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第二十三話『夜にうごめく闇』※エリシャ視点

 レンタとルインが寝付くのを確認し、エリシャはベッドから起き上がった。

 時刻は夜の十二時を過ぎたところで、外もだいぶ静かになっている。エリシャは今が頃合いだと寝間着を脱ぎ、クローゼットから精霊人の民族衣装である魔道具で装飾されたドレスを取り出し着替えていった。

 「…………ママ? どうしたの?」

 物音で起きたのか、ルインがぼんやりとした意識でエリシャ見ていた。エリシャはすぐに傍に寄り添って声を掛け、頭を撫でてルインを再び眠りにつかせた。

 「……ん、ママ……だいすき」

 「うん、私も大好きだよ。お休み、ルイン」

 幸いなことにレンタは起きず、エリシャは安堵のため息をついた。数時間前にお酒を飲んでいたので、恐らく朝までは起きることはない。ここまで好条件が揃うことはなく、だからこそ今夜行動を開始しようとエリシャは決めた。


 (――――あの時の疑問を、今夜のうちに明らかにしよう)

 三人でスーパーに寄った日、エリシャはすれ違ったジョシコウセイに違和感を感じた。彼女の身体からは魔力の波動が漏れ、その性質は魔王のものとよく似ていたのだ。

 最初は何かの間違いかと思い、混乱させないためにも言及はしなかった。けれど回収した瓦礫を見た時、エリシャの疑問は確信へと変わった。あのジョシコウセイは確実に、日本に逃げた魔王について知っている。

 (魔王から力を授かっただけなのかも分からないけど、危険な存在ならば私が対処しなきゃいけない)

 今この場で、魔法を使って戦えるのはエリシャ一人だ。二人を危険から遠ざける意味でも、今回の単独行動は理にかなっている。

 「それじゃあ、行ってきます」

 寝ている二人の頬にそっと口づけをし、エリシャは覚悟を決めて玄関へと向かった。


 外に出てアパートの屋上へと移動し、魔法による身体強化で高さのある建物へと跳び移っていく。そして近辺で一番高い建物に登り、辺り一帯の景色を広く見渡した。

 キンと冷えた冬の夜でも、ニホンの町はどこも明るかった。通りには一定間隔で街灯が建ち並び、家々の窓にはまだいくつもの光が見えた。

 「……本当に、地平線の先まで町が広がってる」

 ビュウと冷たい風が吹きつけてくる。保温のための魔法を使っていなければ、すぐにでも動けなくなってしまいそうだ。アルヴァリエとは違い大気中に魔力がほぼ無いので、ここからは必要最低限の魔法と時間で行動しなければいけない。


 エリシャは懐から魔王の痕跡が残る瓦礫を取り出し、そこへ探知の魔法を発動した。すると虚空に羅針盤状の光る魔法陣が出現し、長い針がカタカタとせわしなく動き出した。

 この魔法は対象の位置を特定するためのもので、よほど距離が離れてなれば方角を定めるまで五分も掛からない。だがここがアルヴァリエではないからか、長針は中々決まった場所を差さずにゆらゆらと揺れ続けていた。

 「……おおよその方角は分かったし、後は近くまで行って確かめよう」

 即時の戦闘も想定し、エリシャは手に愛用している弓を出現させた。そして軽く弦を引き、無事使えることを確認して背に装着した。


 そうして移動しようとしたところで、エリシャは一旦立ち止り考えた。脳裏をよぎったのはレンタとテレビを見ていた時の会話で、この世界の至るところには監視カメラという遠見の魔法のようなものがあることに思い当たった。

 「科学は魔法じゃないから、対魔法用の隠密術式はいらない。ならここで有効なのは……こっちの方かな」

 エリシャは光を屈折させる魔法を使い、身体を半透明のぼんやりとした状態にした。これなら顔を認識するのは困難なはずで、今夜の行動に最も適してるはずだと考えた。

 

 それから建物をいくつも跳び越え、自然が多い場所にエリシャは降り立った。

 近くの表札には『しぜんこうえん』と文字が彫っており、ここがこの町の公共の遊びだと理解した。離れた場所に色彩豊かな遊具が置いてあり、レンタとルインと一緒に来たら楽しいだろうなとエリシャは思った。

 (……探知魔法の動き的には、だいぶ近くまで来てる気がするけど)

 羅針盤型の魔法陣の長針は、特定方向を差さずにグルグルと回転を続けていた。恐らく魔法自体の不具合ではなく、対象が近くにいる可能性が高い。

 何か目ぼしいものはないかと考え、付近の散策を始めようとした。……その時である。


 「――――⁉」

 突如自然公園の一角から、凄まじい量の魔力が発せられた。続けて女性の悲鳴が聞こえ、声の主とおぼしき人物は必死な足取りで公園の外へと逃げていった。

 エリシャはすぐに魔力の発生源へと向かい、茂みの中から辺りを見渡した。すると噴水とおぼしき構造物の目の前に、『ソイツ』は確かな威圧感を放ち立っていた。

 「あれは……!」

 夜の闇の中でも一際目立つ漆黒の魔力を全身に纏い、探していた魔王はそこに存在していた。魔力が濃すぎて容姿までは判別できないが、背丈はあのジョシコウセイぐらいだ。

 「ひっ、ひぃ……! たっ助けてくれぇ!」

 魔王の影になって見えていなかったが、その足元には誰かが倒れていた。よく目を凝らしてみると、それは数時間前にアパートの前で出会ったレンタの友人のタクロウだった。

 (何でこんな遠くに? いや、それを考えるのは今じゃない)

 エリシャは即座に戦闘行動に入り、背負っていた弓を矢と共に構えた。


 「――――翠嵐翡翠ノ剛弓。その力を今解放し、眼前の敵を封じよ」

 相手に気取られぬ程度に簡易詠唱し、弓に緑の魔力を込めた。放つ魔法は対象を拘束するもので、これなら着弾の余波でレンタの友人を傷つけることもない。

 「――――照準、射て!」

 声と同時に放たれた矢は、まっすぐに魔王へと向かった。着弾の瞬間に緑の魔力は鎖のような形状へと変わり、棒立ちしていた魔王へと巻き付き完全に拘束した。

 「そこのあなた! 走って、早く!」

 エリシャの叫びを聞き、タクロウは慌てて起き上がって逃げた。徐々に遠くなっていくその背中を見送り、エリシャは魔王へと近づき問いを投げた。


 「魔王ガイウス、あなたはこの世界で何をするつもりなの?」

 「……………」

 「その依り代としているジョシコウセイは人質のつもり? だとしても、私は一切の躊躇をしない。確実にこの場であなたを仕留める」

 その言葉は半分ハッタリで半分は本心だ。エリシャとしても助けられるのなら助けたいが、魔王はそんな甘い相手ではない。無理に救おうとした結果より多くの不幸が生まれる経験は、魔族との戦争で嫌というほど経験していた。

 覚悟を決めて矢を放とうとした瞬間、魔王が何かを呟いた。それは風に流れ掻き消えそうなほど小さかったが、エリシャの耳には確かにこう聞こえた。


 「……私の、正義の邪魔をするな」

 「え?」

 意味が分からず声を漏らすと、魔王は身に纏う漆黒の魔力をさらに高めた。そしてその力を爆発させるように放出し、エリシャの拘束を強引に破壊してしまった。

 反撃が来る前に爆発の中心地に矢を放ったが、土煙の先に魔王の姿はなかった。辺りを注意深く見渡したが、すでに逃げたのか気配は残っていなかった。

 「追いたいところだけど、今日はここが限界……かな」

 戦闘に使える魔力はほぼ残っておらず、エリシャは深追いを辞めて帰路につくことにした。頭に残るのは、魔王の去り際に放った謎の言葉だ。

 「…………正義って、あなたはこの世界で何をするつもりなの?」


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