第83話 (街がメチャメチャだ……)と元勇者は愕然とした
~前回までのあらすじ~
先輩、遂に対面。
当主、手厳しい。
妖魔、街に現る。
(ありゃ? 先輩とお父さんっぽい人が出て来たぞ? もう一人いるな。誰だろ?)
物陰から、まるで張り込み中の刑事のように和泉家の様子を窺っていた怜士は、家屋から出て来る琴音ら三人の姿を捉えた。
(三人で車に乗ったな。何処かへ移動するのかな?)
敷地内の駐車場にある乗用車に琴音らは乗り込んだ。エンジンをふかす音が辺りに響き、和泉邸の門が開く。車は、門が開ききると同時に発進した。
(……何があったか分からないけど、とりあえず、追い掛けるか)
琴音と密に連絡を取り合うことが叶うような状況ではないため、彼女たちが車に乗って移動を始めた理由を怜士が知ることはできない。怜士が今、すべきことは最大限の警戒の下、琴音の後を追うことだった。
(崎城市か。早くても二十分はかかる。それまではこの車の中、か……)
父親と隣り合って後部座席に座ることを自然に拒否し、助手席に座る琴音は外の景色を眺めながら、壮弦と日高に聞こえないくらいの小さな溜息を漏らした。
(少しずつ、妖力を感じるようになってる。崎城市に妖魔が現れたことは本当みたい。でも、何だか不自然……)
目的地へ近付くにつれて妖魔の存在を探知できたことから、今回の騒ぎが嘘ではないことを琴音は理解した。しかし、それでも違和感を拭うには至っていない。そんな中、車は公道を進み、市内の大きな道路へ進入していく。それにつれて喧騒は大きくなり始めた。
「困りました。これ以上は進めませんね」
日高はそう呟くと、自動車を道路の脇に静かに停車させた。
数十メートル先の高層ビルを見ると、黒煙が立ち昇っているのが見える。また、駆けつけた警察や救急隊による侵入規制や人命救助がそこかしこで見受けられる。警察の誘導に従った一般人は避難を進めている。混乱する彼らの悲鳴や怒号。それが崎城市内に普段とは異なる喧騒を生み出していた。
「既に一部の魔討隊の人間が現地入りして戦闘を行っているようです。我々も合流しましょう」
端末を用いて現場の状況を確認した日高は運転席から降りると、後部座席のドアをゆっくりと開けた。乗り捨てられた自動車、散乱する瓦礫、避難する人の流れ。様々な要因が道路を塞ぐ以上、歩いていくしか方法は無い。
「ああっ!!」
車から降り、周囲の状況を観察しようとしていた琴音の耳に、どこかで聞いたことのあるような、荒っぽい叫び声が届いた。
「誰かと思えば、和泉琴音じゃねえか!」
琴音は、自分の名前を呼び捨てにする目の前の男の品の悪さと無礼さに嫌悪感を抱いた。しかし、その無礼さのお陰で彼のことを思い出すことができてしまった。
(思い出した。初めて志藤君に妖魔討伐に同行してもらった時に絡んで来た魔討隊の人間。確か、戸塚功矢だったかしら?)
乱暴な物言いに不快感を覚えたのは琴音だけでなく、壮弦も日高も同様だったらしい。特に壮弦はギロリと戸塚を睨み付けている。
「会いたかったぜ? まあ、お前はオマケで、あの仮面の野郎の方が本命だけどな!!」
壮弦の視線など意に介さず、戸塚は挑発的な目を琴音に向けた。
「戸塚! 何してんの? 持ち場を離れないでよ」
「ああ!? 分かったよ、新」
「……行くよ」
妖魔が暴れているという状況で暢気に挑発じみた挨拶をかます同僚を窘めるのは、同じく琴音と怜士に絡んだ魔討隊の人間、浅見新だった。戸塚は、渋々といった感じでその場を離れた。
(まさかあの二人組がいるなんてね。妖魔討伐の任務なのだから、彼らにそれが回って来てもおかしくない…………なんて、それで納得するはずがない!)
因縁のある人間が二人も目の前に現れたことに琴音も驚いたが、それ以上に、疑問や疑念が彼女の頭を過る。
「やれやれ。猛火所属の人間はどうも、態度がよろしくありませんね」
「猛火の人間に限った話ではないだろう」
日高が溜息を吐き、少しだけ肩を落とす。壮弦は不快感が高まっているのか、険しい皺が眉間による。その時、戸塚と浅見とは入れ違いで別の退魔師が琴音たちの前に現れた。
「お待ちしていました。今回は急な支援要請を引き受けていただき、ありがとうございます」
(この人は……)
丁寧に礼を述べ、頭を下げる女性。琴音は彼女を知っている。面識があるということではない。この人物は退魔師の中でも有名人の一人なのだ。
「ご無沙汰しております、和泉様」
早見・アリシア・ケイト。副隊長ながら、魔討隊の一部隊を実質的に纏め上げている女傑として彼女のことを知らぬ者はいない。アメリカ人の血を引く、ハーフであるケイトの美貌は、否が応でも目を惹く。それとは関係無しに、琴音は、同じ女性として彼女に予てから注目していた。
「烈風の早見副隊長か。挨拶はいい。状況の説明を」
「……失礼しました。現在確認されている妖魔の数はおよそ一五〇。稀にみる妖魔の突然の大発生です。これに伴い、烈火と迅雷、我々の烈風の三隊から上位隊士が出動しています。既に感じられていると思いますが、出現した妖魔は下級から上級まで様々です。少しでも早い事態の鎮静化を図るため、和泉家に支援を要請しました」
急に出現した、大多数の妖魔。それの対処に時間が掛かると踏んだために、近場に拠点のある和泉家の人間を呼んだというのが、ケイトの説明だった。
「見たところ、妖魔どもはおよそ四か所に分かれて集まっているか?」
「ええ。到着早々に恐縮ですが、皆さんには崎城市の北東側の配置についていただきます」
ケイトが各々の配置について地図を見せながら指示を出した。
「御覧の通り、混乱のまま避難した一般人が乗り捨てた車が散乱していますので、最短距離での移動は難しいかと。部下の報告では、迂回すれば、車でも指定のポイントに辿り着くことが可能です」
ケイトの指示に従って琴音らは遠回りをしながらも市内北東の地点へ赴くことになった。
(……腑に落ちない)
自動車で指定された地点へ向かう途中、琴音はそんなことを考えていた。
(何らかのアクションがあるとは思っていたけど、こうも露骨に? 偶然にも妖魔が大発生するなんてことがある? 結局は誘い出されてるってこと……?)
機を計ったかのように現れて人々を襲う妖魔。その対応をする魔討隊。そこに呼ばれる和泉家の人間。この不自然な三要素は間違いなく、琴音や怜士を狙うためのものだろう。しかし、どうにも回りくどい。それが琴音の焦燥感を掻き立てるのだ。
(考えていても仕方ない。早く妖魔を祓わないと)
魔討隊にも、和泉にも、それぞれの思惑があったとしても、琴音の成すべきことは変わらない。多くの人を護るため、全ての力を賭して妖魔の討伐に臨むだけだ。
(酷いな。何があるのかと思って付いて来てみれば、街がメチャメチャだ……)
同刻、琴音一行を追跡していた怜士は、崎城市の惨状を目の当たりにして愕然としていた。「爆発事故があった」という一言では済まされないほどの被害に、怜士は息を呑んだ。
「危ない!」
怜士は倒壊したビルの屋上から瓦礫が落下するのを目撃した。落下地点には避難中の一般人の姿がある。怜士は咄嗟に駆け出し、落下する瓦礫に向けて風系統の魔法を放った。
(セ、セーフ……)
瓦礫の軌道を変え、人がいない場所に落とすことに成功し、怜士は一安心した様子だ。人々が混乱する状況の中だ。物体がおかしな軌道を描いて落下する不思議を、誰も気に留めない。一般人は誰も。
「……今の、見た?」
「ああ」
「誰かが手を出したね」
「俺ら以外、辺りに退魔師は誰もいねえ」
「何の姿も見えない。でも、明らかに術が使われてる。これって、アイツを釣れたって考えてもいいかな?」
瓦礫が落ちたビルの正面の通りを挟んだ、対面に位置するビル。このビルの屋上で三人の男が佇んでいる。右耳にピアスを付けた男、体格の良い色黒の男、棒付きキャンディを咥えた男。先日、仮面の男こと、志藤怜士に手痛い目に遭わされた三人だ。
「借りを返せるなあ、アアン!」
「その通りだが、まずは隊長に連絡だ」
怜士が行った救助活動。姿を隠すことができているのは、あくまでも本人だけ。放った魔法、その影響を受けた物体までを隠すことはできない。元勇者は、その存在を確かに捉えられてしまった。
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