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第三十九話『日常の異世界、開戦の狼煙』

 吹雪に包まれる町を進み、俺たちは目的地である遊園地を目指した。

 道中では降り積もった雪のせいで車が何台も立ち往生しており、除雪車も思うように先へと進めていない。除雪作業をしている者を除いて人影はほぼなく、都会から人が完全に消失してしまったような異質感があった。


 「レンタ、寒くはないですか?」

 「エリシャの魔法のおかげで大丈夫だ。ルインはどうだ?」

 「うん、ルインも問題なし」

 今俺たちは寒さを防ぐ魔法を身に纏い、建物から建物へと跳び移って移動していた。すでに遊園地は目と鼻の先で、今いるビルの上からでも全体が見渡せた。


 「……一見すると変わったところはなさそうだな。エリシャには何か見えているのか?」

 「詳細は分かりませんけど、魔法によって作られた結界が張ってありますね。女神様が出てくることができたということは、侵入者を拒む類のものではないと思いますが」

 「もし攻めて来るなら、正面から叩き潰す気か。遊園地の場所は市街地から離れているし、この雪で集まる野次馬もいない。舞台の準備は万全ってことか」

 ガイウスが勇者の力を使える以上、戦力差は圧倒的だ。けれど今も降り続けている魔力混じりの雪のおかげで、こちら側にも明確な利点が一つあった。


 「本当に鬱陶しい雪だけど、エリシャが本調子なのは悪くないな」

 「はい。この魔力量なら私もようやく十全に戦うことができます」

 そう言いエリシャは、身体から高密度な魔力を発現させた。それは日本に来て最初に見た弱々しいものではなく、異世界にいた時と同じ力強い輝きがあった。


 それから俺たちは一旦集まり、作戦会議の内容を再確認した。

 戦闘の隙をついて俺と女神は二人と別れ、遊園地内を駆け回ってガイウスの魔力供給を断つ魔法陣を設置していく。そして異界の門を女神の力で封じ、相手の攻撃方法を勇者の力だけに限定する。

 後は俺が聖剣に触れ、勇者の力を取り返すという作戦だ。


 「……今回はエリシャとルインに大幅な負担を強いることになる。本当にすまない」

 「気にしないで下さい。むしろ私は、今回の作戦に感謝してるぐらいです。魔王に憑かれたミクルという少女には個人的に思うところがありますので、むしろちょうど良かったです」

 「エリシャだから戦闘に関して心配はしてないけど、あまり無理はするなよ」

 「ふふっ、任せてください。私たちの勇者一行という名は、伊達ではないのですから」

 エリシャはぐっと両手で拳を作り、目の奥に静かな闘志を燃やしていた。


 視線を下げてルインを見ると、緊張して心ここにあらずといった様子だった。

 しゃがんで手を握ってあげると、ルインはハッと視線を合わせた。そのまま小さな身体を抱き抱えて立ち上がると、ルインは俺の胸に頭を預けて不安を吐露してくれた。


 「……ねぇ、パパ。もしあの子からガイウスがいなくなって、ルインの身体に戻ってくることがあったら、迷わずルインを殺して」

 「そうはならない。それを防ぐために、今回の作戦を考えたじゃないか」

 「うん、分かってる。……分かってるんだけど」

 身体を支配されていた時間が長すぎて、また元に戻ってしまわないかとルインは悩み苦しんでいた。元凶となるガイウスを完全に消滅させなければ、ルインは血という理不尽な呪縛に囚われたままだ。

 「――――じゃあ行こうか。そしてすべてを、この日本で終わらせよう」

 新しい明日を始めるために、俺たちは決戦の地へと向かった。


 無事に遊園地跡の外周部に到着し、警戒しつつ寂れた園内を四人で歩んだ。

閉園したのは半月ほど前のはずだが、建物は全体的にボロく壊れている。降り積もる雪が虚しさを演出し、かつて栄華を極めた夢の国は見る影もなくなっていた。


 「……遊園地も人がいなきゃこんなもんか。一度も来たことはないけど、何か悲しい気持ちになってくるな」

 園内へと伸びる道の脇には、マスコットらしきウサギ型のキャラクターが置かれていた。片耳は誰かが壊したのか不自然にへし折れ、目元の塗料が劣化で垂れて涙のようになっている。誰かを待ち望むような明るい表情が逆に異様な怖さだ。

 俺と同じ気持ちになったのか、腕に抱えたルインはマスコットから目を逸らし、俺の服をぎゅっと掴んで見上げてきた。


 「……パパ。ルイン、ここ少し怖い」

 「ちゃんとしたところなら、ルインも楽しい気持ちになれたんだろうけどな。この戦いが終わったら、日本で一番大きな遊園地に行くとするか。前に約束したからな」

 「…………覚えてたの?」

 「当然だ。大切で可愛いルインからの頼みだからな」

 言いながら強く身体を抱きしめてあげると、ルインはだいぶ安心したようだった。そして遊園地の正門が近づくと、名残惜しそうに俺の腕から降りていった。

 ルインなりに覚悟を決めたのか、表情からは不安が消え勝利を願う意志が宿っていた。


 入場ゲート前まで先行していたエリシャが戻り、園内を覆う結界について教えてくれた。術式の内容は外から中が見えないようにする幻術の類と、外部からの魔法全般をシャットアウトするものだそうだ。

 他にもなにかしらの仕掛けはあるようだが、詳細はエリシャにも分からないらしい。

 「あそこの入り口だけは結界が最小限となっています。恐らく魔王の性格的に、ここから入って来いと私たちを挑発しているのでしょうね」

 「なら、ここはあえて魔王の誘いに乗ってやろう。わざわざ魔王城で待ち構えて決戦とか、舞台設定には無駄に凝る奴だからな」


 恐らく今回の遊園地にも、魔法を使った何かしらの舞台が用意されているのだろう。わざわざ相手の意図に乗るのは癪だが、入った瞬間にいらぬ攻撃を浴びせられるよりはマシだ。

 「――――よし、それじゃあ入るぞ」

 俺たちは同時に正面ゲートをくぐり、無人の遊園地の中へと入っていった。そしてそこに広がる光景を見て、ひとり残らず絶句することとなった。


 園内に入って最初に驚いたのは、陽気なメロディーを流して動く遊具の数々だ。離れた位置ではメリーゴーランドがくるくると回り、俺たちの頭上ではジェットコースターがもの凄い勢いで駆け抜けていく。

 気づけば真上の空に雲はなく、結界に映し出された夜空に大げさ過ぎるほど大きな三日月が浮かんでいた。暗がりを照らすためか建物には明かりが点いていて、通りには不自然な歩き方のマスコットの着ぐるみまでいた。


 一見すると目の前に広がる光景は、賑やかな普通の遊園地のようだ。

 「……幻覚じゃなくて、魔法を使って動かしてるのか?」

 近くにある電飾に触れてみると、しっかりと熱を持っていた。これほど大掛かりな舞台だと、魔力消費も相当なものになるはずだ。勇者の力も手に入れたガイウスにとっては、俺たちなど敵ですらないという意思の表れだろうか。

 周囲に注意を払いながら歩いていると、辺りを彷徨っていたマスコットが俺たちに向かって歩いてきた。即座に戦闘態勢に入るエリシャとルインだったが、マスコットは一定の距離で立ち止まりただ俺たちを見つめていた。


 「…………攻撃を仕掛けてこない?」

 よく耳を澄ましてみると、マスコットが俺たちに向かってボソボソ何かを呟いていた。ちゃんと聞き取りたい気もしたが、下手に近づいて攻撃を受けたらただの間抜けだ。相手せず通り過ぎていくと、さほど追いかけてくることもなく引き返していった。

 「今の奴ら、俺たちに何を言ってたんだろうな…?」

 三人に聞いてみたが、声がくぐもっていて誰も分からなかったようだ。俺はどこか歯切れ悪さのようなものを感じつつも、無視して遊園地の中心部を目指した。


 幻想的で不気味な遊園地の中心には、巨大噴水が存在していた。そこからは流れるはずのない水が噴き出しており、真ん前には来訪者を迎えるように誰かが立っていた。その人物はガイウスが憑りついたミクルで、身体に黒々とした魔力と漆黒の鎧を装備していた。


 俺たちが警戒を見せると、ミクルは手に持った赤黒い魔槍を楽しそうに振り回した。

 「――――お待ちしてました。今宵は私の旅立ちを見送りに来ていただいて、本当にありがとうございます」

 臨戦態勢に入りそうになったエリシャを制し、俺は一歩前に踏み出してミクルを見つめた。戦いを始める前に、どうしても聞いておきたいことがあった。


 「君はどうしてもアルヴァリエに行くつもりなのか? きっともう二度と、家族や友人と会うこともなくなるんだぞ? 本当にそれでいいのか?」

 「構いません。だってこの世界には、もう何も期待してませんから」

 「あっちになら、君が望む理想郷があるのか?」

 「えぇ、あるはずです。少なくともこのつまらない世界よりはいいはずです」

 ミクルは槍の末端を石畳の上に置き、辺りに広がる遊園地を広く見渡した。


 「私は小さい頃から、映画や小説が好きでした。いつもそこに広がる世界を夢想して、いずれは自分もそうなりたいって。……この遊園地は、そんな私にとって一つのお気に入りの場所だったんです」

 「…………」

 「だからここが閉園になった時は、本当にがっかりしました。私にとって不変だった世界が、こんなにもあっさり壊れてしまったんです。突きつけられた現実を見て、私は変化を続けるこの世界に恐怖しました」

 ミクルは槍を持ち直し、残された思いを断ち切るように横薙ぎに振るった。


 「――――私は、ただの道行く人になりたくない。主人公になれる世界があるなら、そこを目指すのは当然の願いではないですか?」

 「……それは叶わないって言っても、今の君には伝わらないか」

 出来れば戦いたくないが、ガイウスに精神を操られている以上問答は無駄だろう。彼女が現実を見れないというならば、力づくですべて終わらせて悪い夢から覚めさせるだけだ。


 俺はエリシャとルインに視線を送り、数歩下がって前を譲った。

 「エリシャ、ルイン。ここは任せるぞ」

 「はい、レンタはレンタの役目をお願いします」

 「パパ、気をつけてね」

 そうルインが言った瞬間、エリシャは身体から膨大な魔力を解放した。

 身に着けていた防寒着が緑光に包まれたたかと思うと、身体には戦闘服でもある精霊人のドレスが装着されていた。手には愛用の弓を持ち、そこからはバチバチと魔力による雷撃が走っている。さらに翡翠の美しい髪からは、全力であることを示す光が強く灯っていた。


 「……レンタ。この場を去ったのなら決して振り返らないで下さい。きっとここからの私は、レンタを幻滅させてしまいますので」

 背中越しに感じるのは、エリシャの静かで冷たい怒りだった。異世界で過ごしていた時もこんなエリシャは見たことがなく、俺は緊張で思わずゴクリと息を呑んだ。


 「分かった、でも危険な時は呼んでくれよ」

 「善処はします。それでは……どうかお気をつけて」

 エリシャは完全に戦闘態勢に入ったようで、鋭く刺さる殺気を放っていた。それはガイウスと勇者の力を得たミクルですら、一瞬後ずさりさせるほどのものだった。


 命運を託してくれる二人の思いに応えるため、この場は二人に任せて駆け出した。家族としての強い信頼の絆が、何よりも頼もしくて心強かった。

 「女神様、一気に行きますよ」

 「えぇ、やってやりましょう!」

 同時にエリシャとルインも戦闘を開始し、魔力のぶつかり合いによる衝撃波が爆風のように広がった。背後から響く激しい音に振り返らず、俺たちはひたすら走り続けた。


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