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第三十二話『闇からの誘い、もう一人の勇者の選択』※ミクル視点

 雪が果てしなく降り積もり、灰色の町は白く化粧を施されていく。そんな夜闇の中で独り、制服姿の少女ミクルは町一番のビル上から町を見下ろしていた。

 上機嫌に鼻歌を奏で、細い鉄柵の上でステップを踏む。あと少しで異世界へと旅立てると思い、こんな無為な時間ですら愛おしいとミクルは感じていた。


 「ふんふーん、……ん?」

 ポケットからスマホの着信音が鳴り、ミクルは手に取って画面を見た。するとそこには父親の名が表示されていた。通話に出ようかと一瞬考え、ボタンに伸びた指を寸でのところで引っ込めた。

 「……邪魔って言ったのはそっちでしょ。今更なんの用事があるんだか」

 ミクルは無視を決め、通話に出ることなくスマホを乱暴にポケットへしまった。


 「……ねぇ、御使い様。あとどれぐらいで、私は夢の世界に旅立てるんです?」

 虚空に向かって呼びかけると、ミクルの背後から白い光がぼうっと現れた。それは人みたいなシルエットで、顔部分には目のような紅い輝きが二つ存在している。

 『――――あと二日ほどだ。時が満ち例の場所へ行けば、お前は夢に見た剣と魔法の世界、アルヴァリエへと旅立つことができる』

 発せられた声は、男性とも女性とも取れる中性的なものだ。


 ミクルはこの御使いに導かれ、勇者の力と異世界へ行く手段を手に入れた。退屈な日常にうんざりしていたミクルは、御使いの提案に乗り今日まで来た。

 「あぁ、待ち遠しい。早くこの力で、広大な大地を冒険したいですよ」

 『フフフ、そんなに楽しみか?』

 「当たり前です。だってそのために私は、この世界とお別れするんですから」

 ミクルは雪夜に手をかざし、そこから七色に光る魔力を溢れさせた。その美しいきらめきをうっとり眺めつつ、御使いと出会った日のことを思い返した。


 ほんの数日前まで、ミクルはごく平凡な女子高生だった。適当に勉強をこなし、友人と惰性に会話し、ただ過ぎていく時間に身を任せるだけ。毎日は同じことの繰り返しでつまらなく、この先続いていく人生にどうしようもなさを感じていた。

 このままでは自分はいつか、社会という大きな歯車の一部になって終わってしまう。自分という存在を殺され、感情を捨てて五十年近くも働くなど馬鹿げた話だ。


 (でも、だからって私に何ができるの)

 ひねくれたことを考えつつも、毎日のように机の上で勉強と向き合う日々。これがつまらない人生へのレールだと理解していても、逃げ出したらより悪い未来へと落ちて行ってしまう。それだけは嫌だった。

 (…………あぁ、私もこの小説の主人公のように、異世界へと行きたい)

 宿題を片付ける合間に読書をし、そこに描かれたファンタジーな世界を夢想した。


 物語の主人公は世界を救って欲しいという女神の呼びかけに応え、剣と魔法が織りなす異世界へと旅立つこととなる。苦労の連続を乗り越え仲間を得ていき、数多の強大な敵と立ち向かい勝利していく。

 ありきたりな話ではあったが、ミクルはこの王道展開が好きだった。

 「あぁ……、誰かが私をここから連れ出してくれないかな」

 それは叶うはずのない願いだ。異世界などというのはどこにもなく、一生この退屈な世界は続いていく。けれどそんな認識は、ある日を転機にがらりと変化した。


 とある曇天の日に、ミクルはゴミ捨て場で一冊の本を見つけた。表紙には何も書いていなく、全体的な装丁や紙質的に相当古い本だ。それだけなら珍しいと思うだけで通り過ぎたが、ある光景を見てミクルは足を止めた。

 不思議なことにその本は、綺麗な青紫の光を発していた。ミクルははやる気持ちを抑えきれず、好奇心のままにその本を手にした。記されていたのは見たこともない言語だったが、何故かすぐ理解することができた。


 「……選ばれし勇者よ。どうか……我が世界を救うため、力を……貸してはくれませんか? ――――これって、もしかして!」

 こんな退屈な世界じゃなく、ちゃんと自分が主人公になれる世界がある。それを知った瞬間、ミクルは人生で一番の高揚に包まれた。

 興奮を抑えて本のページをめくると、そこには異世界に行く方法が記されていた。その方法とは特定の場所と時間に、指示された呪文を口にするというものだ。


 数日ほど掛けて計画を立て、ミクルは本を鞄に入れて夜の町へと繰り出した。そして指定された交差点の上で、時がくるのを待ち続けていた。……だが、

 「――――危ない!」

 「え?」

 スーツ姿の男性が駆け寄り、ミクルを暴走トラックから守るため突き飛ばした。代わりに男性がアルヴァリエへと旅立ったなど、この時のミクルは知る由もなかった。


 予言通りに事を成さなかったからか、ミクルは異世界へと旅立てなかった。失意のまま町をトボトボ歩いていると、ミクルは自分の身に起きた異変に気付いた。本来心臓の鼓動しか感じぬ胸の内に、何とも言えぬ不思議な力が渦巻くのを感じたのだ。

 「これって、もしかして……」

 試しに道路に落ちていたゴミに手をかざし、掴んで持ち上げるイメージを思い浮かべた。すると意思通りにゴミが宙に浮き、そのままゴミ箱に投げ捨てることができた。


 何度も夢かと思ったが、頬をつねっても目を覚ますことはなかった。困惑半分期待半分で立ち尽くすミクルの前に、影のように白いシルエットが現れた。

 『フフフ、選ばれし者よ。その力の感想はどうだ?』

 その者は『御使い』と名乗り、ミクルこそが世界を救う勇者だと告げた。ミクルはそれを受け入れ、今日という日が無駄じゃなかったことを喜んだ。

 「――――あなたを、ずっと待ってた」

 こうしてミクルと御使いは、異世界へと旅立つため手を組んだ。


 「もうすぐ私は……、『必要とされる誰か』になることができる。替えのきく歯車なんかじゃない。ちゃんと必要とされる存在になるんです!」

 もはやこの世界に、勇者となったミクルの邪魔者は存在しない。流れる時間に身を任せるだけで、すべてが上手くいく。そう思っていた時のことだった。


 「――――⁉」

 突然殺気を感じ、ミクルはその場を飛び退いた。すると夜空に光の線が走り、さっきまで立っていた場所が細切れに切断された。近くのビルに降りて視線を上げると、桃色のダウンジャケットを着た白銀の髪の女の子がミクルを見下ろしていた。


 「ようやく見つけた、魔王ガイウス。あなたはここで、ルインが確実に仕留める」

 唐突に現れた女の子ルインは、頭の両脇に生えた巻き角を紫色に光らせ、五・六歳ほどの外見に似合わぬ殺気でミクルを睨んでいる。その小さな指からは魔力で構成された糸が伸び、それを生き物のように動かし操っていた。


 「あなた……、無事だったんですね」

 「おかげさまで、夢見は最悪だけど」

 ミクルは戦うべきか考え、暇つぶし程度に付き合うと決めた。異世界に旅立つ前のウォーミングアップとして、ちょうどいい相手だったからだ。

 「――――それじゃあ遊ぼうか。小さなお嬢ちゃん」


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