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第7話 「これからのことが楽しみで」と元聖女は笑みを漏らした

~前回までのあらすじ~

異世界での二年は現代では数時間程度だった!

元勇者、母親に真実を説明する。

元勇者、魔法を使って証明する。

母親「水道代とか光熱費とか浮くじゃん、ヤホーイ!」

「シルヴィアが気負うことは無い。結果的に俺はもう一度、こっちで元の生活を送れる。それで十分だよ」


 シルヴィアは責任を感じ易い性格の人間であることを知っているので、怜士は彼女に非が無いということを強調した。


 異世界召喚の責任を感じていると予想し、少しでも、罪悪感を拭ってやりたいというのが怜士の想いだ。


「シルヴィアは優しいから。でも、心配しなくていいよ。俺は大丈夫。寧ろ、俺の方がシルヴィアのこと心配だよ。やっぱり、シルヴィアには笑っていて欲しいな」


 「心配するな」、「大丈夫だ」という言葉はありきたりで、誰が言おうとも表面的な意味しか持たないかもしれない。だが、ここでは怜士の言葉であることに大きな意味があった。


「ありがとうございます。レイジ様……」

「でもさ、シルヴィアの推測の一つが合っていたとすれば、それこそ大変だぞ? 時間の進み方が違えば、もしも向こうに戻る方法が見つかっても、戻った時には何十年もの時間が過ぎてるかもしれないんだ」


 もしもシルヴィアが向こうの世界へ帰りたくなった場合、大きな問題が生じる可能性が十分にある。


「大丈夫ですよ、レイジ様。私は、私の意志でこちらに来ました。その行いに、一切の後悔はありませんし、覚悟していたことです」


 シルヴィアの真剣な表情を見れば、彼女の気持ちが確かなものであることはすぐに分かった。同時に、怜士は自身の推測も間違っていなかったことを感じた。


(やっぱりそうか。ああ、どうしようか)


 全てを捨ててまでこちら側に来てしまったシルヴィア。その想いは本物で、矛先は自分に向いている。それを理解したからこそ、怜士は自分とシルヴィアが置かれている状況とその意味を一層強く意識した。


「分かったよ。それじゃあさ、今からはシルヴィアのことを考えよう!」


 怜士は視線をシルヴィアに向けた。笑顔の怜士に見つめられたシルヴィアの顔は赤い。その様子を真奈美は見逃していない。


「そうねぇ。アンタ、この子をどうするのよ?」


 真奈美も同じように考えていたらしい。異世界人のシルヴィアの現代日本での身の振り方を考えることは避けては通れないことだった。


「その、母さん。俺が頼めたものじゃないけど、良ければウチで面倒見れないかな」


 シルヴィアが現代日本で生活するには、誰かの援助が必須だった。怜士はこの世界では勇者ではなく、ただの高校生だ。縋るのは親しかない。家に入る前から悩んではいたが、この手段以外は考えられなかった。


「いいわよ」

「うん、やっぱり難しいよね……。って、即答!? いいの!?」

「うるさいわね。いいって言ったでしょ」


 教科書通りのノリツッコミを見せる息子を蔑むような目で真奈美は見ている。


「シルヴィアちゃんがこっちに来たのは、どう考えてもアンタの責任でしょ! アンタが責任取りなさい!!」

「俺の責任! うう、返す言葉もございません……」

「このヘボ勇者がっ!! シルヴィアちゃん、この馬鹿息子には責任取らせるから、好きなだけウチにいなさい」

「ええっ!? よ、よろしいのですか!? ご迷惑では?」


 流石のシルヴィアも、真奈美の即断即決に驚きを隠せない。珍しく狼狽えている。


「母さんがいいって言ってるんだ。遠慮しなくていいよ、シルヴィア」


 見かねた怜士がクスクスと笑いながら助け舟を出した。彼はシルヴィアの性格所上、遠慮することを見抜いていた。


(何故か俺にはその遠慮や謙虚さは無いんだけど……)


 怜士の一言が決め手となり、シルヴィアは真奈美の厚意に甘えることにしたようだ。


「ええと、その……では、宜しくお願い致します」

「そうそう、子どもは遠慮したら駄目よ」

「母さん、シルヴィアは王女様だけど……」

「ここは日本よ。異世界じゃないわ。そんなものは関係無いわ」


 痛いところを突かれ、怜士もシルヴィアもこれ以上は何も言えなくなった。


 真奈美は、そんな二人を他所に立ち上がり、席を外した。すると、すぐに戻って来た。その手には財布が握られている。


「怜士、夕飯の用意が半分もできてないの。今からこれでお弁当を買ってきて」


 真奈美は財布から五千円札を取り出すと、怜士にそれを手渡した。怜士の異世界での話が長時間に及んだため、夕食の準備は途中で、そのまま放置されていた。また、シルヴィアの分の夕職の用意も無いため、仕方ないだろう。


「折角、シルヴィアちゃんが来たんだから、豪勢なのを買って来てね。コンビニじゃ駄目よ。商店街の『三河屋(みかわや)』さん、あそこのお弁当にして。あっ、一応、オマケで怜士の二年振りの帰還のお祝いも兼ねてるから」

「えっ? 何で俺、オマケ扱いなの!?」


 怜士は「俺の帰還をまず喜んでくれよ!」という文句をぼやきながら、五千円札を握りしめて三河屋に走った。


 シルヴィアはその様子を苦笑しつつも見守っていた。


「それはそうと、シルヴィアちゃん!」

「は、はい! 何でしょうか?」


 親子漫才を止め、突如、真剣な面持ちで真奈美はシルヴィアに話し掛けた。シルヴィアもそれを察し、ピンと背筋を伸ばした。


「怜士のどこが好きなの?」

「え、ええええええっ!?」


 ニヤニヤと笑いながら尋ねてくる真奈美に、王女らしい気品も吹き飛ばしてシルヴィアは盛大に叫んだ。


「ななな、何故、それを!?」


 シルヴィアは初対面の人間に、怜士に対する好意を見抜かれ、パニックに陥っている。どの場面でそれが見抜かれたか、全く見当がつかないようだ。


「見ていればすぐに分かるわ。私だって、四十を過ぎても一人の女だもの。それに、あの子がどうしようもなく好きだから、何もかも投げ出して無茶してここまで来たんでしょう? まあ、まだ想いは告げてなさそうだけど……。それで、怜士のどこに惚れたの?」


 シルヴィアは顔を真っ赤にして俯いている。湯気が出そうな勢いに、真奈美も思わず笑っている。女としての興味が四、からかいが六といったところだ。


「その、あの……私を王女や聖女という立場でなく、シルヴィア・グランリオン・マルテールという一人の人間として見て、分け隔てなく接して下さるところです。いつも私のことを心配してくれて、上辺じゃなく、心の底から。自分のことなどは放っておいて、いつも仲間のことを気に掛けるレイジ様の優しさは尊敬できますし、私の大好きな所です! 普段は冗談ばかり言って、非常識な力で私たちを困らせることもよくありますが、いざという時はとても頼りになって、どんな時でも諦めることは無く、いつも『仕方ないな』と仰って解決してしまうのです。その姿はまさに勇者といった感じで本当に恰好が良くて、男らしくて、胸がときめくほどに熱い想いを感じます! そうです、レイジ様のことを好きにならないはずがありません! それに、国民の生活を少しでも豊かにするためにと、知り得る限りのこちらの世界の知識を授けてくださりました。学問や農業、工業の革新はレイジ様がいなければ成立しませんでした。魔王の討伐は勿論、グランリオンの発展すらも無かったのです。皆さんにレイジ様が認められると、私自身のことのように嬉しくて、常にお傍にいたい、尽くして差し上げたいという感情が沸き上がりました。王女としてあるまじき身勝手な想いですが、私はレイジ様を私だけの勇者として――」

「う、う~ん、分かったわ、シルヴィアちゃん。シルヴィアちゃんがどれだけ怜士を好きかっていうこと。私も母親として誇らしーわー」


 異世界である日本でタガが外れ、上気した顔で嬉々として話し続けるシルヴィアを、真奈美は強制的に止めた。


 最初は息子の恋路故に興味があり、楽しく聴いていたが、次第に真奈美の顔の筋肉は引き攣り、妙な汗まで流れ始めたのだ。シルヴィアの女の子としての気持ちは痛いほどによく理解できたが、同時に脳内に警鐘が鳴った。


(……怜士。アンタ、本気で責任取りなさいよ。アンタの罪は深く、大き過ぎる……)




「ウウウ……! 何か、寒気が……」


 豪華な特製弁当を購入し、帰路についている怜士は、身震いしていた。




 二年振りの日本の食事。異世界での食事も満足のいくものだったが、生粋の日本人の怜士にとって、和食は心と腹を満たすものだった。


 シルヴィアも初めての和食に衝撃を受け、容易く一人前を平らげた。


「じゃあ、シルヴィアちゃんの部屋の準備、してくるわね」


 二人が満足げにしていると、真奈美が席を立った。


 シルヴィアを住まわせるためには部屋が必要だ。幸い、志藤家には空き部屋があり、簡単な掃除と荷物の整理をすればすぐに使用可能となる。


「明日以降は、シルヴィアの身の回りのモノを揃えて、一緒に日本やこの世界の勉強だな」

「あの、すみません。ご迷惑をお掛けしてしまって……」


 怜士の一言に申し訳なさそうにするシルヴィア。勿論、怜士は迷惑などと欠片も思っていない。


「迷惑って、そうじゃないよ。それより、あの時とは逆だね」

「逆、ですか?」


 シルヴィアは不思議そうな表情をして怜士の顔を覗き込んだ。


「うん、俺が初めて召喚されてから、剣術や魔法の稽古、歴史や常識の勉強とか数えきれないほど、いろんなことがあって、いつもシルヴィアを怒らせていたな」

「ええ、そう言えばそうでしたね」


 シルヴィアは、マイペースな怜士にいつも調子を狂わされていた。二年も前の出来事だが、つい最近のようにも思える。


「戸惑うことの方が多いと思うけど、少しずつ、色んなことを覚えていけばいい。その中で、こっちでシルヴィアのやりたいことが見つかるいいな」


「その、こちらでどうしても果たしたい“目的”は既にあります!!」

「それはもしかして……」


 怜士の「目的」という言葉にシルヴィアは大きな声で反応して答えた。


「そ、それは、その、レ、レイジ様と、その、い、一緒に……」


 シルヴィアはモゾモゾしているばかりでそれ以上は答えられない。怜士を前にすると、緊張が邪魔をするようだ。


「怜士!! 準備できたから、シルヴィアちゃんを連れて来て!アンタの隣の空き部屋よ~!!」


 その時、真奈美の声がした。シルヴィアの部屋の準備ができたようで、怜士は彼女を案内するように頼まれた。


「……分かったよ!」


怜士は立ち上がり、シルヴィアの手を取った。シルヴィアも今日からこの家の暮らすことになるのだ。早く間取りや生活器具の扱いを覚えねばなるまい。


「よし、行こう」

「は、はい」

「ねえ、シルヴィア」

「はい、何でしょうか」

「さっき言おうとしていたことだけど――」

「そ、それは、あの、その! またの機会にします! 今は、色々と慌ただしいので!」


 恥ずかしさが込み上げてきたのか、シルヴィアの顔は再び真っ赤に染まった。


「うん、分かった。それに、俺も伝えたいことがあるんだ。その時に聞いてくれる?」


 少し照れくさそうに話す怜士に、シルヴィアは驚いたようだ。彼のそんな表情は初めて見たからだ。


 時間はいくらでもある。これから先、少しずつ告白のタイミングを見極めればいい。焦る必要も無い。無責任かもしれないが、シルヴィアはこの世界にいる以上、王女や聖女としての責務も重圧も無い。彼女は自由に、一人の女として行動できるのだ。


「ふふふ」

「何? シルヴィア」

「いえ、これからのこちらでの生活が楽しみで」


 思わず笑いが漏れたシルヴィアに怜士が問い掛けた。そして、彼はその笑みをすぐそばで見られることに幸福を感じた。


なかなか話が進まず……。

怜士君が持ち越した勇者の力の発揮までもう少しです。


※2019/11/4 部分的に修正をしました。

※2021/9/17 部分的に修正をしました。

※2022/2/16 部分的に修正をしました。

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