第86話 「吹き飛べ、吹き飛べ、吹き飛べえええ!!」と副隊長はヒスった
~前回までのあらすじ~
元勇者、総攻撃を受ける
元勇者、反撃する
副隊長、冷や汗タラリ
(まずは数を減らす)
敵対する退魔師の数が多すぎると判断した怜士は、立て続けに攻撃を仕掛け、相手の戦力を削いでいく。
「あー、それ以上は困りますね」
「おっと!?」
ここで副隊長の一人である宮島の妨害が入った。魔討隊にとって、流石にこれ以上の被害は看過できないらしい。背後からの強襲だったが、怜士はそれを防いだ。
「宮島副隊長ォ! 俺らもやるぜ!!」
宮島の横に別の隊士が二人。戸塚功矢と浅見新。彼らも怜士と交戦経験のある人物だ。そのためか、異様に闘志が溢れている。
(ああ、この二人も前に戦ってるな。で、真ん中の人は副隊長か。早めに倒した方が良さそう――)
少しでも実力のある人物を早めに叩き、この場を切り抜けようと考えていたところで、怜士に不意打ち紛いの攻撃が入る。
「またか」
「これも防いじゃうのか。いやあ~、驚いた」
一対多数の戦闘を始めた段階で、怜士は全方位への警戒を行っている。単純な不意打ち、ましてや直接攻撃くらいなら、簡単に防御できるのだ。
(この人も、副隊長?)
攻撃を防がれ、後頭部をポリポリと掻いている中年の女性。彼女の装束に宮島と共通する意匠があるため、怜士はこの中年女性も副隊長であると察した。
「宮島君。私達も混ざるけど、いいよね?」
「構いませんよ、花岡さん。目的を達することができればいいですから」
「サンキュー」
花岡と呼ばれた女性の副隊長は、自身の得物である鞭をしならせ、空気を切ると、気合を入れ直した。
「油断せずに行きましょう。彼、予想以上に強いです」
花岡の横に、早見も並んだ。彼女も宮島らと同じく、日本刀を構える。その視線はずっと怜士に向けられており、言葉通り、一切の油断をしないという気持ちが強く現れている。
「それは勿論、です!!」
早見の忠告に答えると同時に宮島が一気に切り込んで距離を詰める。それを皮切りに、戸塚と浅見も斬りかかった。
「なっ!? うおっ!?」
止む無く回避行動に出ようとした怜士だが、身体が思うように動かせなかった。思わず、元勇者にしては情けない声を上げてしまう。違和感を覚えた自分の左腕を見ると、そこには白い鞭がギュッと巻き付いていた。
「いや~、悪いねぇ。これは行儀の良い試合でもなんでもないんだ」
鞭の使い手である花岡はおどけるようにして言った。その軽薄な振舞とは裏腹に、鞭による拘束は一切、弛まない。
「黙って受けてもらうよ。『雷の渡し』」
花岡が鞭を握る右手に左手を添え、詠唱を行った途端、怜士の身体に激しい電流が走った。鞭を通して絶え間なく流れ続ける電流は、対象の行動を確実に制限する。
「痺れて動けないだろう? まあ、私達を甘く見ないことだね」
「そうですね。覚悟しなさい」
花岡が作った隙を逃さないとばかりに早見も突撃し、仮面の男にその切っ先を向ける。動きを止められ、四方からの攻撃が同時に迫り来る中、怜士は仮面の下で不敵に笑った。
「『絡岩』」
地面が大きな音を立てて隆起すると、大きな岩の塊が複数現れた。岩石による防御壁。突如出現した岩の壁に対応しきれず、怜士に襲い掛かった四人はあえなく激突した。戸塚、浅見、宮島、早見の攻撃は易々と阻まれた。
「ウソォ!?」
口を大きく開けて叫んだのは花岡だ。同僚らが一度に手痛い反撃を受けたというのもあるが、自分の技による拘束をものともせず、仮面の男が行動していることが信じられないのだ。
「よしっ!!」
隙を作ったことを確認した怜士は自分の武器であるライジング・スピアを地面に突き刺すと、左腕に力を込めて、天を殴るように思いきり振るった。自身に絡みつく鞭など気にも留めていない。
「ウソォ!?」
再び花岡は年甲斐もなく大声を出した。怜士の馬鹿力に引っ張られる形で彼女は鞭ごと、無理矢理引き寄せられたのだ。「自分が動くことが難しいのなら、相手を引き寄せればいい」という、怜士らしい無茶な考え方。花岡が驚くのも無理はない。
(まずは一人)
武器を放して多少は動き易くなった怜士は、自身の元に引き寄せた花岡に蹴りを見舞った。「グフウ!!」という鈍い悲鳴を残して吹き飛ばされた花岡は、一時フェードアウトした。それと同時に、岩壁への衝突ダメージから回復した面々が再び怜士に襲い掛かる。
「今度は!!」
「油断しねえ!!」
思いもよらぬ攻撃に逆上した浅見と戸塚が怒りを交えて吠える。そんなことはお構いなしに、怜士は突き立てていたライジング・スピアを握り、魔力を通した。
「『神成熾し』」
怜士を中心に、正確には怜士が掴む長槍を中心に激しい雷が、地面にできた亀裂から幾つも噴き出した。
「この技はっ!!」
「ぐっ!? 地面から!?」
(不味いですね!!)
(さっきの岩壁は、もしかして!?)
地面からの攻撃に不意を突かれた戸塚や浅見は対応することが叶わず、雷の直撃を受けた。怜士の技である絡岩によって生み出された岩壁。隆起に伴い、周囲の地面にはいくつもの亀裂が発生しており、怜士はそれらを雷の噴出口として利用したのだ。ライジング・スピアは魔法による雷を地面に送り込むためのパイプに過ぎない。
「アァー、これは厳しい」
「大丈夫ですか? 宮島副隊長?」
「ご心配無く……とは言い辛いかもしれません」
戸塚と浅見の両名は雷魔法を受けたことで行動不能に陥っている。一方で宮島と早見は、咄嗟に霊力を放出して雷の攻撃力を削いでいた。それでも、ある程度のダメージはあるらしく、特に宮島は肩で息をする有様だ。
(副隊長って言ってたもんな。成程、この二人は流石にやるな。うん?)
怜士の視界の端に、一人の女性の姿が映った。
「はあ、はあ。私もまだやれるからね」
絡岩を発動した直後に、蹴りで吹き飛ばしたはずの花岡が復帰していた。とは言え、彼女も無傷ではない。左の脇腹を抑えながら、苦悶の表情を浮かべている。
(三人……だったか)
“副隊長”という肩書は決して伊達ではないということを怜士は感じていた。気絶させるつもりで仕掛けた攻撃も何とか耐えていることから、花岡の実力が窺い知れる。次の攻撃で決着をつけるつもりで怜士が構えを取ろうとしたその時、一瞬だけ速く宮島が動いた。
「『火炎刃・連舞』」
燃え盛る炎を纏った刃から繰り出される斬撃。それを目にも留まらぬ速さで、連続で繰り出す。宮島の眼は血走り、そこには敵である仮面の男しか映っていない。一心不乱に技を撃ち続ける彼には狂気すら感じられる。
「ああ、くそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそおお!! 何でこんなに強いんだよ!? こんな訳の分からん仮面着けた奴のためにこんな大袈裟な作戦!! 面倒ったらありゃしない!! そのためにあちこちを駆け回って苦労して隊長を呼び戻してぇ!! あ~もう、なんで私がこんなにしんどいことをしなきゃいけないんだよっ!! があああああああ!!」
それまでの丁寧な喋り口などは何処かへ飛んで行ったかのように、宮島は非常に荒い口調で叫んだ。余程、日頃からストレスを抱えていたのか、霊術とともに愚痴をこぼし、斬撃と一緒に不満を飛ばしている。
「オララララララララララアアッ!! 吹き飛べ、吹き飛べ、吹き飛べえええ!!」
宮島の変貌ぶりに、近くにいた花岡と早見は顔が引き攣っている。早見に至っては、二メートルほど左に動き、宮島と距離を取る始末だ。
(怖い怖い怖い!! この人、急にキレだしたけど!? いや、俺の所為なのは何となく分かるけど、それでもこれはちょっと!?)
乱れ飛ぶ炎の刃を全て受け止めている怜士だが、鬼気迫る宮島の表情と覇気に呑まれてしまっている。
「グオオラアアアアッ!!!!」
(うわああっ…………!!)
叫び声を上げ続ける宮島に対し、怜士は心の中で悲鳴を上げていた。
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※2024/2/3 部分的に修正をしました。