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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

津未梨男の地獄改善計画

 生まれてこの方、一度足りとも罪というものを犯したことのない清廉潔白な男。それが津未梨男つみなしお、18歳だ。


 梨男はエロい妄想などしたこともないし、拾ったお金は1円玉だろうと交番に届けた。もちろん嘘だってついたことはない。憎き蚊ですら殺したことはない。


 こんな男が、権謀術数に長けないと幸せになれないと言われる高校生活を無事に乗り切ることができたのは奇跡。しかし高校生活を乗り切ったものの、大学進学直前の春休みに、不幸にも危険運転スピード100キロオーバーの車に跳ねられて命を落としてしまう……。



 気づいた時には閻魔大王による裁きの場にいた。



「津未梨男。貴様は現世においてどのような罪を犯したか言え」



 閻魔大王はやはり噂通りの威厳のあるお姿であった。だが梨男には心辺りがないので言えない。



「すいません。罪をおかした記憶がないのですが……」


「やれ」


 

 閻魔大王の指示とともに、屈強な鬼たちが梨男の舌をペンチで引っ張った。



「うぎぎぎぎっぎぎっぎ!」



 舌が1メートルは伸びるが、ペンチから解放されるとあっという間に元に戻ってしまう。



「私の目を欺けると思ったか愚か者。貴様は、親を悲しませるという罪をおかした。子の早死は罪である」



 ツッコミどころ満載の閻魔ルールである。



──いやそれ現世の罪じゃねえし。俺のせいじゃねぇし。何言ってんだ、この野郎。



 だが正論だろうと暴言を吐くことを良しとしない梨男は、堪えた。




「なんぞ不満でもあるか?」


「いや……ありません」


「やれ」


 

 再び筋肉ムキムキな鬼達にペンチで舌を引っ張られる。



「うぎぎぎぎぎぎっ!」



──なんでやねんっ!



「不満そうな顔した嘘をつきめ!さらに罪を重ねたぞ。地獄行きは確定だな」



 閻魔大王は嘘を憎んでおられる。となると梨男も嘘をつくわけにはいかない。



「ざけてんじゃねえぞ爺!因縁つけてんな。俺は天国だろ普通!お前こそ地獄でも行ってろ!」


「ほっほっほ。正直に良く言った。では目上の者に暴言を吐くという罪を重ねた貴様は、もっとも恐ろしい地獄へ行くがいい」


「てめぇ、そのしゃくを貸しやがれ!引っ叩いてやる!」




 鬼に金棒で殴られ、気づけば梨男の体は宙を舞う。そして地獄の底へと落ちていく。



◆◆◆◆◆



 閻魔大王のいた裁判所は、はるか雲の上。



「いてぇぇぇぇ!」



 固い地面に叩きつけられた梨男の体は砕け散るも、風が拭くと元に戻ってしまう。



「嘘だろ……。嫌な再生能力だな〜」



 噂に聞いた永遠の拷問が始まろうとしている。だが他の罪人達と梨男に違いがある。他の連中は皆、ふんどし一丁のほぼ全裸なのだが、梨男だけ洋服を着たままだった。これは生前に罪を犯さなかった梨男にのみ許された特権なのである。



「いや、だったら天国行きにしてくれよ」


 とツッコミ入れたところで、どうしようもない。


 遠くに罪人達の行列が見える。地獄の鬼達に急き立てられながら、罪人達はうつむきながら処刑台に向かって行進する。そこに辿り着くと、鬼たちの金棒で滅多打ちにされ、その砕かれた肉体はゴミ箱に移される。



 地獄の底。ここは本当に酷いところであった。罪を犯した人間達が、煮られ焼かれ切られ、もうホラー映画も真っ青なスプラッターワールド。



「えげつないなぁ」



 さっそく鬼が近づいてきて梨男の背中を金棒でつつく。



「新入りだな。さっさと向こうに並べ」


「俺?やだよ」



 すぐさま飛んできたフルスイングの金棒をかわし、慌てて行列最後尾に並んだ。



 罪人達はどれも人相が悪い。学校ならば先生に注意されても平気で私語しまくるタイプ。だがここでは一様に押し黙っている……と思っていたが、根が悪人達なので、前にいる罪人にカンチョーする罪人がいた。



「なっ……やめてくださいよ〜代官様」


「ぶははっ。ボーッと前を見ているお前が悪いんだよ、越後屋」



 ところがイタズラ好きの罪人は、すぐに鬼達に見つかり即刻金棒で四方八方から殴られミンチにされてしまうのだ。



「オラァッ!そんなにカンチョーが好きならケツ金棒10万発だぁ」


「ぐぎゃああああああああああああ……」



 そして行列は赤色の液体と化した罪人を踏みつけて、進み続ける。



──な……なるほど。悪そうな奴らが随分と大人しく従ってると思ったら、鬼たちが圧倒的な暴力で抑え込んでるわけか。ていうか江戸時代からアイツらここにいんの?悲惨だな。




 梨男が刑罰を受ける番になり、ベルトに縛られ処刑台の上に寝かさる。



──うわぁ。きついなこれ!



「なんだこの罪人は。服を着ているぞ」


「まあいい。早く潰すぞ」



 鬼たちは金棒を振り上げ、一斉に殴りかかるが梨男はビクともしない。現世での善行の積み重ねのお陰である。



──なにこれ。羽毛で殴ってるのか?全く痛くないな。



 一時間も殴り続け疲れ果てた鬼たち。ついに大の字になって倒れてこむ。



「はぁ……はぁ……。1万回は殴り倒したはずなのに」


「も……もう昼休み過ぎてるぞ」



 梨男がちょっと力を入れると体を縛っていたベルトが簡単に切れてしまう。



「なんじゃこれ。弱っ」



 地獄が休憩時間に入ったのを見計らって起き上がる。



「ほらみろ君たち。やっぱりあんな判決は間違いなんだよ。もういいよね?俺」


「ぜぇ、ぜぇ……。勝手にしろ。どこへでも行っちまえ!」



 疲れ果てた鬼たちを尻目、行く宛もなく歩きだす梨男。とりあえず地獄を散歩してまわった。




「あっちは釜茹地獄。こっちはケツから串刺しにされて火炙り地獄と。よくこんな狂った刑罰を考えたもんだな」



 火炙り地獄の罪人の一人が気になった。口から鉄棒を出し、業火に焼かれているオッサンの顔に見覚えがある。



「俺を轢き殺した運転手じゃねーか!」



 梨男を跳ねた車は後にパトカーに追われ、電信柱に激突し運転手は死んだのであった。



「良かった。ちゃんと裁判は機能してるようだな」



 ただし梨男が地獄にいることを除けば……だが。


 傍を通りかかった鬼達が梨男に注意する。



「お前、どこに座ってんだ。そこは罪人を焼く鉄板の上だぞ。邪魔だ邪魔だ」


「え?ベンチじゃないんだこれ。すんませーん」



 梨男は立ち上がり、作業の邪魔しちゃいけないと、そそくさと立ち去る。



「なんだあの男。おい、ちゃんと火は入ってるのか!」


「へい。確かに火はついてますが」


 

 温度を確かめるべく鉄板に指をつけてみた鬼の上司。



「あっっつ!激アツじゃねぇか。アイツ、なんでここに座ってたんだよ」


「せ……先輩、あれって噂の天国野郎じゃねーですか?」


「なにっ!」



 鬼の上司の額から汗が垂れ落ちる。

 


「そ……そうか。1万年ぶりに不当判決があったのか。困るなぁ、地獄に善人を落としちゃー。めちゃくちゃなことになるぞ」



 簡単に言えば梨男は地獄では無敵なのである。いかなるダメージも受けない。──落下した時にダメージ受けたのは何かの間違い──。



 こうなると地獄の鬼たちの見る目も変わる。何しろ梨男には絶対に敵わない。何やっても返り討ち。否応なしに梨男をリスペクトせざるを得ないのだ。


 結果、1週間もしない内に梨男が地獄のボスとなってしまう。



「コンチワァァァァッス!」


「梨男先輩、おはようございまぁぁぁぁっす!今日は血の池地獄になんの御用でございましょうか」



 鬼たちは梨男とすれ違う度に、喉がちぎれんばかりに叫んで深々とお辞儀。対応の変化に戸惑っていたが、徐々に慣れてしまう。



「針山部門の青鬼チーフ。ちょっと聞きたいんだけど」


「あ!はいっ。なんでしょうか梨男さん」


「地獄の出口ってどこ。自分もそろそろ裁判所に戻りたいんですが」


「す……すいません。私、担当者じゃないもので。いま釜茹で部門の奴に連絡いかせます」



 地獄のボスとなってしまった梨男でも、閻魔大王との謁見は叶わないようだ。やることもないので、時々は地獄の鬼たちの仕事ぶりを監督することにした。



「あー、そこそこ。釜の熱が下がってるよ。それじゃ芸人さんが浸かる温度」


「すいません。ほら、もっと薪をくべろ」



 下っ端の鬼が薪をくべると、一気に釜の底は業火となり煮られている50人の罪人達が絶叫。



「ぎゃあああああああああああああっ!」


「ああ、蓋から蒸気がもれてる。ちゃんと閉めないと」


「す……すいません!馬鹿野郎しっかり閉めとけ」


「ぐえええええええええっ!」



 見ようによっては既に善人ではないのだが、梨男としては純粋なる善意、もしくは向上心により提言している。よって地獄ルールで悪人とカウントされないのだ。



──罪人達もあと20億回は煮込まれないと課程修了にならないんだから、回転が早い方がいいだろう。


 

 梨男による地獄の効率化計画は止まらない。



「そもそも大鋸の切れ味悪すぎでしょ。錆びついてるのばっかりです。本当に砥いでますか?鋸担当の大鬼さん」


「さ……錆びついてる方が痛みが強く、罪人達が反省しやすいという意見がありまして……」


「皆さんの作業時間が長くなりますし、腱鞘炎になってる鬼もいるというじゃないですか。地獄は回転が命なんですから、もっと研ぐ方にも意識を高めていきましょう」


「はっ!」



 梨男による改善計画で地獄の効率は著しくアップした。その噂は閻魔大王の耳にも届く。



「どしたの最近。異常に罪人処理の効率が上がってようだが……」


「それが閻魔大王様。津未梨男という男が、鬼たちを指揮して大幅に地獄労働の改善を成し遂げてるようです」


「津未梨男?誰だそれ。そんな鬼いたか?」


「こないだの。大王様が酔っ払ってる時に判決をくだした……」


「あ!」



 閻魔大王は頭を抱えた。これは善人を地獄に落としてしまったようだ。あってはならないミスである。



「くっ。マズイ。これは全てを無かったことにするしかあるまい」


「だ……大王様、まさか、それは禁じ手では……」


「えーい!大王パワー!地上の時間よ、もーどれ!」




◆◆◆◆◆



 全ては無かったことになった。時は巻き戻り、梨男も車に跳ねられてない。無事に大学に進学し、友人と雑談を楽しんでいる。



「あの時は驚いたんだ。目の前を猛スピードで車が走り去って、そのまま田んぼに転落。あぶなかったなー。もうちょっとで大学なんて来れなかったよ」


「そうか。ところで津未くん、次の授業の代筆を頼みたいんだが」


「断る。不正は良くない」


「なんだよ〜ケチだなぁ〜」




 津未梨男の実直人生は続くのであった……。

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