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第90話 「有り得ない……」と先輩は脱力した

~前回までのあらすじ~

先輩、運の悪さに驚く

先輩、頑張って戦う

当主、力を見せる


「お怪我は?」

「怪我? あると思うか?」

「……要らぬ心配でしたね」


 日高は、自分が仕える主を気遣いつつ、周囲を警戒した。幻獣型妖魔の顕現があったからこその行動だ。


(とりあえずは終わった? 妖魔の大量発生自体は稀にあることだけど、そんな中で一級の幻獣型まで出て来るなんて、どうも不思議……いえ、不自然ね)


 今回のケースを偶然という言葉で済ませることは短絡的で、異変が起きている可能性を考えなければならない。思考を巡らせていた琴音の背後から、よく知った男性の叫び声が聞こえた。


「え? 日高さん!?」


 振り返った琴音が日高の姿を探すと、何故か彼は離れたビルの壁面に叩きつけられ、磔のようになり、動けなくなっていた。


「嘘!?」


 驚きのあまり、琴音は辺りに良く響くほどの大きな声を出した。


 琴音が大声を出すに至った理由は二つあった。一つは、実力者である日高が何者かの攻撃によって一撃でのされたため。もう一つは、通常では有り得ない光景を目にしたためだった。


「何よ、この数は」


 琴音たちの前に再び現れた大量の妖魔たち。その数は十を超える。そこには、東洋龍の姿をしたモノや九本の尾を持つ狐の姿をしたモノ、三本足の烏の姿をしたモノなどがいる。いずれもが幻獣型に分類される妖魔で、それらは全て邪悪に満ちた強力で凶悪な妖力を放っている。


「こんなこと、有り得ない……」


 一級の妖魔が一度に大量に出現したという事例を、琴音は見聞きしたことがない。


 妖力の波に圧倒され、琴音は身体中の力が抜けてしまった。どうにか膝をつかずに立っているのがやっとという状態だ。自分より遥かに実力のある壮弦であっても、十体以上の一級の妖魔を相手取ることは不可能に近い。琴音が全力で彼のサポートに徹したとしても、それが覆ることは無いだろう。


「何がどうなっている!!」


 たまらず壮弦が叫んだ。和泉家の当主として数々の修羅場を潜り抜けて来た彼ですら、この状況は受け入れられないらしい。


(お父様のような強者ですら感じている。この状況がいかに危険であるかということを)


 一対一なら壮弦が一級妖魔に敗北する可能性は限りなく低い。だがその壮弦の全力を以てしても、打破は困難だ。魔討隊の隊長たちであっても、そこに大差は無い。仮に、日高が健在で琴音も交えた連携を取っても、状況はひっくり返らないだろう。


 数の暴力による圧倒的な戦力差に、壮弦の表情は険しさを増し、ギリギリと歯を食いしばっている。


「ふざけるなよ、妖魔どもがっ!!」


 当主としてのプライドからか、再び刀を抜いて構える壮弦。現実を否定するために放ったようにも聞こえる叫び。この叫びが、脱力していた琴音に喝を入れることになった。


(違う。諦めてはダメ。何としても生き残る。志藤君は私のために頑張ってくれてる。最後の最後まで、絶対に諦めない。彼に申し訳ないもの)


 琴音は意識を眼前の敵にのみ集中させ、少しでも勝率を、生存率を上げるための手段を模索した。







 日高が倒れ、琴音と壮弦が大量の一級妖魔と対峙していた頃、魔討隊との戦闘を繰り広げていた怜士のいる地点でも異変が起きていた。


「何これ?」


 魔討隊の隊長たちを討ち払い、戦闘に決着をつけようとしていたところ、怜士たちを取り囲むように妖魔の大群が出現したのだ。怜士を含め、魔討隊の面々もこの状況には面食らっているようだ。


「はあ!? 幻獣型かよ!? 何でこんな時に!!」

「妖魔も大概だな!! ガッハッハ!!」

「何を暢気な……」

「うわあ~、たくさんいる!! どうしよ、お姉ちゃん?」

「……慌てないで、エイミー。これだけの隊長格がいるのだから、対処は必ずできる」


 約一名は意に介していないようだが、いずれの魔討隊の人間も焦りや動揺といった感情を溢れさせている。


(あの焦り方、マジで不測の事態ってことか。“幻獣型”っていうのも気になる。まあ、あの感じを見ると、これまでのヤツと違うのは確かか)


 幻獣型というのは、怜士が初めて聞くワードだった。しかし、それが特殊な個体を指すことはすぐに理解できた。魔討隊の人間の様子を見れば、一目瞭然だ。魔討隊でも歓迎しないような妖魔が二十体以上も現れてしまったこの場面。怜士は仮面を深く被り直すと、新たな敵への警戒を強めた。


「まあ、やることは変わらん!! まとめて全部、吹き飛ばせばいいだけだっ!!」


 殺伐とした雰囲気を吹き飛ばすかのように、一ノ瀬が動いた。猪突猛進型でこの上なく戦いを好む隊長は、高位の妖魔が複数出現しようとも関係ないらしい。要は、戦いを楽しめればいいということなのだ。


「ふん!!」

「っと!!」


 一ノ瀬の狙いは変わらず、仮面の男ただ一人だ。力任せの一撃を繰り出す。威力は絶大だが、大振りの一ノ瀬の攻撃の回避は、怜士にとって容易い。


「なっ!?」


 攻撃を躱した怜士だったが、ここで思いもよらぬ一撃をもらう。新たな敵が背後から音も無く近付いて来ていたのだ。馬の頭に人身の身体を持つ怪物、“馬頭”の姿をした妖魔の剛腕。完全に油断していた怜士は、勢いよく吹き飛ばされた。


「へえ、チャンスじゃねえか」


 仮面の男が妖魔に攻撃を加えられて吹き飛ばされた光景を見た草薙は、ニタリと卑しい笑みを浮かべた。そして、次の瞬間には全力で駆け出していた。無論、態勢を立て直そうとする仮面の男を追撃するためにだ。


「何してんのさ!!」


 草薙の副官である花岡が叫んだ。幻獣型の妖魔に目もくれず、仮面の男に向かっていく自隊の隊長の行動が許容できなったらしい。


「これだけの妖魔がいるのに! あの馬鹿!!」


 花岡は妖魔を捌きつつ、小さくなっていく草薙の背中を睨んだ。魔討隊の目的は仮面の男の捕縛で、今回の作戦の根幹である。しかし、幻獣型が大量に出現したこの状況では、その優先順位を落とさざるを得ない。


(あの人たちはっ!!)


 ケイトも、幻獣型妖魔の対応を優先としたらしい。それだけに、勝手に行動する他隊の隊長の振る舞いが許せない。その証拠に、彼女は小さく舌打ちをした。


「お姉ちゃん!」

「エイミー! 私たちは妖魔を!」


 奔放な性格で戦いを好むエイミーであっても、このような状況下では勝手はしないようで、姉に指示を求めた。ケイトの言葉を吞み込むと、エイミーは全力で妖魔に攻撃を仕掛ける。


「花岡副隊長! 宮島副隊長!」


 呼ばれた二人は早見姉妹に協力的で、小さく頷くとすぐにエイミーの援護に移った。


「ここにいるのは全てが一級の妖魔! エイミーを攻撃の軸にします!! 私たち副隊長と動ける上位隊士は彼女の支援を! 他は陣形を組んで防御と回復に努めて!!」


 隊士たちはケイトの指示通りに行動を開始した。多くの隊士は、幻獣型が複数体同時に現れたことに動揺していたが、ケイトの覇気のある声が響いたことで冷静さを取り戻したらしい。


「羽島君! 本部への支援要請をお願い!!」

「もうやってます!!」

「流石ね。ありがとう!!」


 臨機応変に行動できる部下の存在に感謝しながら、ケイトは霊術を撃ち続け、妖魔らの牽制に努める。


(今の私にできることは限られてるけど、エイミーたちと協力して、何としてもこの場を切り抜ける!!)




 次々に襲い来る魔討隊の隊長や妖魔の攻撃をいなしながら、怜士は広範囲の索敵を行った。


(不味いな。ここだけじゃなくて、他の場所にも妖魔がわんさか出てる。それとは反対に、和泉先輩の霊力がどんどん小さくなってる。間違いなく、消耗してる)


 禍々しい妖力は至る所から感じられる一方、琴音の霊力は徐々に捉え辛くなっている。戦闘で消耗している証拠だ。このままでは確実に琴音は命を散らすことになる。そんな未来を予期した怜士は奥歯を強く噛んだ。


(こっちじゃ使わない方が良いと思ってたけど、そんなことを言ってる場合じゃない。アレ、やるか)


 意を決した怜士はゆっくりと動きを止め、神経を集中させ始めた。


「……これ以上、長引かせられない」

「だったらどうするよ? お前が大人しくやられりゃ、それで終わるぜ? 妖魔どもはその後でじっくり祓ってやるよ!!」


 怜士が呟いた一言を草薙が拾った。やはり、彼の中では妖魔は二の次らしい。


「その必要は無いかな」

「あ? 何をナメたこと、を――!?」


 大きく息を吸い込むと、怜士は内に秘めたる魔力の錬成に取り掛かった。低位の妖魔を倒した時や琴音にレクチャーした時とは、段違いのレベルで行われる魔力錬成。


 溢れ出す強大で濃密な怜士の魔力を至近距離で浴びた草薙は、次の句を発する前に膝をついた。


「ぐっ!?」

「どうした!? 草薙!!」


 血気盛んな若者が、急に動かなくなったことを疑問に思った一ノ瀬が近付くが、彼も動きを止め、肩で大きく呼吸し始めた。


「な、何だ!? 何が、起きている!?」


 タフさが取り柄の一つである一ノ瀬が大声で叫ぶが、数分前までの快活さや豪胆さが感じられない。


「時間も限られてるから、一気に行く」


 一際大きな怜士の魔力の奔流が辺り一帯を包み込んだ瞬間、妖魔はすべて跡形も無く消え去り、百人近くもいた魔討隊の人間は隊長格含め、すべて意識を失い、その場で倒れ込んでいた。


 突如として静寂に包まれたその場に、仮面の男の姿は無かった。


いつもご覧いただきありがとうございます!

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