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第二十六話『代々木家との交流会、最後の平穏』

 図書館に入ると、すでに代々木家の二人が待っていた。俺たちが来たのは十五分前なので、かなり早くから着いていたようだ。どのぐらい待っていたのか聞いてみると、母親の楓は開館とほぼ同時に来ていたと教えてくれた。

 「さすがに早いって言ったのですけどー、我慢できないって言うことを聞いてくれなくて。ふふふっ、よっぽどルインちゃんと遊ぶのが楽しみだったみたいですね」

 「それは良かったです。ルインも友達ができて嬉しいみたいで」

 「えぇ、本当に。娘が嬉しそうで私も嬉しいです」

 おっとりとした口調で言い、楓は上品に笑っていた。


 俺とエリシャと楓は近くにあったソファに腰かけ、ルインと鈴花はこの前と同じように子ども用のスペースで絵本を読んでいた。今回はルインも頑張って覚えてきた日本語を喋り、ちゃんと会話でコミュニケーションを取っていた。

 (……今日に関しては、俺ができることは少なそうだ)

 しみじみと子どもたちを見守っていると、隣にいるエリシャが周囲を警戒していることに気づいた。魔王の襲撃に気を張っているようで、声を掛けてもどこか上の空だった。

 そんなエリシャの様子もあってか、母親の質問は俺の方に向いた。


 「あのー、電話でも事情はうかがいましたが、エリシャさんとルインちゃんは海外からこちらに来ているのですよね?」

 「そうですね。こっちに来て、もう少しで一週間ってとこです」

 「短いとは聞いてましたがー、本当に数日だったのですね。どちらも日本語が上手いので、最低でも一ヵ月は日本にいるのかと思ってました」

 ほうほうと楓は感心して頷き、今度はエリシャの隣へと移動して話しかけた。さすがに直接の会話なのでエリシャも意識を向け、聞き取れる部分だけでも日本語で返答していた。


 「エリシャさんって凄く綺麗に髪を染めてますけどー、どこのメーカーの物を使ってるんですか? 良ければ教えて欲しいです」

 「……メーカーというのは分かりませんけど、これは地毛です。触ってみますか?」

 「地毛……? なるほどー、外国の方にはそんな珍しい髪色もあるんですね」

 楓はズレた納得をしつつ、興味深そうにエリシャの髪を触った。すると今度はうーんと唸り、俺たちに意外な思いを話してくれた。

 「実は私―、ずっと親に止められていたので今まで髪を染めたことなかったんですよね。もしエリシャさんが詳しいなら色々と聞きたかったので残念です」

 「楓さんは綺麗な黒髪ですけど、どんな色にしてみたいんですか?」

 そう返すエリシャの声を聞きつつ、俺は彼女のおっとりとした性格的に茶髪とかなら似合いそうだなと考えた。だが返ってきた答えは、俺の想像を遥かに超えていた。


 「どうせならー、赤とかピンクとかどうでしょう。いつも挑戦しようとして旦那に止められるんですけど、お二人はどう思います?」

 「え? 赤? ピンク?」

 「似合いませんか? 私は似合うと思うんですけどー」

 楓は肯定して欲しいようで、目をキラキラさせて俺たちを見た。俺は奇抜な色に髪を染めた楓の姿を想像し、色んな観点から止めた方が良さそうだと判断した。


 「俺的には……そうですね。今の髪が似合ってる気がしますし、変えるにしてもまず茶髪とか無難なところから攻めてみてはどうでしょう? な、エリシャ」

 「あっ、えっと、私もそれがいいかと」

 「茶髪ですかー。うーん、最初はそんなものですかね」

 納得しきれずも諦めたようで、楓はがっくりと肩を落としていた。見た目のおだやかな雰囲気とは裏腹に、チャレンジ精神旺盛なようだ。

 (どんな人かは知らないけど、旦那さんは結構苦労してそうだな)

 そんなことを考えつつ、俺たちは世間話をして子どもたちを眺めた。


 一通り絵本が読み終わったのか、ルインと鈴花はお腹が空いたと俺たちの元に来た。時間もちょうどいい頃合いなので、場所を移動して皆で昼食を摂ることにした。

 当初の予定では別館にある共同の食事スペースを使うつもりだったが、だいぶ外が暖かかったのでそちらに向かった。楓はこの展開も見越していたようで、全員が座れる大きさのレジャーシートを鞄から出してくれた。


 事前に電話で分担していたのもあり、楓が持ってきたのはおかず類が中心だ。料理はだいぶ得意なようで、形の良い卵焼きや手作り春巻きなど手が込んでいた。

 エリシャが用意したのはサンドイッチで、こちらも綺麗に仕上がっていた。けれど本人的には不満点が多いようで、弁当箱に入った自分の料理を見て恥ずかしそうにしていた。

 「……どうぞ、お口に合えばよいのですが」

 俺たちはいただきますと言い、思い思いに箸を伸ばしていった。ルインが真っ先にサンドイッチを手に取ったのが嬉しかったようで、エリシャは漏れた笑みを手でそっと隠していた。


 それからエリシャも楓の料理をいくつか食べ、その美味しさに目を輝かせた。

 「楓さん。このおかずはどうやって作るのでしょう?」

 「あぁ、それはですねー」

 ルインと鈴花だけでなく、エリシャと楓も仲良くなれたようだ。そんな二人のやり取りを横目に見つつ、俺は魔王に利用されているであろう女子高生のことを考えた。


 (どこの誰だか分からないけど、どうか無事でいてくれ)

 今回の代々木家との交流が終われば、以降俺たちは自由に動くことができる。可能であれば今日帰ってから夕方ぐらいまで、近辺の捜索をエリシャとする予定だ。

 今この楽しい時間に水を差したくなかったので、ルインには詳しい事情を話していない。留守番をさせるのは可哀想だが、ちゃんと事情を話して分かってもらうつもりだ。

 (……勝手なのは分かってるけど、さすがに連れていけないもんな)

 ルインの気持ちを考え億劫な思いでいると、隣にいたエリシャが俺の肩をトンと叩いた。振り向くとそこには、たどたどしく箸でおかずをつまむエリシャの姿があった。


 「れっ、レンタ。あーん」

 「…………エリシャ、これは?」

 何故エリシャが日本のラブコメの定番を知っているのか。そんな疑問は、ニコニコと微笑む楓を見ておおよそ察した。エリシャもこの行為自体が恥ずかしいと理解しているようで、箸を中空に彷徨わせて頬を赤らめていた。

 「あっ、あーん」

 エリシャが箸を下ろさないので、諦めて口を開いた。するとエリシャの表情がパァッと明るくなり、おかずをそっと俺の口に入れてくれた。


 「…………ありがとうございます。でも、これはだいぶ恥ずかしいですね」

 「……だな」

 「…………二人っきりの時なら、……別にいいですけど」

 真っ赤になって呟くエリシャに感化され、俺も顔が熱くなった。見つめ合うのも気まずく視線を逸らすと、鈴花とルインがヒソヒソ話をしていることに気づいた。

 「ルインちゃん、あれがイチャイチャっていうんだよ。うちのパパとママもね、いつもふたりでイチャイチャしてるの」

 「……イチャイチャ? うん、ルインおぼえた」

 この場の全員に、俺たちはイチャイチャと認識されてしまった。それは間違いだと言おうとしたが、よく考えなくても否定材料は無さそうだった。


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