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回想④~偽りの物語が幕を開ける~

 【若い方の女性から手紙&お礼の品が


  キタ━━━( ´∀`)・ω・) ゜Д゜)゜∀゜)・∀・) ̄ー ̄)´_ゝ`)-_)゜∋゜)´Д`)゜ー゜)━━━!!!!


  drgてh6うtdygyzhふじこlpfぴkykgふyshfじこlpft6yhづじこlp;fpfふじこ      lp;@gtyふじこl!!!

  落ちついてからまたきます。あぁ、マジで心臓が高鳴ってる】


 皆さん、これが現実と虚構の区別がつかなくなった男の末路です。よく覚えておきましょう。その時の僕はとても舞い上がっていたのだ。いやそんなこといちいち記述しなくても重々わかると思うが、掲示板にこう書きこんでしまったのだ。幸せのおすそ分けである。何て言えれば殊勝なのだが、実際はただの自分語りだった。


 届いたメールには、追加でこう書かれていた。


【眉谷さんから住所の方教えていただきましたので、飲み会の時にお話ししていたティーカップをお送りいたします。紅茶が大変お好きということで、少し奮発しちゃいました。なんて本当は、輸入代理店で働いている父から譲り受けたものですが。お代金は全然いらないので、ぜひぜひお楽しみください】


 眉谷はなぜ自分の住所を知っているのだろうと思ったが、多分北田から聞いたのだろう。当時の個人情報のがばがっぷりを思えばあり得る話である。そんなことより、このメールである。


 確かにあの飲み会で、紅茶の良さを語った。それは事実である。でも、それだけでこんな贈り物をしてくれるなんて、なんて良い娘なのだろう。そう思っていたら電話がかかってきた。またあの会社からだった。


「何かあったんですか!?!?!?」


 中野さんは大層興奮した様子だった。僕は件の女性から贈り物が届いたことを伝えた。しかしここで、流石に良心が痛んだ。もう整合性も取れないだろう。飲み会の時なんて言葉も出てきてしまっているし。


「贈り物ですか!!!ぜひぜひ掲示板に書き込んでください!!!」


「でも……」


 僕は少しだけ躊躇して答えた。


「本当の経緯は、書き込んだものと違うので……嘘話というか……」


「でも女性から贈り物が届いたのは事実なんですよね?」


 まるで自分の意見を塗りつぶさんとするほどの勢いで、中野さんは言葉を重ねた。


「そ、そうですけれども……」


「なら大丈夫です!!!」


 何が大丈夫なのか。そう思った矢先のことだ。中野さんはこう言ったのだ。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「は、はあ……」


「事実をもとにして、それを少しだけ脚色して公表するなんてみんなやっていることなんですよ。芸人さんのエピソードトークとか、尾ひれに尾ひれをつけて話されているんですよ。それを一般人がやってダメなわけじゃない。大事なのは、電車男の存在ですから」


 この言葉を聞いて、背負っている荷が下りたような気がしたのが間違いだった。


「そもそもあの掲示板に書かれていることも、妄想の域を出ないような内容も多いですよ。そんなものです。皆さんそれを承知でやられているんです。だから気にしないで大丈夫ですよ。あまりにも矛盾があれば、こちらで色々手直しいたしますし」


「わ、わかりました!!書き込みます!!」


 こうして僕は掲示板に痴態をさらすことになった。メールが来たのだが手紙ということにして、可愛らしい便せんが届いたことにした。そもそも自分がメールという単語に慣れていなかったのもある。電話番号だって本当はあの日に聞いていたのだが、宅急便に貼ってあったことにした。いやいや事実だから!!事実だから……そう自分を誤魔化していた。


 と、ここでとある書き込みがさらなる波乱を呼び込んできた。


 【『貴女の気持ち、確かに僕の心に届きましたよ』って電話かけろ】


 いやいやそんなのできるわけないだろう。そう書き込んだけれども、スレの流れはそんな生温いものではなかった。


 【こっから進展させるには電話かけるしかないだろ】


 【今すぐ電話でよろしいかと】


 【いきなり電話はヤバくないか?】


 【言葉詰まったらアボンだぞ】


 自分の意図とは異なり、どんどんと話が進んでいった。これからどうするかについて、スレ内が議論していた。僕は少しだけ置いてけぼりだったが、とりあえず携帯は握っていた。


 その後もずっと続くやり取り。いやいや、無理だって。電話なんて掛けられないし、文通っつったって相手はメールで着てるしおかしいって。そもそも大学始まったら会えるし。確かにいい娘だなとは思ったけれども、


 こんな時には、先ほど電話してきていた中野さんはかけてこなかった。いやあの人に頼るのもなんかだが。思えばこの時に、友人に頼めば全て終わっていたのだろう。僕はパニックになっていた。どう纏めたらいいのだろうか。このスレの状態を。


 どんどん書き込みが増えていった。最初の方はある程度放置して、カップラーメンを食べていたのだが、もうそんなことをしている場合じゃなかった。いやいやこれまでこんな流れなかっただろう?適当に独身男がリア充という名の神になって、爆発するスレだろう!?!?なんでこんな……やめてくれよ。大事にしないでくれよ。


 僕は何度も自分には無理だと書き込んだ。そのたびに応援された。いや応援してほしいんじゃないんだよ。背中なんて押してくれなくていいんだよ。どうせ明日もただのバイトだ。そこら辺のしがない大学生なんだ。それでも、流れていく書き込みが、そうした叫びをかき消してしまった。


 書き込みの内容は千差万別だった。今すぐ電話しろ派、文通でいいだろ派、一度落ち着いて俺と話せ派、別に明日動いてもいいだろ派……まるで目の前に、自分じゃない自分がいるかのように、みんな自分の意見を述べていた。決めるのは僕なのだろうか。僕が決めていいのだろうか。


 とりあえず、僕は次の日に回すことにした。


 【今日は諦めます…_| ̄|○

  みんなの意見じっくり読んで、明日に備えさせて下さい…】


 このころから僕は先延ばしのくせがあるのだ。それが15年たっても尾を引くとは当時の僕すら思っていなかったが。そうしてその日は、何も行動しないことにした。そう思ってしまうと不思議なもので、現実でも返事を返さなかったのだ。既にもう、飲み会で話した彼女を仮想空間の人間として同一視し始めていたのかもしれない。まあ当時の僕からしたら、女性というだけで空想上の良きものだったから仕方ない。


 暴言で溢れかえるのだろうと思っていたが、好意的な意見ばかりが目についた。まるで仲間かのような発言もちらほらあった。ここで創作の世界なら、ネットの暖かさについて感慨深くなるのだろうが、僕の認識は全く異なっていた。


 それを一言で表すなら、恐怖だった。


 だって冷静になって考えてほしい。僕はただここに書き込んだだけだ。他のみんなと同じように、爆撃をされたくて、目立ちたくて、ちやほやされたくて書き込んだだけなのに、なんでこんなに人が集まってくる。これまでにない速さで進行していくスレ。たった一人の男が戸惑っているだけなのに、それに無数の人間がコメントをつけてくるのだ。怖いと以外言いようがない。もしもこれが実話だったなら、余計に怖いと感じていただろう。


 あまりにも手がつかなくなって、とりあえず電話しようと思った。まずかけたのは、中野さん。しかしもう就業してしまったのか、留守電になっていた。


 次にかけたのは、眉谷だった。しかしこれも外れ。仕方がないので再度スレに戻ってきた。まだまだ手が震えていたが、質問も来ていたので回答することにした。


 【で、そのカップどこの?】


 という質問が届いていたから、そういや動転して実物を見ていなかったなと思い再度ポストまで下って行った。そしてポストから荷物を取って、部屋へ戻ろうとした。その時である。


 怪しい人影がいた気がした。アパートの道路の向こう側にである。当時では珍しいマスクをしっかり付けた、黒一色の男だった。何が変かというと、ずっと自分の住んでいるアパートを見続けていたのだ。怖くなった僕はさっさと部屋に帰った。


 もしかして、これやばいやつなのではないか?


 僕は必死にテレビのドッキリであることを祈っていた。これもサクラとかやらせとかそんな奴だろうと。どうせまたオタクたちを笑いものにする企画でもスタートしているのだろう。それならどれだけよかっただろうか。


 【しつこいけど、俺の為なんかに

  色々考えてくれてありがとう

  何度言っても足りないよ!


  >>104

  HERMESって書いてあるけど。どこの食器メーカーだろ


  >>103

  俺なんかの為にあらいがとう…

  勇気が出たらおねがいします】


 なんて読むんだろうな。見るからに高級そうなカップだなと思っていたが、ここでは僕の無知っぷりが露見してしまった。


 【おいおいエルメスかよ・・・】


 【ちょっと状況変わってきてないか、エルメスっておまい、

  なんでそぷういう重要なことをはやkぅいわんかいあー】


 【あーエルメスなら今日中にでもお礼の電話した方が良かったなあ】


 【いくら感謝してても エルメスは送らないよぅ、ふつう。】


 そうその時まで知らなかったのである。エルメスがとても高級なブランドであることを。しかしその裏事情は何となく透けていた。我が家には紅茶の葉っぱはあるしそれを濾すものもあるのだが、肝心なコップは100円ショップのマグカップだ。それではおいしさを感じられないだろうという彼女なりの粋が、このエルメスなのだ。

 

 そもそも彼女はお金持ちだろう。父は輸入代理店と言っていたから金持ってそうだし、エルメスのバックを身に着けていたし、何よりも見た目がとても上品だ。とてもじゃないが自分のような万年大食いのクソキモデブオタとは釣り合わない。そんな裏を知っているからそこは特に動揺していなかったのだが、スレ民はいたく動揺しているようだった。


 おかげさまで、いいから電話かけろ派が大優勢になってしまった。やばいなこれ墓穴を掘ってしまったかもしれない。もう時刻は夜11時になろうとしていたから、こんな時間に電話をかけるなんてとんだ不届きものだ。


 次に自分の身長体重を聞かれたから、高校時代のものを答えておいた。身長は一ミリも伸びていないが、体重は5キロほど太っていた。立派なデブである。見込みなきデブである。


 会話形式でどういうふうに話をつなげていくのか指南してくれる人も大勢いた。そんなの恐縮で仕方なかった。参考にしようにも、電話の相手は同じ大学の同級生だ。いや確かに高嶺の花だけど、それを言うなら僕にとって女性自体が高嶺の花だけど。


 にしてもやたらと熱いコメントが目立つな。まるで中野さんのようだった。世の中には、自分の人助けに共感した人がこんなにいるのだろう。そう思うと少し嬉しかった。内容は嘘なのだが。


 とここで、僕はふと我に返った。ようやく、スレ内の女性エルメスと現実の女性久保柳さんが乖離したのだ。ものをもらったらその日のうちに返信しなさいを家訓としてきた僕にとって、それは許しがたい行為だった。


 【ありがとうございました。大切に使わせていただきます】


 と久保柳さんにメールを打った。それをネット上のエルメスさんには電話をかけたけど不在だったことに偽った。今から手紙で……なんて言える状況ではなくなっていたのだ。まあいいや。もしも返信が返ってきたらその内容をここに書けばいいのだ。多くの人間が熱く熱く自分を迎えてくれていた。中には中野さんがまとめていたブログから来た人もいるかもしれない。


 にしても恐ろしい時代になったものだ。僕がそう思った矢先のことである。ブーっとメールが入った。久保柳さんからのありがとうメールだった。それの末尾にはこう書かれていた。


【(中略)宜しければ、一度お話しませんか?】

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