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第四十二話『翠嵐の射手エリシャ』※三人称

 かつての栄華を取り戻した遊園地の中で、エリシャとルインは魔王に憑かれし者ミクルと戦闘を繰り広げていた。両者の攻撃の余波で辺りの建物は跡形もなく砕け、爆発による衝撃波が土煙を吹き飛ばしていく。

 総合戦力という名の秤はミクルに傾いていたが、未だエリシャもルインも倒れてはいなかった。最初は余裕の態度だったミクルも、時間経つほどに焦りを見せ始めた。


 「――――紅き鮮血の暴威に巻かれ、削り消えろ!」

 ミクルは魔槍に魔力を込め、深紅の暴風をエリシャへと放った。それは大地をえぐりながら進み、進行上の建物を砂のように削り取っていく。だがエリシャはもの凄い速度で大地を蹴り進み、追尾してくる暴風を避け続けた。

 「ミクルさんでしたっけ? 魔王の力を使っていて、そんなものですか?」

 エリシャは跳躍と共に弓を構え、緑光の輝きの矢を無数に放った。

 ミクルは即座に魔王の鎧に漆黒の魔力をまとわせ、向かってきた攻撃をすべて防いでみせる。着弾の衝撃で舞う土煙を吹き飛ばし、ミクルは余裕を示すように強く吠えた。


 「言ってるでしょ! あんたの攻撃は、私には効かないってさぁ!」

 だが話を聞く気はないと示すかのように、エリシャは手を止めることなく矢を射る。苛立つミクルは魔槍を突き出し、離れた位置にいるエリシャへと高密度の魔力弾を放った。さらに連射していき、徐々に逃げ場を無くすようにエリシャを追い詰めていく。

 「っ!」

 乱雑に放った一射が近くに着弾し、エリシャは激しい風に巻き込まれた。


 ようやく動きを止められたことをミクルは喜び、止めを刺そうとゆっくり近づいていく。するとその瞬間に、土煙の中から緑光の矢が一矢だけ放たれた。

 「こんなもの、私には効かな……ぐっ⁉」

 これまで通り漆黒の魔力でミクルは向かってきた攻撃を防ぐ。だが衝突の瞬間、魔力の守りを貫くようにもう一矢が射られた。

 初弾を防ぎ魔力が薄くなった箇所は攻撃を防ぎきれず、貫通した矢はミクルの頬をかすり血を飛ばした。


 「ふふっ、どうしました? 今何か言いかけてましたよね?」

 身に着けた精霊人のドレスは一部破け、エリシャの額からは血が流れていた。けれどその表情に焦りは一切なく、挑発するようにミクルを見下していた。

 「……うるさい、黙れ。こっちが本気を出せば、お前なんて敵じゃないのよ」

 「それは怖いですね。だったら期待しますから、強いところを見せてください」

 「…………言ってろ」

 ミクルは無表情を装うが、内心は強い焦りに支配されていた。圧倒的な実力差のはずなのに、エリシャは未だ全力を出していない。それが不気味でミクルは攻めきれていなかった。


 (あのルインって女の子も、いつの間にかどこかへ消えた。一体何を考えている?)

 このままエリシャとだけ戦っているべきか、隠れているルインを引きずり出すか、判断に迷えば厄介なことになる予感があった。すると迷いに応えるかのように、ミクルの脳裏にガイウスの声が響いてきた。


 『……ミクルよ、何故先ほどから我の力ばかり使っている? 勇者の力を使えば、あの娘など容易く屠れるのだぞ』

 「分かってる……けど、御使い様が言ったことが気掛かりなんです。あの煉太という男性は、私の力を奪うことができるって」

 戦闘開始時にどこかへ行ったきり、煉太と妖精は姿を見せていない。もし今の戦いを監視し、勇者の力を使う瞬間を狙っているのなら厄介だ。

 「御使い様も……心配なんですよね?」

 そう語り掛けると、ガイウスは納得した様子で消えた。ミクルは意識を戦場へと戻し、威圧と共に改めてエリシャへ魔槍の切っ先を向けた。


 「……もうあなたとの遊びはここまで、大人しく地にひれ伏し絶望しろ!」

 ミクルは漆黒の魔力を爆発的に高め、防御力を数段強化した。これならばさっきのように二の矢でダメージをもらうこともなく、近づいた敵を弾き飛ばすことも可能だ。

 (今までのはただの肩慣らし、私の本気はここからだ!)

 直線状の攻撃が命中しないなら、別の手を考えればいいだけ。ミクルは魔槍から放つ魔弾の形状を再構成した。今までとは違い一発の威力を抑えて小さくし、散弾状に放つことでエリシャの動きを止めることに決めた。


 「――――さぁ、逃げられるものなら逃げてみろ!」

 けれど魔槍を振るおうとした瞬間、エリシャは不敵に笑ってみせた。その表情の意味を考える間もなく、ミクルの腕はガチリと固まって動かなくなった。

 「――――なっ⁉」

 驚いて腕の方に視線を向けると、そこには魔力で編まれた糸が壁のように張られていて、腕と槍の稼働を阻害していた。


 その拘束は離れた位置にいるルインのもので、隠れつつ援護の機会をうかがっていた。

 「逃げる……? 別に逃げたりしませんよ」

 エリシャは一瞬で距離を詰め、魔法の詠唱を始めた。ミクルは即座に目の間へと障壁を展開し、厚い防御をさらに堅牢にする。だがエリシャは高速でミクルから通り過ぎ、視界から完全に消えた。


 「――――どこへ⁉」

 慌てて振り向くと、右側から切断力を持った風が襲い掛かってきた。それは漆黒の魔力に阻まれ、たちまち威力を失っていく。攻撃が来た右側にミクルが顔を向けると、今度は左側から緑光の矢が連発で放たれた。

 右から左へ、前から後ろへ、ミクルはエリシャが繰り出す攻撃に翻弄され続けた。何故四方八方から攻撃が来るのかという疑問は、真上からのエリシャの声と共に判明した。


 「……乱雑で単純。あなたって、思ったより間抜けですね」

 エリシャはルインが張り巡らせた糸の上に降り立ち、真下のミクルを見下ろしていた。

 ミクルが注意深く視線を巡らせると、いつの間にか周囲には無数の糸が伸びていた。エリシャはそれを足場に使い、戦場を縦横無尽に飛び回っていたのだ。


 エリシャは近くにあった糸を撫で、隠れているルインへと伝えた。

 「ありがとう、ルイン。さすがは……私たちの娘です」

 その言葉はかつてレンタが言いかけて辞めたものだ。エリシャ自身もあの時は口をつぐんでいただろうと考える。以前と違う心境の変化に、素直な気持ちで嬉しいと感じた。


 「…………それにしても、その程度の実力で本当に私たちの世界に行くつもりだったのですか? まったく、冗談にしても笑えませんよ」

 呆れたようにため息をつき、エリシャはミクルを嘲笑した。そしてその発言を受け、ミクルはさらに激高を強めた。


 こうした一連の問答こそがエリシャの狙いで、圧倒的な戦力差を埋める策だ。

 戦人として達人の域に到達しているエリシャに、怒り任せの攻撃など通じない。目的である時間稼ぎと勇者の力を引き出させるため、エリシャはミクルの感情を高ぶらせ続けた。


 「――――これ以上、お前の好きにやれると思うな!」

 ミクルは魔力を防御ではなく、身体強化と魔槍の攻撃力に回した。そして全力で大地を踏み込んで跳び、張り巡らされた糸を強引に破壊しながらエリシャへと接近戦を仕掛けた。


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