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第二十八話『闇を纏う少女と告げられた不穏』

 アパートを出てからも雪は降り続け、町中をうっすら白く覆い始めた。タクシーの車内から見上げる空は重い灰色で、勢いは一向に衰える気配がない。暖かった気温もぐっと低くなり、窓は水滴で白く覆われた。

 「明日までには収まればいいんだが……」

 「レンタ。日本というのはだいぶ雪が多い地域なのですね。昼間は暖かかったのでびっくりしました」

 「……例年通りなら、こんな冬の入りに雪が降ることはないんだけどな。温暖化か知らないけど、今年はちょっと異常かもしれない」

 タクシーのラジオからは、気象予報士による急な雪についての解説が始まっていた。異常気象だとか数日は止む見通しが無いだとか、不安を煽る単語がいくつも聞こえてきた。


 (このまま天候が落ち着かないなら、今日は公園内だけで終わりだな。アパートに置いてきたルインも心配だから、むしろ良かったか)

 ちゃんと暖房を入れてきたので、凍えることはないはずだ。お腹を空かして待っているだろうし、途中のコンビニで弁当でも買っていこうかと考えた。

 (……ちゃんと寝れてるのかな。無理して起きてないといいけど)

 自分から留守番を言い聞かせたのに、今はルインの笑顔が恋しかった。


 相変わらず雪は降り積もっていき、人通りも目に見えて減ってきた。運転手がいるのでエリシャと魔王についての会話もできず、窓から流れていく景色を眺めることしかできない。

 (……そういや子どもの頃は雪が好きだったけど、今はそうでもなくなったな)

 考えが変わったのは、自分が大人になったからだろうか。遊ぶことがなければ雪など、生活において邪魔なことしかない。電車は遅れるし、歩きづらく足を取られることもある。特に有用な点は思いつかない。

 「……まぁ、どうでもいいか」

 そう呟くと同時に、タクシーが止まった。どうやら目的である自然公園へと着いたようだ。


 エリシャに自然公園内を案内してもらい、昨夜魔王と出会ったという場所まで歩いた。そこは敷地のちょうど中心付近で、公園のシンボルとなる噴水があった。すぐ近くの石畳は何らかの衝撃を受けたのか派手に割れ、辺りには立ち入り禁止のポールが置かれていた。

 今回は急を要するので、人目を気にしながら中に入った。ただ魔力を持たない俺ができることは無く、痕跡探しはエリシャに任せて周囲を見張っていた。


 「どうだ、エリシャ?」

 「……魔王の魔力を確かに感じます。前に拾った瓦礫よりも濃密なので、探知魔法を使えばより正確に位置を特定することができます」

 「さっそく使って、あの女子高生の居場所だけでも突き止めよう」

 「はい、分かりました」

 すぐにエリシャが詠唱を始め、虚空に羅針盤のような魔法陣を展開した。長針はカタカタと回転を始め、公園の入り口の方角を指して止まった。俺とエリシャがそちらへ顔を向けると、一人の少女が歩いてくるのが見えた。

 そしてその姿を視界に収めた瞬間、俺たちは驚愕して目を見開いた。


 「……あれは、あの子は」

 そこにいたのは、行方を追っている女子高生『未来ミクル』だった。エリシャも気づいたようで俺の前に立ち、手に緑光の魔力を灯して警戒を強めた。

 ミクルは俺たちを無表情に見つめ、何がおかしいのかクスリと笑った。俺は敵意を剥き出しにするエリシャを手で制し、一歩踏み出してミクルと向き合った。

 「……唐突で意味不明な質問かもしれないけど、大切なことだから聞く。君は魔王という存在に心当たりはあるか?」

 その問いに対しミクルは、自分の眼鏡をカチャリと持ち上げて答えた。


 「その魔王という名に心当たりはありませんが、御使い様には心から感謝してます」

 「……御使い様?」

 「あなた方は彼を魔王と呼んでいるみたいですが、私にとっては恩人も同然なのです。今の私は彼のおかげで、かつてないほど充実した日々を過ごしています」

 その言葉の意味を問おうとし、俺はニュースでやっていた『正義』による暴力事件を思い出した。なぜそんなことをしているのかと考え、一つのことに思い当たった。


 (……今の彼女は、初めて出会った時やスーパーの前で会った時とも印象が違う。恐らくだが、魔王に洗脳されているってところか)

 どのみち問答は時間の無駄だ。今必要なのは、彼女をどう助けるべきかということだ。

 「ご両親や知り合いが、行方不明になった君のことを探している。もしまだ自分の意思が残っているのなら、無抵抗でそこにいて欲しい」

 「……それは、無理な話ですね」

 「だったら仕方ない。痛い思いをするかもしれないけど、ちょっとだけ我慢してくれ」

 俺が告げると同時に、エリシャが魔力で構成された弓矢を構えた。監視カメラに見られてしまう可能性もあったが、魔王を前にしている以上は仕方がない。そう俺が考え、エリシャが矢を放とうとした瞬間のことだった。


 「――――駄目ですよ。このままじゃ、邪魔が入ってしまいます」

 ミクルが不気味な笑みを浮かべ、指をパチリと鳴らした。すると離れた位置で、バチリと電気が爆ぜる音が鳴った。音の方向に振り向くと、そこには火花を散らして壊れる監視カメラがあった。

 さらにミクルは、両腕を指揮者のように大きく振るった。それに合わせて周囲の雪が吹雪の勢いで流れ、俺たちの姿を隠すように渦を作った。


 「……ふふっ、お二人は魔法を知っているんですよね。こんな素敵な力を使える世界で暮らす、私にとってはとても羨ましいです」

 「……君は魔力が少ないこの世界で、これほどの魔法が使えるのか?」

 「はい、そうですよ。お望みとあらば、もっと派手なこともできます」

 ミクルはさらに腕をリズムに合わせて動かし、俺たちに向けて振るい落とした。それと同時に大量の雪が暴風となって落下してきた。

 「――――っ!」

 俺はとっさに女神の加護を使い、向かってきた攻撃を黄金に輝く障壁で防いだ。そして風の勢いが弱まると同時に、女神の加護も力を失って消えた。二撃目が来る前にエリシャが矢をミクルへと放つが、それは彼女の身体を覆う漆黒の魔力に弾かれてしまった。


 「……お分かりですか? あなた方では、私を倒すことはできません」

 この世界の魔力量では本来の力など出せないはず。だが魔王と一体化しているであろうミクルは、ごく自然に魔法を操っていた。その出で立ちにはまだ余力が感じ取れ、ハッタリなどではないと即座に理解した。

 (今の俺たちじゃ、彼女には勝てない……)

 もはや状況は、どうやってこの場をしのぐというとこまで来ていた。


 しかしミクルは一向に追撃をせず、余裕の笑みを浮かべていた。そして呆然とする俺たちに、敵意を向けずに意外な言葉を放ってきた。

 「――――安心してください。さすがに私も人殺しをするつもりはありません。あなた達にお願いしたいのは、これ以上私のことを追わないで欲しいというお願いです。そうすれば、こちら側から危害を加えたりはしません」

 「……俺たちを放っておく? それは魔王も同じ考えなのか?」

 「端的に言いますと、どうでもいいんですよ。私はもう少しで、この退屈な世界から去ります。だから何もしてこないなら、特別に見逃してあげるということです」

 そうミクルが言った瞬間、辺りには強い吹雪が巻き起こった。俺たちは身体を支え合い、身も凍るような風に耐えた。すると風に混じり、全方向からミクルの声が響いてきた。


 『あぁ、そうだ。最後にいいことを教えてあげます。私を追うよりも、今は早く家に帰った方が賢明ですよ。あの魔族の子が大切なら……ね』

 「なっ⁉ まさか、ルインに何かしたのか!」

 『……本当に親ってのは愚かですね。行けば全部分かりますよ。……それでは』

 吹雪が消え去ると、そこにはもうミクルの姿はなかった。

 俺たちの追跡を打ち切る方便かもしれなかったが、今の発言にはとてつもなく嫌な予感がした。エリシャも同じようで、俺たちは急ぎアパートへ向かった。


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