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胸ことば 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーちゃんは、超能力の存在、信じているかい? テレパシー、千里眼、念力……いわゆるPSIサイという奴だね。

 脳の10パーセント神話。ほら、脳みそは実は10パーセントしか使われていなくって、残り90パーセントは眠っていると、広く伝わっている都市伝説だよ。

 あの使われていない90パーセントが、何かしらの形で覚醒した者が、超能力者になると、僕たちの間ではまことしやかにささやかれている。今でもさ。

 でも、実際のところ脳に使われていない部分なんかないらしいね。身体を動かしている時はもちろん、ぼけっとしたり、眠っていたりするときだって、熱心に働いている。そこにはサボれる余裕はないって説もある。


 じゃあさ、超能力って果たしてどこから生まれるんだろう。疑問に思ったことはないかい? 

 僕ね、その原因の一端を体験したことが、昔にあるんだよ。聞いてみないかい?



 信じてもらえるか分からないけどね。僕のファーストメモリーは、柵付きのベッドに寝転がって、哺乳瓶をくわえているところだった。

 そばには母がいる。哺乳瓶の底を持ち、傾けて、中身を僕へ飲まそうとしていた。僕もまた哺乳瓶をしゃぶり、中身のミルクを口に入れていたけれど、ちっともおいしくも、気持ちよくもなかった。


 目の前の母から、ものすごい熱を感じたからだ。

 屋内だっていうのに、カンカン照りの中へ放り出されたかのよう。そこへ追い討ちをかけるように、ミルクもまた生ぬるいものだから、とうとう僕は哺乳瓶を押し出す勢いで泣き始めてしまうんだ。

 母の大きい舌打ち、今でも耳に残っている。その直後に、母が発する熱はますます強くなっていってね。言葉を話せない僕は、ひたすらに泣いてアピールするしかなかったんだ。


 そうして言葉がしゃべれないうちは、熱い人、普通の人、冷たい人で相手を判断していたよ。普通以外の人が近寄ってくると、「こいつはやばい!」と、えんえん泣きだすわけだ。留守にしていない限り、誰かが駆け付けてくれるけど、泣かれた方としては首をかしげる他なかったと思う。

 やがて、大きくなってきて言葉を話せるようになると、相手から感じる温度はどんどん鈍くなってね。小学校低学年ごろにほとんど感じなくなった。代わりに、相手の思っているだろう声が、こちらの胸あたりに響いてくるようになったのさ。


 これは温度を感じていたときみたいに、いつでも分かるわけじゃなかった。

 それを感じ取れる時が迫ると、胸の鼓動が早くなるんだ。たとえじっとしていても、まるで坂道を駆け上がっているかのように、バックン、バックン、バクンバクンバクン……って具合にさ。

 そいつが急激に収まってくると、近くの相手が心に思っていることが、言葉になって伝わるんだ。ひと文字、ひと文字が言葉通りに胸を打つ。鼓動するたび、言葉が脳に浮かんでいく。

 一度、友達と話している最中に、この発作がやってきたことがある。表向きは話を合わせてくれていたけど、僕の胸の中じゃ「うぜえな……早く終わりにしてくんねえかな」とつぶやいていた時には、ショックだったな。

 いきなり口をつぐんでしまい、機嫌を悪くする僕を見て、友達はだいぶ困惑した顔を見せる。「早く切り上げたかったんだろ? 勝手にしろよ」って踵を返す僕を、どうにか引き留めようとしたり、弁解しようとしたりする姿を見ると、おかしくて仕方なかった。

 どうして心が読めたかなど、向こうは知るよしもない。けれども自分の悪評をばらまかれるのが怖くて、どうにか僕をなだめすかしにかかるんだ。

 心にもないことを、必死にやろうとするこっけいさ。何度も同じようなことがあって味をしめた僕は、いつしか相手に秘密をちらつかせて、自分を「ヨイショ」してもらうようになる。ひとえに気持ちよくなりたいがために。

 


 そんな悪辣だけどささやかなたくらみは、ある転校生がやってきたときに砕け散る。

 やってくるのが女子だと聞いて、ひそかにワクワクしていたのに、いざ自己紹介にあずかるや、無残に理想を砕かれる。

 ひとことでいえば、ごつい。クラスの女子どころか、男子と比べても、あの体格を下回る奴の方が、圧倒的に多い。しかも眉毛が濃くてぶっといし、顔は角ばっているしと、えらくコワモテな要素を備えておられる。


 ――ぶっさいくやなあ。ゴリラやん。


 自分としては、ちょっと眉をしかめたくらいという自負があった。

 ところが、教室中を見渡しながら自己紹介していた彼女が、いきなり黙り込むと、「ぎっ

」と音が出そうなくらい顔をひねって、こちらを真っすぐにらみつけてきた。

 ぞくり、と背中へいっぺんに寒気が走ったよ。だって今の動作、相手の不機嫌な心を読み取ったときの僕に、そっくりな動きだったんだもの。

 突然の挙動に戸惑う先生を置いて、彼女はずんずんと僕の席の真ん前までやってくる。その間、僕の心臓も例のバクンバクンと、激しく高鳴ってくる。

 彼女はがっと、僕の頭をわしづかみにして叫んだんだ。


「もう一度、言ってみろ! お前!」


 口と心が一致している言葉を聞くなんて、いつほどぶりだったろう。



 と、彼女とのファーストコンタクトは、最悪な展開だった。

 あいにく、僕は恋愛マンガの主人公じゃなかったらしくてね。最終的に彼女とは、まあまあ話をするクラスメートレベルに落ち着いた。

 本来なら険悪ムードのまま、ずるずる行きそうなもんだけど、やっぱ強いのが秘密の共有。彼女もまた、相手の気持ちを読み取ることができる人だったわけ。やはり僕みたいに、感じ取る直前、胸がバクバクするらしい。

 読み取られた僕の内心も、実は彼女にとって、慣れっこだったとか。それでも舐められないために、あえてすごんで見せるまでが、お約束の流れになっているって話してたっけ。


 その学校の中で、僕と彼女だけが悟り、悟られる関係にあった。

 彼女とは卒業までの3年間、同じクラスで過ごしたけれど、ラストの6年生を迎える頃には、知っている相手に限り、近づいて「読み取るぞ!」と意識すれば、あの心臓の鼓動を呼び起こせるようになっていたよ。勝手に動く時も、引き続きあったけどね。

 彼女相手に限っては隠し事ができず、彼女もまた僕に対して物を隠せない。口に出しづらいことは、二人並んで黙ったまま、心の中で話し続けることもしばしばだった。

 お互い、向き合う相手の表に出さない罵詈雑言に辟易してたから。それらを聞いて湧いてくる愚痴を、遠慮なくぶちまけられる相手と一緒にいる時間に、僕の楽しみは移っていったんだなあ。



 それが終わったのが、卒業式の日だ。

 式の後、二人でまったり通学路を歩いて、中学校のことを話していたよ。学校は別になっちゃうから、進学した先で同じような人がいるかどうか、関心のよりどころだったよ。

 この力を持っていない相手とは、本当の友達になれそうにない。そう、僕も彼女も感じていたから。

 でも、互いの顏ばかり見て、前を見ていなかったせいで、思わぬ衝突をした。


 壁じゃなく、もっと弾力のあるものだった。しかもぶつかってきたのは肩ばかりじゃない。

 胸だ。胸を押されたかと思うと、その表面でいくつもの細い指が、「タタタ……」と、小気味よく、時間差で叩いてきたんだ。ちょうどパソコンのキーボードのブラインドタッチを思わせた。

 次の瞬間、僕の胸はパカリと観音開きする。痛みはなく、そこから血は出ず、肉も骨も見えない。火の消えた暖炉のように真っ黒い空間が広がり、その中に一本、黄色く細い管が突っ込まれる。

 我に返ってはっと顔を上げたのと、胸からずるっと何かが抜かれたのは、ほぼ同時だった。


 僕たちに背を向けていたのは、トレンチコートを着た巨漢の者だった。頭部にはみじんの髪の毛もなく、その表面は僕たちの肌よりもずっと黄色くてかっている。

 そのトレンチコートのベルトに、僕が見た黄色い管が引っ込んでいく。掃除機のコードを思わせる潜り込み方を見せた管は、その先に引っ掛けたものをベルトにくっつけている。

 パッと見たところ、折りたためないケータイ電話に見えた。全体に対して、液晶がとてつもなく小さく、その分のスペースに雑多で細かいボタンがひしめいている。ボタンたちは誰に押されるでもなく、しきりに赤、青、黄色と、次々に点滅を続けている。

 しかも、それがベルトに並んで2台。

 巨漢は僕たちの数倍はあるかという歩幅とスピードで、たちまち遠ざかってしまい、隣の彼女はというと、僕と同じように巨漢の背中を見つめながら、自分の胸を押さえていた。

 もう、僕たちの胸は元通りになっている。先ほどのタッチを思い出して叩いてみても、うんともすんとも言わなかった。


 その日を境に、僕たちは相手の気持ちを読み取ることができなくなってしまう。

 きっとあの電話らしきものを通じ、僕たちは相手の気持ちを受け取っていたんだと思っている。

 心臓の鼓動は電話のベルで、受話器を取ったならば読み取れる。そして6年生になってからは、自分から相手にかけさせることも、できてたんじゃないかとね。

 

 

 


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