聞いてみると、女神は広場の中央付近を指差した。そこには毛布に包まれたミクルが未だ気を失って倒れていた。

 なぜ距離が離れているのか理由を聞くと、それは最後の仕上げが終わっていないからとのことだった。


 「……実際に触れて確かめたんだけど、ガイウスはまだあの子の中に残っているわ。近くにいるとルインちゃんに乗り移られるから、こうして離れてたってわけ」

 「それなら、もうひと仕事する必要がありますね」

 「そういうこと。一応だけど、これ以上憑依させないための準備は終わってるわ。後はあなたが勇者として聖剣を振るえばすべてが終わる」

 勇者の名を持つ者として、魔王ガイウスとの因縁に終止符を打つ。それが勇者レンタとして最後の仕事になるなら、それなりに名誉なことだと思った。


 「――――なら勇者として、すべてを終わらせてきます」

 すでに身体の感覚は勇者の時のものに戻っていた。手元に聖剣を掴むイメージを浮かべると、俺の意図通りに聖剣は出現した。刃から溢れる七色の魔力を見つめ、俺は聖剣を虚空に振るってみた。

 「……いけそうだな。それじゃあ、ちょっと行ってくる」

 「はい、行ってらっしゃい」

 「パパ、気をつけてね」

 家族二人と女神に見送られ、俺はミクルへと歩み寄っていった。すると眠ったままの身体からはどす黒い闇の魔力が溢れ、最終的に人型のシルエットへと変わっていった。


 姿を現したのは魔王ガイウスだが、今まで見てきた中でも目に見えて弱っていた。

 『……勇者レンタよ。我と……取引をしないか?』

 「取引?」

 『この娘を助ける代わりに……、我が異世界に逃れるのを……見逃せ。もしそれが果たされないのならば……、この娘もろとも……死んでやる』

 「……情けない命乞いだな。それでも魔王か?」

 『自分の生き様に……興味などない。そんなつまらぬモノは……とうに捨てた』

 この取引は、俺がミクルを見捨てることができないと理解した上で持ちかけているのだろう。その下卑た考えに吐き気がするが、俺は冷静に言葉を返した。


 「―――残念ながら、その取引は叶わない。誰よりも死を恐れているお前に、依り代を犠牲にして死ぬことができるのか?」

 ガイウスが持つ生への異常な執着を俺はよく知っている。

 こんな土壇場にいても、自らを殺す選択などガイウスはできない。魔王としての生き様に興味が無いなどと言ったが、未来永劫生き続けることこそがコイツの生き様だ。


 図星だったのか、ガイウスは分かりやすく言葉を詰まらせた。

 俺はその隙に一瞬で聖剣を振り抜き、ミクルの身体に戻るより早く思念体となったガイウスを切り裂いた。魔力供給できず弱っていた身体は霧散し、苦しそうな断末魔を響かせた。そして微かに残った魔力をかき集め、往生際悪く辺りをさまよい始めた。


 『おっ、おぉ……。我が眷属ルインよ。こっ、こっちに来て我を救え……!』

 「…………」

 『我は……こんな場所で終われないぃ……。終わってなるものかぁ……!』

 残滓をさらに散らしながら、ガイウスはルインへと近づいていった。エリシャと女神が行く手を阻むように立ちふさがるが、ルインは落ち着いた様子で二人を制した。


 「―――さようなら。あなたはもう、永遠に眠って」

 結局ガイウスはルインにたどり着く前に消え、広場には静かな静寂が流れた。あっけなくはあるが、ある意味でガイウスには良い最期だ。

 ふと空を見上げると、雪雲が割れて光の柱が差し込んでいた。その先には数日ぶりとなる青空が見え、本当の意味で戦いが終わったことを告げてきたようだった。


 「それじゃあ、皆で家に帰ろうか」

 こうして長きに渡る魔王との戦いは終局し、ついに俺たちは望む平穏を取り戻した。


本日はエピローグとしてもう一話更新します。

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