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第二十九話『冷たくなった身体、後悔を経ての誓い』

 降り続ける雪のせいか、道路の往来は次第にゆっくりし始めた。徐々に渋滞となっていく車の列を見つめ、俺とエリシャは焦る気持ちを抑えるので精一杯だった。

 脳裏に反響し聞こえるのは、ミクルが別れ際に発した不穏な言葉だ。


 『――――今は早く家に帰った方が賢明ですよ。あの魔族の子が大切なら……ね』

 彼女がルインに危害を加えたのか、それとも別の要因かは不明だが、アパートに残してきたルインの身に何かあった可能性があった。

 今こうしている間にも、魔王は俺たちを監視して嘲笑っているかもしれない。そんなどうしようもない事実から、目を背けることしかできないのが歯がゆかった。

 

 完全に渋滞に巻き込まれ動かなくなったタクシーから降り、俺とエリシャは走って帰路に着くことに決めた。まだ距離は離れていたが、あのまま待っているよりは良いと思ったからだ。

 白く覆われた道を行き、俺たちはひたすら走り続けた。鬱陶しく雪が顔に当たり、何度か滑り転びそうにもなった。だが今はそんなことに気を払っている余裕すらない。


 アパートの近くまで着くと、近くの大通りでも車が大渋滞していた。スリップ事故を起こしたのか、前面がひしゃげた車がチラリと見えている。普段見慣れぬ光景のせいか、不安な気持ちが湧いてきた。俺は嫌な予感を振り払い、ひたすら前へと駆けた。

 「はぁ……はぁ……、着いた」

 数時間ぶりに見るアパートに大した変化は見えなかった。魔王の攻撃によって破壊されている可能性を考えていたこともあり、俺は拍子抜けしてどっと安堵した。


 「エリシャ、何か魔力的な気配はあるか?」

 「ありませんね……、あの発言は私たちを遠ざけるためのものだったのでしょうか?」

 「分かんないけど、とりあえず中に入ろう。ルインも待っているだろうしな」

 慌てて来たのでお土産は何も買っていない。後で近くのコンビニに行こうと決め、アパートの敷地に入って駐車場の中頃まで歩いた。

 そうして俺は、そこで信じられないものを目にした。

 

 「…………え」

 車と物置の影になる位置に、小さな身体が壁に寄り掛かるように倒れていた。

 長く伸びた白銀の髪は雪に包まれ、薄ピンクのダウンジャケットが見える。それが留守番しているはずのルインだと理解しても、俺の思考は固まって動かなかった。

 「……ルイ……ン? ……ルイン!」

 いつから倒れていたのか、身体は半分近く雪に覆われていた。慌てて駆け寄ってその身体を抱き寄せ、すっかり冷たくなってしまったルインの名を必死に呼んだ。するとルインは薄く目を開き、口元から白い息を弱々しく吐いて応えた。


 「…………パパ、ママ? えへへ、おかえり……なさい……」

 「まさか俺たちがいなくなってから、外でずっと待っていたのか?」

 どうしてという疑問は、ルインが発した言葉の前に消えた。

 「だって……、ルインはパパとママといっしょがいいもん……。ちょっとさむかったけど、まってるのは……いやじゃなかった……よ」

 「だからって、こんな」

 「……ずっと……こわかった。パパとママとはなれたら……、もうあえないんじゃないかって。……だから、ちゃんとかえってきてくれて……うれしい、な」

 倒れるほど辛いはずなのに、ルインは俺たちにニコッと微笑んだ。


 俺は去り際に見せたルインの寂しげな表情を思い返し、どれほど心細かったのかをようやく理解した。気づけば目からは涙が溢れ、俺はあと少しで失うところだった小さな身体を強く抱いた。エリシャもルインの名を呼び、冷たくなった手を取っていた。

 「……ごめんな、ルイン。……ただいま」

 その声を聞いて安心したのか、ルインはふっと意識を失った。漏れ出る吐息はとてもか細く、熱があるのか顔が赤い。俺はルインを抱え急いで部屋へと入った。

 

 すぐルインをパジャマに着替えさせてベッドに寝かせ、体温計で熱を測った。画面には三十九度近い数字が刻まれていた。俺はエリシャにヤカンで湯を沸かすのをお願いし、冷蔵庫から取り出した風邪用の冷却シートをルインの額に貼ってあげた。

 「………………はぁ、ふぅ。はぁ……はぁ…………」

 微かに苦しそうな表情が和らぐが、息は荒く不規則な風音を出していた。部屋の中を漁って市販の風邪薬を探したが、それらしき物は見つからない。


 (……落ち着け、そもそも風邪引いたって薬とか買ったことないだろうが)

 想像以上に動揺しているようで、中々平常心に戻ることができない。これ以上ルインの容態が悪化するのを恐れた俺は、スマホを取り出して最寄りの病院を探した。そしてすぐに受診できないか電話を掛けようとした。

 けれど電話番号を打ち終わる寸前に、自室へと戻ってきたエリシャが俺を止めた。


 「落ち着いて下さい、レンタ。気持ちは痛いほど分かりますが、ルインをここから外に連れて行くことはできません。……だって、この子は魔族なのですから」

 「そんなことは分かってる。だけど、このままじゃルインが!」

 「ですから病院などに連れて行くのは、最後の手段に残しておきましょう。精霊人である私とは比較にならないほど、ルインはこの世界だと異質な存在なのですから」

 その言葉を受け、俺はようやく危険なことをしていると気づいた。


 ルインの頭の両脇には小さな巻き角が生えており、それが見つかると確実に不味いことになる。お団子の髪留めで隠すことはできるが、対面で受診する以上リスクは高くなってしまう。緊急入院などなったら間違いなくバレてしまうはずだ。

 病院に行ってしまうことで、大切なルインと離れ離れになる。あれだけ俺たちを求めてくれたルインに、そんなことはさせられなかった。


 俺はスマホの画面を暗転させ、そのまま脱力して壁に肩をつけた。

 「……ありがとう、エリシャ。ちょっとどうかしてた」

 「私もレンタの気持ちは重々承知しています。でもだからこそ、冷静になって行動するべきです。じゃないと、目を覚ましたルインが不安になってしまいますから」

 「あぁ……、確かにその通りだ」

 俺は何度か深呼吸をし、熱くなっていた頭を落ち着かせた。そして眠っているルインの顔を見つめ、これから何をするべきかを改めて考えた。

 

 夕方頃になってもルインは眠ったままだったが、安静にしてたおかげか体温は僅かに下がっていた。息も最初に比べれば安定していて、顔の赤みもだいぶ収まっている。

 夕食にとおかゆを作ったが、無理に起こすこともないので今日の分は冷蔵庫にしまうことにした。他に何かできることはないかと考え、俺は子どもの時代に風邪を引いた時、親にどんな看病をしてもらったかを思い出した。


 (そういや、夜は寝てても起こされて水分を摂らされたっけ。冷たいのはよくないから、スポーツドリンクをお湯で割って……それで)

 エリシャにも意見を聞き、何がルインのためになるかを模索した。汗で湿った服と毛布を別の物に変えてあげ、額の冷却シートを剥がして新しいのを貼りつけた。


 それから俺たちはルインが寂しくないように、ベッドのすぐ傍にいてあげた。

 「……ん、パパ……ママ……」

 起きたのかと思ったが、ただの寝言だったようで目は閉じたままだ。するとルインは眠ったまま、何かを求めるように手を伸ばしていた。

 俺とエリシャはその手に自分の手を添え、「ここにいるよ」としっかり言い聞かせてあげた。するとルインは安堵したようで、すぅすぅと穏やかな寝息を立て始めた。


 「……峠は越えたかな。エリシャ、改めて俺を止めてくれてありがとう」

 「感謝されるほどのことはしてません。私も内心では焦ってましたが、レンタがああいう状態だったので逆に落ち着けただけです」

 「こうしてエリシャに助けられるのは、何度目か分からないな」

 勇者として活躍し成長したと思っていたが、それはただの自惚れだったと実感した。俺はいつも誰かに支えられてばかりで、一人では何も成すことができない。


 「……世界を救うことはできても、大切な子ども一人守れない。……情けない話だ」

 「それは私もです。少しぐらいなら大丈夫だろうと考えて、ルインの気持ちを察することができませんでした。反省しないといけません」

 「もう二度と、こんなことを起こさないようにしよう」

 「はい、必ず」

 こんな過ちは二度と起こすまいと、俺たちは固く誓った。そしてルインの明るい笑顔を見るため、つきっきりで看病して長い夜を過ごした。


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