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第九話『記憶喪失のルインと先輩の助け』

 魔族の女の子ルインは、どういうわけか俺とエリシャを父親母親と認識してしまった。すぐに否定はしたものの納得せず、俺たちを本当の親と思っているかのように愛嬌を振りまいていた。

 「パパ、ママ。ルイン、おなかへった!」

 元々昼食の途中だったこともあり、一旦腹を満たしてから説得することにした。


 テーブルに並べていたカップラーメンを見せてみると、ルインは迷わずに醤油味を指差した。まだ食べ物と理解はしていないようだが、パッケージのデザインが気に入ったようで手に持ってじっと見つめていた。

 「ごめんな、エリシャ。先にルインに選ばせちゃって」

 「構いませんよ。こんなに嬉しそうなら良かったです」

 「じゃあさっそく作っていくか。ルイン、ちょっとそれ借りるぞ」

 俺が手を差し出すと、ルインはすぐに「はい!」と言って渡してくれた。俺はその素直な姿に心掴まれ、一瞬だが養ってあげたい気持ちが湧いてきた。

 「レンタ、どうしました?」

 「……いや、何でもないよ。お湯はもう入れたから、後は三分待つだけだ」

 蓋を割りばしで閉じ、スマホのタイマーをセットした。エリシャはまるで研究者のような目つきでカップラーメンを見つめ、ルインは微かに漂う香りを鼻で味わっていた。


 三分経ったので蓋を開け、中身をかき混ぜるように言ってエリシャに渡した。ルインの分は俺がやろうとしたのだが、自分でやりたいと言ったのでやらせてみることにした。

 「おいしそう、もうたべてもいい?」

 「あぁ、いいぞ。結構味が濃いし、口に合えばいいけど」

 「わぁい!」

 すぐに食べようとしたルインだが、フォークを手に持って固まってしまった。手で食べることが多い魔族の食事方法のせいか、食器の使い方がよく分からないらしい。エリシャはそれを見て身体の向きを変え、ルインの代わりにフォークを使って食べさせてあげた。

 「おいしい! ママ、もっと!」

 「っ……! 私はあなたのママじゃ…………くぅ」

 エリシャは頑張って否定しようとしたが、ルインの愛らしさにやられ途中で諦めてしまった。俺はそれを仕方ないと眺め、そのまま三人で仲良く団欒の時を過ごした。


 カップラーメンを食べ終え、残った容器の跡片付けをしていると、ルインはリビングのソファの上で横になって眠ってしまった。その寝顔はとても幸せそうで、自分が孤独じゃないと心から信じているように見えた。

 「こんな子に、俺たちは親になれないってどう説得すればいいんだか」

 「それについてなんですが、考えてみれば他にこの子の面倒を見れる人はいないですよね。なら親にはなれなくても、同じぐらいの気持ちで接するのはいいかもしれません」

 「……それもそうだな。しかしそうなると、色々と買ってくる必要があるか」

 最低でも服は必要だ。今のルインの服装は、薄くてボロいワンピース一枚だからだ。


 俺はスマホで近場にある服屋を探した。一番近い場所は徒歩五分ほどだが、夕食の買い出しも考えたら徒歩十五分ほどの距離にあるショッピングモールの方が良さそうだ。

 頭の角を隠せる大き目の帽子や、外用の防寒着もいるかもしれない。エリシャにも来てもらって二人分の服も一緒に買いたかったが、ルインを独りにするわけにはいかない。また留守を頼むしかなさそうだ。

 「色々と必要なものを買って来るけど、また留守を頼んでいいか?」

 「私は構いませんよ。この子の面倒はしっかり見てますから」

 「助かる。なるべく急ぐつもりだから、ちょっとだけ待っててくれ」

 俺は椅子に掛けていたジャンバーを着用し、行ってきますと言って玄関を出た。


 ショッピングセンターの児童服売り場で、俺はどうしたものかと立ち尽くしていた。

まず困ったのは服の種類の多さで、どこから手をつければいいかさっぱり分からない。せめて根本となるルインのサイズだけでも見てくれば良かったと後悔していた。

 (適当にディスプレイされたのが無難ではあるよな。ただルインが気に入るかは分からないし、後で見に来ることを考えるとたくさん買うわけにも……)

 とりあえず下着は三着もあればいいのだろうか。必要最低限のものだけ買うつもりで来たのだが、独り身だった俺にその基準などあるわけがなかった。


 うんうんと唸って適当な物をカゴに突っ込んでいると、背後から誰かが俺の名を呼んだ。振り返ってみるとそこにいたのは、昨日の夜に電話をした会社の先輩だった。

 先輩の名は『竹田勝男』といい、体格良く男らしい風貌の男性だ。年齢は俺より四つ上の三十台で、会社では何かとお世話になっている尊敬できる人だ。

 「おう、谷原か。こんな場所で会うなんて珍しいな」

 「そういう先輩こそ、ここに用事でもあったんですか?」

 「俺は嫁に頼まれたんだよ。息子がすくすくと大きくなりやがるもんだから、大き目のサイズの下着を買って来いってな」

 思い返してみれば、先輩のスマホの壁紙にはいつも子どもが映っていた気がした。

 「……カゴにあんのは子ども用の服だよな。もしかして谷原って、結婚して子どもいるのか? そんな様子は今までなかった気がするが」

 「あぁ、いえ。これには深い理由がありまして……」

 下手に隠すと怪しまれそうなので、色々と事実を脚色して話をした。その内容は親戚に不幸があり、五歳ぐらいの女の子一人を預かったという無理があるものだ。だが意外にも先輩はその話を真剣に聞き、うんうんと頷いて目にうっすら涙を浮かべていた。


 「そうかそうか……、それは大変だったな。仕事も大変なのに子ども一人預かるって決断をしたお前を、俺は先輩として誇りに思うぞ」

 「あ、ありがとうございます。もし時間があればお願いしたいんですが、色々と手探りで困っていたので力を貸していただけませんか?」

 「いいぞ、むしろ頼れ。とりあえずは何に困ってたんだ」

 早速必要な服について聞いてみると、先輩は親切に教えてくれた。


 まず下着類は多めに必要とのことで、これは子どもが汗をかきやすいからとのことだ。小さい内は風邪にもかかりやすく、必要な時に無いと非常に困ると教えてくれた。

 他にも服のサイズは成長するので大き目にするべきということや、パジャマなどもあった方が良いということまで教えてくれた。

今の先輩の姿は仕事をしている時とは違く、頼れる父親として輝いて見えた。

 (……いずれは俺も、こんな風になれるんだろうか)

 先輩を通して実家にいる父と母の姿が浮かび、一時的にでも自分が同じ場所にいるのだと気づいた。客観的に見た子ども時代の自分は結構なやんちゃ坊主で、相当な苦労をさせてきたのだなと今更になって後悔した。


 「……いまさらですが、やっていける自信がなくなってきました」

 「ははは、皆そんなもんだ。理由はどうであれ自分で選択した道なら、後悔がないようにがむしゃらにやっていくしかない」

 「そうですね。重ね重ねになりますが、今日は本当にありがとうございました」

 頭を下げて言うと、先輩は肩を叩き「頑張れよ」と激励してくれた。


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