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現在④-証拠写真になり得るもの

「いやーこれは罠だと思うな」


 電話越しで北田はそう断定した。他人から届いたDMをさらすなんて例えメールでもしたくなかったから、僕はその内容を読み上げていた。そして帰ってきて反応がこれである。


「呼び出しておいて馬鹿にしたり嘲ったり恫喝したり……そもそも芸能人やクリエイターでもないのにフォロワーの多い奴って信用してねえんだよな。客受けのためならどんなことでも画策しそうで」

「ちょっと北田氏それは偏見が過ぎるで常考」


 ちなみにこの会話は鈴木にも参加してもらっていた。この古臭い話し方こそ彼のアイデンティである。


 Discordというアプリを使って3人同時通話をしているのだが、中々音声がはっきりしていて聞き取りやすかった。会社のweb会議システムが音質最低回線最悪の使えない代物だったから、余計そう思ったのかもしれない。世の中のシステムは、僕ら老害を置きざりにして進歩しているのだ。


「そもそもわが軍の見方は皆無。かのカルタゴハンニバル将軍も槍を置いて逃げ出す惨状ですぞ?ここは使えるものは使う一手ではないかと心の中の孔明がささやいております」

「ローマなのか古代中国なのかはっきりしろよ……」

「そうだぞそこはハンニバルじゃなくて項羽だろ普通」

「何を言いまするか安藤氏!!項羽と孔明では数百年以上の時間的断絶がございまして……」

「いやそんなことどうでもいいから」


 夜中11時だというのに二人とも元気だった。僕は既に眠たくて、少し目がとろんとしていた。電話越しだから伝わっていないとは思うが。そして徐にティーカップを取り出していた。と言っても今から紅茶を頂くわけではない。


「いやでもこの人YouTuberだからなあ。登録者も5万超えてるしそこそこ大手だろ」

「北田氏!吾輩は未だにニコ動民ゆえマイリス5千くらいのイメージでおけ?」

「最近のニコ動マイリス率下がってるからよくわかんねえ」

「お前ら2chの香具師で例えてくれないとわからんぞ」

「どうやっても無理だわ諦めろ安藤。まあ俺が言いたいのは、こういう動画やってるやつは悪ふざけをし始める可能性が高いってことだな。承認欲求の塊みたいなもんだし」

「でもでも北田氏!すぷりんの動画見ると美容関係とかブランド関係のことばかりで、あまり過激な動画を上げている印象はないでござるぞ」


 ぱしゃり、僕はティーカップを撮影した。ちゃんとHermèsのものと分かるように、念のため何枚もパシャリと撮影した。


「とりあえず当初の予定通り写真撮ったからTwitterに載せるわ。すぷりんには……もう少し詳しく聞いてみることにする」


 僕がそう決断すると、北田も鈴木はあっさりと


「んまあそれでいいんじゃね?」

「了解でござるよ」


 と納得してくれていた。やはり信頼感が段違いだ。彼らに相談してよかった。


「んじゃ明日仕事だろうし寝るか」

「お休みでござる」

「またなんかあったら相談してくれよ」


 通話を終了して、写真を添付してツイートした。これは鈴木からのアドバイスだった。


「安藤氏、もらったティーカップってまだ持っておりますかの?」


 意識していなかったが、押入れに入れっぱなしだった。あれから何度か引っ越しをしてきたのに、後生大事に持ってきていたのだ。


「ああ、押入れにあるけど」

「それをネットの海に流してみては?あの時の茶器ですって。いくら釣りでも証拠写真があれば、少し食指の動く者もおられるのではないかと」


 なるほどと思った。確かに、自分が起こしたことなのだから証拠はある。それを淡々と提示することが大事だと鈴木は語っていた。メディアを巻き込んだセンセーショナルな報道はできない。既にされてしまっている。だから自分は淡々と、電車男は自分であるという証拠をネットの海に投げるのだ。


 【これが、2004年3月16日にエルメスさんよりもらったHermèsのティーカップです。箱の中に入っていた新聞紙も一緒に添付します】


 宛先の紙は流石になくしていたものの、新聞は昔からとっていなかったこともあり昔の物のまま収納しており、そして今日まで残っていた。2004年3月6日の新聞は、サッカー日本代表のアテネオリンピック予選について取り上げられていた。アテネって、これから東京で開かれるっていうのに。


 ツイートボタンを押して、そのまま布団に入った。もう眠かったから、さっさと睡眠に入りたかったのだ。明日も仕事だし。そして僕は、そのツイートの反響を見る間もなく、深い眠りについたのだった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 その日は朝から寝坊をしたので、慌てて出社した。無論、Twitterなど見る暇はなかったし、日課にしていた朝の天気予報する見逃してしまった。


 そのため休憩時間も寝落ちしたかったのだが、朝の休憩時間は会議でつぶされてしまった。企画管理という仕事、いや業績管理という仕事は予算の作成が一番重要なタスクだ。現在はそれの大詰め、役員への説明を行う資料を作成しているところなのだ。


 といっても、既に予算は作っているし、経理部からも了承されている。ぶっちゃけ本当は、もう予算関係で業務をすることはない。それに売り上げ規模10億にも満たない零細事業部なのだから、そこまで役員の人達も頓着していない。もっとメインの事業部の動向の方が気になるのだ。


 しかし仕事をする羽目になっているのは、偏にわが事業部長の注文からだ。曰く、自分がどんな質問が来ても対応できるようなマニュアルを作っておいてくれとのことだ。


「んなもん作れるかって思うんですけどねえ」


 例のごとく部長と課長が喧嘩していたので、お昼ご飯は泉と2人抜け出して愚痴を言い合っていた。因みに部長と課長の喧嘩もこれが原因だ。役員が言っていることだから真摯に対応するべきだと主張している部長に対して、そんなことに工数かけてられるか、もう何度も説明していることだからこちらに仕事を回さないでくれと反発する課長。その結果、部内は混乱を極めていた。


「また安藤先輩のお仕事増えちゃいますよ?」

「そうだねえ。個人的にもお断りしてほしいかなあ。もう1月2月の予算作成で三六協定ぎりぎりまできてるし」

「労務から催促きますねえ」

「泉さんも結構働いたでしょ?」

「月30くらい?いやでも最近2年目研修行ってきたんですけどめっちゃビビられましたよ。同期の中で一番働いてました。めっちゃ心配されましたよ。まあ、暇な月10時間前後なんで、平均すればそこそこなんですけどね」


 2人でオフィスタワーにあるコンビニに入った。おにぎりを何個か購入してレジに並ぶ。泉はサラダスティックとパンを購入しているようだ。実にOLっぽい選択である。


「安藤主任って結構食べますよね」

「この腹見たらわかるだろ?」

「あはははは」


 愛想笑いをされてしまった。むしろ少し悲しくなった。ダイエット……しなければいけないのかもしれないがそのやる気は全く沸いてこなかった。


「あの辺の椅子で食べようか」

「さんせー!」


 そう言って2人椅子に座った。眼前にはオフィスタワーらしく、東京のビル群が立ち並んでいた。最初見たときには荘厳な情景だと感心したが、こう毎日見ていると東京タワーも都庁も見飽きてくる。


 昼時だからか自分たちのように椅子に座って食べるスーツを着た人たちがあふれていた。ぽかぽかの陽気だったが、ジャケットを脱いでいる人はいなかったので、なんとなく寒い質感が漂っていた。その中で泉のベージュ色のOLスーツは少し目立っていた。


「おにぎり5つも食べるんですか」

「いつものことだぞ」

「すごいですねえ」


 泉はそう言いつつ、ちょっとそわそわしながらランチパックにかぶりついていた。僕は焼鮭のおにぎりを食べつつそれについて指摘してみた。


「ん?知り合いでもいるのか?」

「え?な、なにがですか??」

「いやあ、なんか落ち着かない顔してたから」


 泉はそう言われてとても驚いている様子だった。なんだろう、僕は洞察力の皆無な人間であると思われていたのかな。


「安藤さんよく気づきましたね。いやなんか、このオフィスタワーって広告代理店が入ってるじゃないですか」

「まあ大きな企業いっぱい入ってるしな。モルガンとか」

「そうなんですけど……昨日カフェであっていた人いたじゃないですか」

「あの、電車男が何たらってやつ?」

「そうそう、その人、あの広告代理店の関係者みたいで。自分の口からそう言ってただけなんで確証はないですけど。嘘ついてたかもしれないので」

「相変らず君は全てに疑ってかかるね」

「そりゃ口だけならいくらでも言えますから。最近そんな人たちばかり……じゃなくて、とにかく本当に関係者だったらここで会いたくないじゃないですか。絶対に嫌で」

「そっか……席替えようか?」

「いや大丈夫です。いざとなったら隠れます」

「それじゃあこの巨体を陰にして身を潜めてくれ」


 ポヨン。腹を叩くと水面に小石が落ちた時のように波打った。


「頼りにしてます」


 またも憐みの微笑み。もうアラフォーが近づいてきて、持ちネタすら自虐と捉えてもらえなくなり哀愁漂う感じになったのは、なんとなく物悲しかった。


「電車男といえばですけど、今めっちゃ話題になってますよね」


 泉がこう言って、僕に画面を見せてきた。どうせテレビが取り上げたとか、ネットニュースになったとかそんなのだろうと僕は思っていた。もう昨日の夜、眠気に襲われながら行った発信などほとんど頭に入っていなかった。


「あーあの、俺が電車男だってやつ?」

「いやそうですけど、これ見てくださいよ。別の人がですね、証拠出してきたんですよ」


 その時見せてくれたTwitter。左上にあるアイコンの名前が……すぷりんと書いてあった。すぷりん……すぷりん……あのDMの!?!?!?!?


「この写真、Hermèsのあれですよね?電車男さんが女性助けた時に送ったって言われているあれですよね?しかもこの下についているリプ見てくださいよ」


 というかこれ僕が呟いたやつじゃないか。よく見たら大量のリプがついていた。どうせまた罵詈雑言の雨嵐なのだろう。まだそう嘲っていたのだが……


「これ2000年前半に作られていたHermèsのティーカップですよ。めっちゃそっくりじゃありません??しかも2004年当時の新聞までありますし。これネットで見たんですけど完全に一致しているんですよ」


 泉は興奮気味に話していた。まるで説を立証しきった後のようなすがすがしい顔もしていた。


「新聞記事とかネットで見れるのか?」

「割とアーカイブ置いてくれてますよ。まあ探したのは他のフォロワーさんですけど」


 リプ欄が全然違う様相だったのは、斜め読みしかまだしていない自分でも理解できた。


 【まじかよこれ、こっちのが本物とか?】

 【つか16年前のHermès持ってて昔の新聞試出してきて写真撮るとか相当思い出深いものでしかしないだろ】

 【もう一人って証拠とか出してなかったよな!?】

 【なんか証拠出されたらこっちな気がしてきた。Twitter使い慣れていない感じとか生来のねらーっぽくない?】

 【主は年齢いくつ?】


 これまではほとんどの人達から相手にされていなかったのに、証拠1つで少し状況が入れ替わっていくのを感じた。そしてこんな書き込みをしている人もいた。


 【これもしかしてやばくね?また、電車男がビジネスに墜ちるぞ】

 

 「これはマジで思いますね。今テレビ出ている電車男って言っている人、めっちゃ詐欺師っぽくなりません!?だとしたらこれ、ガチの事件ですよ」


 ネットとは恐ろしい。今回は、純粋な感情だ。動いたら、こんなにも賛同がもらえるのだ。いつの間に、僕は足が止まってしまったのだろう。


「この人に連絡取りたくて、昨日もDMしたんですよーでも全然返事来なくて―。ってかリプにも誰にも返してないし。でもなんかその方が真実味あるっぽくないですか?淡々と自分の潔白さだけ証明してくるって、なんか信じたくなるっていうかー」


 もう一度だけ、この世界を信じてみることにした。忘れ物を取りに行こう。16年前に取り忘れた、誰かを信じるという感情と、一歩踏み出す勇気を携えて。


「その人……」

「ん?」


 僕は勇気を振り絞って泉に告白した。右手で自分のスマホの画面を見せつけていた。


「その人、実は僕なんだ」

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