第85話 「規格外過ぎる……」と副隊長は度肝を抜かれた
~前回までのあらすじ~
元勇者、妖魔と戦う
元勇者、バレる
元勇者、囲まれる
燃え盛る爆炎。降り注ぐ雷。吹き荒れる旋風。魔討隊の退魔師たちが放った、ありとあらゆる属性の霊術。怜士は咄嗟に防御態勢を取った。
(周りにはお構いなしか!! まあ、分かってたけどさっ!!)
瞬間的に魔力を錬成し、高密度の魔力バリアを張ったことで怜士自身へのダメージはゼロ。初撃を防いだのも束の間、第二波がやって来る。
「ああ、もうっ!!」
間髪入れずに放たれた霊術。これも見事に防いで見せたが、遠慮のない攻撃に苛立った怜士は、包囲されている今の状況を脱するために空中へ跳んだ。
「どこ行くんだよ、アアン!?」
跳躍した怜士を狙い、一人の隊士が飛び出して来た。
(こいつ、確か沖田とかいう……!!)
特徴のある口癖に目立つピアス。襲い掛かって来た好戦的な男には怜士も憶えがある。つい先日戦ったばかりの退魔師だ。
「吹き飛べよ!! 仮面野郎!!」
「そう簡単には、ね!」
ストレージリングから武器を取り出す暇が無かった怜士は、徒手空拳で応戦することにした。沖田の得物は槍。長いリーチと瞬間的な攻撃力の高さは、丸腰の対戦相手に圧倒的な不利を齎すが、相手は最強の元勇者。でたらめな腕力と握力によって強引に槍を掴み取ると、力任せに振り回し、沖田を地面に向かって投げ飛ばした。
(鬱陶しいな……んんっ!?)
着地すらしていない中、怜士は背後から殺気と高まった霊力を感じた。身体を捻って気配の主を確認すると、そこにいたのは諏訪野義之と三島陸人。沖田とスリーマンセルで交戦した退魔師だ。
「『雷功砕破』!!」
雷を纏った巨大な棍棒を振りかぶる諏訪野。彼自身の霊力を武器に込め、一撃の破壊力を極限まで高めた攻撃。気合と共にその一撃は怜士に炸裂したかに見えた。
「ちょっと離れてくれ……『村雨』」
小さく呟いた怜士は、得意の魔法を放った。生れ出た水流は諏訪野の身体を捉え、彼を吹き飛ばす。諏訪野の攻撃が命中するよりも速く、怜士の魔法が命中したのだ。
(クッ!! 術の発動が速過ぎる!! 反則だ!!)
諏訪野は吹き飛ばされながらも、その視線は仮面の男に向け続けていた。彼の顔には、悔しさと驚き、恐れという感情が滲み出ている。仮面の男が沖田と交戦している隙を突いて自分が先に仕掛けていたはずであるのに、その自分が先に攻撃を喰らい、宙を舞っているのだ。相手の術が、能力が、どれほど規格外であるかということを嫌でも思い知らされる。
「よっと! ってか、忙しいな」
二度の空中戦をこなして着地した怜士はここで漸く、ストレージリングから武器を取り出した。前回の戦闘でも活躍したライジング・スピアだ。戦闘態勢を整えるも、一息つく暇すら、怜士には与えられないらしい。背後から三島が強襲したのだ。
「……一度見てる技だ。そもそも、最初から防いで見せたけどな」
怜士は三島の持つ二対の短剣を受け止めて見せた。三島が放った技、瞬雷。高速で敵の周囲を移動することで相手を撹乱し、隙ができたところで大きな一撃を見舞う技だ。怜士が言うように、すでに見切っている技であるため、いとも容易く防いだ。
「だろうね。だからアンタは二度目も防いだ。何の警戒も無しに!!」
悪戯っぽい笑みをこぼした三島は、怜士との組み合いをやめ、一歩下がって短剣二本を空中に放った。「戦闘中に自分の武器を手放すなど有り得ない」という常識が、怜士の思考を鈍らせた。
「解」
たった一言、三島が唱えると、彼が手放した短剣が眩い閃光を放ち、爆発した。三島は予め短剣二本に爆発術式を組み込んだ護符を巻きつけていたのだ。自身の霊力をトリガーに容易に起爆できる仕組みだ。武器を犠牲にした彼の行動。これは、さらなる攻撃を仕掛けるための陽動だった。
「肉を切らせてぇ!!」
「骨をブチ砕いてやる!!」
予備の短剣を取り出していた三島に、いつの間にか復活していた沖田。爆発で生まれた煙が都合よく怜士の視界を防ぐ目くらましになっている。二人の同時攻撃が襲う。
「視えなくても、その霊力は分かるよ?」
視界を奪われようと、二方向から感じる退魔師特有の霊力を怜士が計り損ねることはない。魔力とは似て非なる性質の霊力だが、琴音の修行に付き合う中で以前よりも敏感に感じ取れるようになっているのだ。
「グッ!?」
怜士は冷静に対処した。まずは前方から突進を仕掛けている三島に、風魔法による攻撃を加えた。何の捻りも無い、ただの初級魔法だ。しかし、元勇者が放つ魔法は初級と言えど、大きな威力を誇る。突風は三島の動きを止め、押し返した。思わぬ反撃に三島は鈍い悲鳴を上げている。吹き飛ばされないよう、踏ん張るので精一杯らしい。
(次は後ろだ)
三島の動きを一時的に止めた後は、背後から迫る沖田の迎撃だ。相変わらず単純な力任せの攻撃。これを捌けない怜士ではない。
「フンッ!!」
「ッ!?」
怜士は突き出された沖田の槍を紙一重で躱し、身体を捻りながらカウンター気味の反撃に出た。ライジング・スピアをバットのスイングのように大きく横に振るい、沖田を吹き飛ばした。
(嘘だろ!?)
沖田に一撃を与え、三人組を捌ききったその瞬間、怜士は驚きのあまり動きを止めてしまった。周囲を囲んでいた魔討隊の他の隊士らが、再び霊術を怜士目掛けて放っていたからだ。今さっきまで、標的である仮面の男と交戦していた仲間を巻き込むことも厭わずに、だ。
仲間の戦闘行為さえも次の攻撃の陽動として扱うやり方に腹立たしさを覚えつつも、怜士は突進した。対面での戦闘を仕掛けて来る人間も厄介だが、全方位から援護射撃をする人間の方が厄介であると判断したためだ。
「……悪いけど、暫く大人しくしてもらう」
霊術を撃っている魔討隊の集団の眼前まで、爆発的な加速で距離を詰めた怜士。途中、流石に被弾しているが、魔力のバリアで微塵のダメージも無い。
「クッ!? 怯むな!! 応戦しろ!!」
突然のことで一瞬だけ硬直した隊士たちはすぐに冷静になり、立ちはだかる仮面の男に更なる攻撃を仕掛けようとした。
「遅い。『妖檻』」
既に怜士は魔法を発動させていた。周囲に一瞬で無数のつむじ風が巻き起こり、その場の魔討隊の隊士それぞれを包み込むようにして呑み込んだ。旋風に包まれた隊士たちは身動きが取れない様子だ。吹き荒ぶ風は相手を拘束して自由を奪う。下手に触れれば、腕の一本は軽く吹き飛ぶ。まさに檻と言えるだろう。
(あれは、並みの実力では抜け出せない。下手に動けば風の刃に切り刻まれるし、練度の低い霊術でも打ち破れない)
仮面の男が使った技を冷静に見極めたのは、副隊長の早見だ。彼女が所属する部隊は烈風。魔討隊で“風”を象徴する部隊であるだけに、早見は風系統の霊術を最も得意とする。それ故に敵が放った技の特性を理解してしまったのだ。
「二十人はいたのに、それを一度に封じるなんて! 規格外過ぎる……」
強力な術の特性には驚かされている早見だったが、それ以上に、そんな術を簡単に多人数相手に放った敵の能力に脅威を感じている。
「それ、あと一〇分は消えないから」
仮面の男の言葉を聞いた早見の背中には、嫌な汗が滲みだしていた。
(これでも魔討隊の上級隊士が大半なんだけど、それを一瞬で封じられると、こちらも立つ瀬がない)
たった一人の相手によって一部の戦力をあっという間に無力化されたという事実は、早見にとって受け止め難いものだった。
「……三隊合同で臨むというのは流石に過剰だと思ったけど、それはもしかして、過少になる?」
彼女は歯を少しだけ軋ませながらその冷たい右手で額を覆った。
思ったより時間が掛かりましたが、何とか更新です。
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