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現在③-20代女子の本音

「私、結構めんどくさいことに巻き込まれがちな人間なんです」


 泉はそう言ってオレンジジュースをぐびぐび飲んだ。はあああと息を吐くその姿は、まるでカシスオレンジを飲んでいると錯覚してしまうほどだった。


「社内のいざこざはうまく立ち回って逃げている印象だけどな。前も課長と部長が骨肉の喧嘩をしてた時に、すっと席を立ってお茶を飲んでただろ?」


「そりゃ私をはさんで口論するんですもん。しかも結構しょうもないことを。飛び火来てもめんどいですし」


「正しいムーブだな。だからこそそんなイメージはない……」


「そういうことじゃなくて、私生活ですよ私生活」


 お互いメニューを見ながら会話をしていた。奇妙に思われるかもしれないが、普段もパソコンから目を離さずに会話をする関係なので無問題だ。その普段が問題だ?知らんな。管理系部門の性というやつだ。


「私生活で面倒な人間に絡まれることなんてあるんだ。ミックスフライ定食で」


「そりゃそうでしょ。キャッチとかオンゲーのチャットとかインスタのコメントとかいろいろ。私はカキフライ定食にしようかな」


「ドリンクバーだけじゃないんだ」


「お腹すきますよ流石に」


「職場で夜は控えめにしてるって言ってたじゃん」


「最近テレビで見たんですけど、晩御飯って夜9時までに腹に入れるのであればなんでもいいらしいですよー。むしろ食べないと栄養失調で肌荒れとか起こすらしいですし」


 いや食べる量にもよると思うけどな。そう思いつつもぐっとこらえてピンポンと呼び鈴を鳴らした。


「……安藤主任って、そういうの本当に自分が率先してやりますよね」


 不意を突かれたが、すぐさまに店員さんが来たのでオーダーした。オーダーが終わってから、僕は答えた。


「部下に何でもやらす時代は終わったんだよ。そもそも君は部下じゃないし。同僚だし」


「まーでもうちの会社、部長も課長も係長もみんな取り皿別けさせたりしないですもんね。気づいたら自分からやっているし、私がやろうとしたら止められるし」


「ちょっとしたことでもセクハラパワハラって言われるから、気を使ってるんでしょ」


「わああ大企業っぽい回答」


 泉はさっと立って新たなジュースを取りに行ったようだ。そういや話があるってことでファミレスに呼ばれたのだが、何の話なのだろう。店内では子連れの人がたくさんいた。はしゃぎまわる幼稚園くらいの子供を抱きかかえ落ち着かせている親御さん達は、きっと僕と同じ年齢かそれ以下だろう。各々大変そうだがどこか楽しそうだ。羨ましいとは思わなかったが、貴いなあとは思った。自分ももう少し真っ当であれば、その輪に加われたのかもしれない。まあ、自分がもしまともだったらという問い事態が愚問なのだが。


 ふと気になったのでスマホを覗いた。既にコメントであふれている、かと思ったがそんなことはなかった。数件反論が来ただけだ。


 【売名乙】

 【証拠出せよ】

 【さっき作ったばっかのたまご垢で草。誰が信じるんだよ】


 返信として来ていたのはこのあたりか。まあそりゃそうだろとは思っていたが賛同してくれる人はゼロに等しかった。当然ではあるが、少し悲しくもある。やらりこの世界は言ったもの勝ちなのだろうか。


「ふっふっふ!!紅茶とオレンジジュース混ぜてオレンジティーを作ってやったぜ」


 泉はそう言いつつ席に戻ってきた。僕は本能的にスマホをポケットに隠した。リアルにいる人に自分の恥部を見せたくなかった。特に同僚の前ではなおさらだ。


「あー別にスマホ触りながら話聞いてもらってもいいんですよ?私そういうの気にしませんし、食事中に触れてても特に気にしない系女子です」


「それは流石にマナー違反じゃないか?」


「そうなんですか?周り結構やってるんで普通のことやと思ってました」


「いやわかんない。老害の意見かもしれないが」


「老害だなんて、安藤主任はまだそんな年でもないでしょ。自分を卑下するには若すぎですよ」


 そう言いつつ飲み物を口に含んだ泉は、それが飲み終わった瞬間に本題へと突入し始めた。


「あー言ってなかったっすけど、私結構フォロワー多めのアカウント動かしてるんですよ。数万人?くらい」


 初耳である。


「まあこれはまだ普通のことなんですけど、こんなにいると色々言われるんですよ。揚げ足を取ってきたりとかストーリーにあげた写真に文句を言ってきたりとか」


「え?個人で好きにあげている写真に文句を言ってきたの?」


「そうですよ。例えばこの前江ノ島に行ってきたんですけど、その時の写真とか乗せたんですよ。海岸線とか、駅前の様子とか。そしたら【写真のフラッシュによってトンビが狂暴化してしまう恐れがあります。そんなことも知らないで浮かれて写真を撮ってたんですか?もう少し社会常識を学んでください】って。知らねえよそんな常識!!!おめーの価値観を常識にすんなそして押し付けんなくそがと!!!そもそもフラッシュたいてねえし昼間だから!!!後フラッシュたいたらどうしてトンビが狂暴化すんだサファリパークじゃねえんだぞ!!!」


 泉が感情を高ぶらせている時に丁度料理が到着したので、店員さんは少し遠慮しがちに配膳した。ここからはご飯を食べながら泉の話を聞くことにした。


「まあそういうのはまだいいんですよ」


「いいのか」


 既に彼女の怒りゲージに圧倒されてしまったので、僕はあたふたとしていた。


「いやだって、まあ一応写真のことについて呟いてくれてるじゃないですか!!でも最近もっとひどい奴らが居まして、コメントに化粧品の広告のURL貼って誘導する奴らがいるんですよ。そいつらが一番あくどいですよ。人のコメントをタダで広告塔として使うなと」


 僕からしたら信じられない言葉の連続だった。目からうろこどころか本体まで落ちそうになった。


「そんな奴らも増えますし、あとこのことについて宣伝してくれませんか?みたいなステマを誘発させようとするお誘いDMもたくさん来ますよ。さっきもそれでめんどくさく絡まれてましてですね。あーここからが本題です」


 やたらと雑談が長かったが、本題はここかららしい。


「ネットで仲のいい人がいて、一緒にご飯食べよっかって言ってたんですよ。まあ声聞いたことあって女性であることはわかってたので、さっきカフェでお話してたんですよ。そしたら私らのやってるゲームの話はさっそうと切り上げて、このツイートをインスタグラムで拡散してくださいって懇願されちゃったんですよ。報酬はありますからって、いや報酬あったら余計ダメでしょと」


 そう言いつつ泉は慣れた手つきでスマホを操作して、当該のツイートを見せてきた。それは……今しがた話題の、偽電車男のツイートだった。


「電車男は私ですって、電車男ってなんだよまず。鉄オタか?それに最後にはお金押し付けてきて、お金渡したからやってください義務ですよ?契約を守ってくださいとか言われちゃって。申し訳ないですけど固辞したら、流石に諦めてくれたのか普通に他愛ないことを話し始めましたね。いやあ怖かったですよ。正直安藤主任に助けてほしかったくらい」


「まじか全く気が付いてなかった」


「Twitterの使い方教わってましたもんね。ちょくちょく声聞こえてきてましたよ」


 僕は少し恥ずかしくなったが、いやそれどころではないと頭を振った。まさかこんなところでもこのツイートを見ることになるとは……


「16年前っていうと、私は8歳ですね。いやあ覚えてないなあ。安藤主任は……?」


「丁度20歳だけど?」


「あ、じゃあ知ってるんじゃないですか?」


 知っているも何も本人である。書き込みを行った張本人を前にして滑稽な状況であるが、それは過去の自分が悪いのだ。そう思うことにしてわかりやすく解説することにした。


「まあ、なんていうの。女子と縁のないオタクが、勇気を出して女性を助けて、その女性と仲良くなるラブストーリー。みたいなのが流行ったんだよ昔」


「いいじゃないですか!?美女と野獣っぽくて」


 例えとして適格か不適格かわからなかったが突っ込まなかった。


「その話の肝は掲示板に書き込まれて話が進んだこと。だから実話なんだよ」


 実話じゃねえけどな。


「ほー恋空的なあれですか」


 確かに似ているな。あれは掲示板じゃなくて小説投稿サイトだったが。


「ってか恋空は知ってるんだ」


「ストーリーがえぐいって評判だったので。後ガッキーと春馬くん出てますし」


 若い子達のセンサーがわからないと、僕は痛切に思った。


「まあとにかくそういう最初の書き込みをした人が不明なままだったんだけど、今回名乗り出たからニュースになってるって感じ」


「でも何で今更出てきたんですかね」


 ぽつりと泉は呟いた。


「胡散臭い匂いがしますね」


「そ、そうか?」


「今出るメリットって、お金儲け以外考えられないんですよね。だって別にメディアミックスがあったわけでもないし、キリの良い周年でもない。それなのにこれまでのポリシーを覆して公表に踏み切るって、これからこのコンテンツをつかってIPの掘り起こしを行うくらいしか思いつかないです。過去に流行った〇〇の再映画化!!みたいなの」


 そう言って泉は徐にスマホを取り出した。


「安藤主任くらいの世代はわかんないですけど、私らくらいの世代はメディアの流行に結構懐疑的ですからね。騙されることも多いし、嘘を言うことも多いってネットで知ってるんで。まあネットも嘘だらけですけど」


「な、なるほど……」


「あと変な絡まれ方したから個人的に嫌な目に遭ってほしい。今日結構楽しみだったんですよ!!オンゲーで仲良くなった人とあることないこと話したいと思って秋葉原まで来たのに!!!」


 私怨が入っていたが、僕は少しだけ嬉しかった。先程何度かコンタクトをとれないかDMを送ったり、よくわからない自分アピールをかましたりしてはみたものの、やはり反応は良くなかった。少し折れかけていた心が、立ち直っていく気がしたのだった。


「まあそういうわけで、今日は悲しかったですというのをお伝えしたかったです。まる!」


「はいはいお疲れ様」


 そう言って2人、ファミレスでご飯を食べた後に帰路についたのだった。っと、ここで終わるのであれば、いつもの平和な日常……でもないけれども。でも一件落着明日から頑張ろうで話が閉じてしまう。むしろここからが本題だ。


 自宅についたと同時にTwitterの通知音が鳴り響いた。僕はドキッとした。遂に電車男を名乗る人物から連絡が来たのだろうか。それともまた、嘘つきがいきがるな黙れ死ねと暴言を吐かれてしまうのであろうか。


 どうやら届いていたのはDMだった。しかしあて先はかの電車男ではなかった。名前は……すぷりんと書いてあった。アイコンが加工マシマシの女性の顔で、ちょっと開くのが怖くなった。変な水商売のアカウントから絡まれたのだろうか。そんな初めて迷惑メールが届いたときのような心配をしてしまった。


 DMにはこう書いてあった。


 【初めまして!!すぷりんと申します!!

  早速なんですけれども、貴方様の一連のツイートを見て連絡を取らせていただきました。

  詳しくお話をお聞きしたいんですけれども、宜しいでしょうか?

  今回の電車男の問題、もしかしたらとてもまずいことになっているんじゃないかなって思いまして……

  宜しければ真実を拡散するお手伝いをしたく思っています!!

  よろしくお願いいたします!!】


 ……なんだこれは??急な申し出に思考停止をした僕は、即座に北田と鈴木に連絡を取ったのだった。


 

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