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第82話 「実力も無い癖に、一人前に吠えるな」と当主は吐き捨てた

~前回までのあらすじ~

先輩、遂にその日。

幼馴染、トリップ。

当主、鎮座。

(さあ、どう来るのかしら)


 父である壮弦とテーブル越しに対峙することになった琴音は、彼の出方を窺っていた。


(……う~ん、どうしましょう? 私、少し震えてる?)


 退魔師としての総合的な実力は、壮弦の方が上だ。琴音は彼にまだまだ及ばない。壮弦から発せられる霊力。そして、純粋な覇気。それらは琴音に、不要な圧を掛け続けている。


「電話で伝えた通りだ」


 静寂を、壮弦の言葉が破った。


「魔討隊との不必要な接触。それに伴う戦闘行為が大きく問題視されている」

「不必要な接触? 一つ、誤解の無いように言っておきます。魔討隊には私が意図して近付いたわけではありません。任務終わりの烈火所属の隊士と偶然出会って因縁を付けられただけです。その後の件も、向こうが勝手に絡んで来ただけですよ?」


 威圧するような、怒気を孕んだ壮弦に対して琴音は淡々と意見した。まるで、琴音自らが進んでちょっかいをかけに行っているかのような彼の言い草に腹が立ったらしい。彼女の眉間に、相応しくない皺が寄っている。


「過程や理由などはどうでもいいのだ。結果として、事実として、お前が彼らとやり合ったことに変わりはない」


 琴音の言うように、初めて魔討隊の人間と戦闘を行ったのは偶然だった。そして、二回目も、イレギュラーでる怜士の存在を炙り出すために仕組まれた戦闘だった。しかし、彼女の言い分など、一切聞き入れられないようだ。壮弦の理不尽さは、琴音を呆れさせた。


(ハア!? 向こうが最初に手を出して来たんだから、自衛のために応戦しただけの私に非は無いでしょう!? 何て勝手な!! …………いけない。落ち着かなくてはね)


 琴音は大きく息を吸い込むと、一度目を閉じ、再び壮弦を見やった。感情に任せて言葉を交わすことは避けなければならないのだ。


「私には立場というものが有る。それはお前もだ、琴音。自分が和泉の家の人間であるということを忘れるな」


 名家出身の人間と大きな組織の衝突。その程度の大小に係わらず、周囲に与える影響は大きい。真相がどうであれ、退魔師界隈におかしな噂が広がりもする。


「今一度思い出せ。お前が何故、こうして家を追い出される身になったかということを。全ては、お前が命令違反を犯し、魔討隊相手に喧嘩を売るようなことをしたからだろう!!」

「ええ、その通りです」

「何を平然と答える!? 自分の浅はかな行動がこうした事態を引き起こしたこと、理解できないのか!?」


 悪びれることもなく肯定する琴音の態度に、壮弦は激昂した。元を辿ると、琴音が命令を無視したことで魔討隊との間に要らぬ軋轢が生まれ、今日に至っているのだ。流石の壮弦と言えど、感情が露になる。


「前にもお話したように、私は自分の正しいと思ったことのために行動したつもりです」

「お前個人の小さな正義など、取るに足らない。妖魔の殲滅が最優先だ。民間人に多少の被害が出ることは当然で、許容すべきだと言ったはずだ! 高位の妖魔を放置すれば、それこそ、多くの被害が出る。同じく犠牲が出るなら、どちらが最善か理解できない訳ではあるまい」

「それでも! 作戦のために民間人の命を無視するようなやり方は間違っています!」


 これまで感情を抑えていた琴音だったが、一般人の犠牲を厭わないとする壮弦の考え方には協調できず、目を血走らせるようにして食って掛かる。


「ハッ! 詭弁はいい。お前は若過ぎる。そして、現実があまりにも見えていない。理想だけで全てが成し遂げられると思うな。それにお前は未熟だ。吐いた言葉を実現させるに足る実力も無い癖に、一人前に吠えるな」


 琴音は閉口した。いや、閉口せざるを得なかった。自分の意志を貫こうにも、見合った実力が無いのだ。怜士との修行によって基礎能力が上がったと言っても、力不足であることに変わりはない。それを理解しているからこそ、悔しさで何も言うことができない。琴音は、自分の不甲斐なさを呪い、強く拳を握ることしかできなかった。


「……お前の理想など、今はどうでもいい。今日は魔討隊との接触に関する警告の他に、お前に伝えることがあるのだ」

「伝えること?」

「よく理解していると思うが、ある種の罰としてお前をこの家から追放している状態だ。困窮するような生活下の中で、強制的な妖魔討伐の任務を与え、お前が泣きついてくることを待っている。いや、待っていたのだ」

(分かっていたことだけど、本人を前によく平然と言うものね)


 琴音を実家から追い出し、厳しい環境の中で生活させることで反省を促し、助けを乞うことを狙う。そして、和泉家の人間として、あるべき退魔師の姿で妖魔との戦いに臨ませる。それが壮弦の描いたシナリオだった。


「だが、お前は折れることなく、今の今まで一人で戦い続けている」


 小さく溜息を吐き、呆れ顔を晒した壮弦だったが、その表情はすぐに険しいものとなった。自分の思い通りに事が進まなかったことが面白くない証拠だ。


「その根性と意地は見上げたものだが、そろそろこちらも我慢の限界だ」

「では、どうしますか?」

「決まっている。従わねば、お前が住んでいるアパートの契約は解除。金銭の援助も全て打ち切る」

「……そう来ますか」


 これまで、最低限の琴音の生活は保障されていた。しかし、壮弦は今回の一件を受けて、それを打ち切ると申し出たのだ。


(私は傍から見れば、ただの女子高生。なりふり構わずにやれば、少しくらいの間は生きていくことくらいできるでしょうけど、その後は……)


 琴音が同年代の女子と比べて成熟しているとは言っても、彼女は高校三年生、ただの学生に過ぎない。何もかもを、自由に行うことができるわけではない。アパートを追われ、金銭的な援助を受けられなくなれば、生活は困窮し、退魔の活動どころではなくなるだろう。


「そして、お前との縁を完全に断ち切る。真に追放するのだ。お前の学校を含め、周りの目などはどうにでも誤魔化せる」

「……!!」


 退魔師云々を除いても、和泉という家は世間的に名が知れている。それ故に、スキャンダルを恐れ、琴音を完全に排除するような行為は憚られていた。それを覆し、琴音の存在を社会的に無にしようというのだ。これには琴音も驚きを隠せず、冷や汗を垂らした。


(冗談でこんなことを言うはずはない。お父様は本気ね)


 壮弦の発言に嘘偽りは無いことを琴音は読み取った。十数年もの間、親子として共に過ごしたのだ。それくらい感じ取ることはできる。


「尤も、そうした手段に出るのは、お前自身が我々と完全に訣別する道を選んだ場合だ。全ての非を認め、全てを詫び、真の退魔師としての在り方をその身に刻み込もうというのなら許してやる」

「真の退魔師としての在り方? 無関係な人間を傷付けることを厭わないことですか?」

「ふん、減らず口を。そうした態度がお前自身を追い込むのだ」


 数分の間、壮弦と琴音の睨み合いが続いた。社会生活を送る上で、まだまだ自立ができない琴音に対する、脅迫じみた説得。これに応じなければ、琴音は、学校生活はおろか、明日の住処や食事にすら困ることになる。壮弦の言いなりになり、自分が最も嫌う在り方の下で退魔師として戦う道を選ばされることになるのだ。


「……失礼します。よろしいでしょうか?」

「どうした、日高? 今、取り込んでいる」


 膠着状態を破ったのは、部屋に入って来た日高だった。腹心の部下とは言え、壮弦は話に割り込む日高を射抜くほどの眼光で見た。


「申し訳ありません。緊急の案件です。崎城市に強大な妖力反応が検出されました。等級は上位で、複数個体の反応が確認されています。被害は拡がりつつあり、メディアも騒ぎ始めました。近くで別の任務に就いていた魔討隊も現地に向かっているそうですが、我々にも支援要請が出ています」

「崎城市か。此処から近い。声が掛かるのも当然と言えるか」

(このタイミングで妖魔が出る? ……怪しい。魔討隊も向かっているというのが、尚更ね)


 淡々と報告をこなす日高をジッと見つめる琴音。魔討隊と小競り合いを起こしたことが引き金となって、半ば絶縁状態にあった父親と面会することになったのはまだ許容できる。だが、そんなタイミングで上位の妖魔が近隣の市に現れるだろうか。まして、そこに魔討隊が合流するようなことになるだろうか。そんな疑問が琴音の脳内を駆け巡り、大きな疑念を生み出した。


(崎城市で何かがある。いえ、何かを起こす気であることは間違いないわね)


 壮弦と魔討隊が裏でどのような算段をつけたのか想像が及ばない琴音だが、間違いなく、自分や怜士にとって大きな障壁が現れるという予感はしている。息をのんだその時、壮弦の視線が琴音に移った。


「琴音、討伐にお前も来い。俺に、魔討隊に、お前の信念とやらを見せてみろ。お前の活躍如何では、お前のこれまでの行いを水に流してやる。魔討隊との間もとりなしてやろう」

「……二言はありませんか?」

「無論だ」


 この日の出来事が、妖魔の出現が仕組まれたものであろうがなかろうが、琴音は己を示すための大きな岐路に立たされた。彼女に残された道はただ一つだった。


「まあ、我々の領域を搔き乱す仮面の男の件は別だがな」

「…………」


 下卑た笑みを浮かべた壮弦も魔討隊と同じく、怜士という得体の知れない強者の存在を認めず、退魔師以外の者は排除しようという考えにあるということ。琴音はそれを理解した。




(う~ん、先輩が家の中に入ってからそこそこ経つけど、何も起きないな。いや、平和が一番だけどね? えっ? もしかして、読みが外れた……?)


 和泉家に魔討隊の主戦力が大集結し、琴音を人質にとって一悶着起きるのではないかと想定していただけに、未だに何の事件も起きる気配が無いことに怜士は妙な安心と不安を憶え、遠い空に浮かぶ雲を眺めていた。


いつもご覧いただきありがとうございます!

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