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第6話 「全部無料じゃない!!」と母親は興奮した

~前回までのあらすじ~

元勇者、漸く自宅に帰る。

元聖女、彼の母親と会う。

母親、息子が彼女を脅していると疑う。

元勇者、時間の流れがおかしいことを知る。


 怜士は自分の目で見たモノが信じられず、硬直してしまった。頭の中は情報が処理しきれずに大混乱だ。


 怜士が異世界に召喚されたのは、彼の感覚では、二年前にあたる二〇一九年の五月だ。流石に、召喚された時の日にちは忘れてしまったが、ゴールデンウィークを終えたばかりだったということは確かに覚えていた。


 今は二〇二一年の五月半ばでなければおかしいが、目の前のカレンダーに記されているのは……。


――二〇一九年五月十二日


 恐らく、真奈美の口ぶりから時間経過はほとんど無かった可能性が高い。だが、怜士はどう考えても、それが納得できなかった。


 自分はやはり、夢を見ていたのだろうかと怜士は考えてしまう。現実よりも現実らしく生々しい、夢よりも夢らしく幻想的で壮大な夢を見ている気にもなる。しかし、その考えは真横に座しているシルヴィアの存在が明確に否定する。異世界で誰よりも長く一緒に過ごした、頼れる仲間がそこにいるのだ。夢などでは決してない。


 いよいよ真実の境界が出鱈目で曖昧になった怜士。それを見かねた母親である真奈美は一言、声を掛けた。


「怜士、落ち着きなさい。ちゃんと話を聴くから、少しずつでいいから、怜士に何があったか、どうしたのかを自分の言葉で私に話しなさい」


 先程までの調子のよい、色恋沙汰に興味深々な女性の姿はない。


 ここにいるのは、怜士の母親である、志藤真奈美の姿だった。


「かあ、さん……」


 真奈美の言葉に、怜士は酷く曖昧で崩れそうな世界から一気に、見覚えのある極めて明瞭な世界へ引き戻された。


 真奈美の母としての優しさが息子を守った。


「分かったよ、順番に話すね。実は……」




 怜士が話を始めてどれだけの時間が経っただろうか。夕暮れ時で優しい夕陽が辺りを包んでいたはずだったが、すっかり辺りは闇に包まれている。掛け時計の長針は少なくとも二周はしている。


「成程ねぇ。とってもぶっ飛んだ話ねぇ……」

「俺もそう思うよ」

「でも確かなのは、アンタは二年も行方知れずになってない。今日も普通に学校に行って帰って来ただけよ」


 ひとしきりの説明を怜士が終えた後の真奈美の第一声がそれだった。


 怜士が話している途中、話の腰を折らないよう、一度も真奈美は質問をしなかった。息子を信じ、全てを受け入れるつもりだったが、これほど荒唐無稽な話、簡単には信じられない。


「アンタの部屋にある漫画、『異世界召喚モノ』っていうの? 読んだことあるけど、それに近いわね。 まあ、帰って来たケースは珍しいけど」

「いや、イメージが伝わり易くて助かるけども! 何で俺の部屋の漫画読んでるんだよ!?」

「掃除した時に読んだのよ。安心しなさい。とっくに全巻制覇してるわ」

「夢中だよ、この人!!」


 真奈美は漫画を怜士の部屋で読むことがあるらしく、丁度その中に、異世界召喚がテーマの漫画あったようで、初めは戸惑いこそ見られたが、スムーズな理解ができたようだ。


「……そう言えば何となく、怜士の背が伸びたような。体つきも少し逞しいような。う~ん」


 真奈美の抱いた感覚は間違っていない。


 異世界で過ごした二年の間に、怜士の身長は二センチほど伸びているし、少しだけ筋肉もついた。しかし、あからさまな変化でないため、確証が持てない。また、散髪も定期的に行っており、髪型の変化も見られないことから身体的特徴から二年の経過を信じることは困難だ。


「やっぱり、漫画は漫画で空想。ファンタジーの話よ? どうしても百パーセントは信じられないわ」

「そうだよなぁ。いくらシルヴィアがいてくれても、完全な信用には……」


 最初は、シルヴィアの存在こそが証拠だと考えた怜士だが、それは完全ではない。抜け道も考えられる。真奈美を信用させるためにはあと一押しが必要だ。


 ここで、押し黙っていたシルヴィアは口を開いた。


「あの、要するに私が異世界から来た証拠を示すことができればいいのですね?」

「うん、そうだけど……」


 怜士が首肯すると、それを見たシルヴィアは右手を胸元に持っていき、掌を上に向けるようにした。


「『闇を照らせ ライト』」


 シルヴィアが詠唱すると、彼女の掌には野球ボール大の光の球が発生した。


 それを見た真奈美は絶句。怜士が連れて来た美少女が信じられないことをやってのけたのだ。当然の反応である。


 何故か怜士も同様に驚いている。


「え? 何で使えるの、魔法!?」

「何故、アンタが驚く?」


 異世界に行っていた張本人が魔法を見て驚く様が真奈美にとっては不思議だったらしい。


「ここは日本だ、地球だぞ!? 魔法が使えるのか!?」


 怜士はシルヴィアに問いただす様にして詰め寄った。


 シルヴィアは、急に顔を近づけられ、頬を赤らめた。


「はい。ここに来た時から気付いていましたよ。向こうと同じように魔法が使えることは。ちゃんと体内の魔力は感じますから、レイジ様も行使できるはずですよ?」

「何……だって……?」

「まさか、気付いてなかったのですか……?」


 怜士は口を開けたまま頷いた。


 志藤怜士という男は、マイペースな性格であり、間の抜けたところがある。二年の間でそれを学んだことをシルヴィアは思い出した。呆れて乾いた笑い声しか出ない。


「もしかして、シルヴィア。特殊魔法の『言語理解』を使った?」


 怜士はシルヴィアに問い掛けた。真奈美と会話ができていることに納得がいっていなかったが、魔法が使えることが分かれば話は別である。


「以前、レイジ様に言語理解を使った際、レイジ様の母国語である“日本語”の構造情報は蓄積されていましたので、先んじて使用しました」


 言語理解魔法は、魔法使用者の使う言語についての理解を相手に授けることができ、召喚された異世界人によく使われるものだ。ただし、あくまでも()()()()()()()()()()で、読み書きができるようになるということではない。しかし、副次効果として、魔法使用者は被使用者が元々持つ言語の構造情報を得られ、蓄積できる。つまり、シルヴィアには、日本語のベースが知識としてストックされているのだ。彼女が自分自身に言語理解を使えば万事解決である。


「どこまでご都合主義なんだか。やっぱり便利だな、魔法は……」




 魔力はその人の内から溢れ出るもので、「世界」というフィールドは関係がない。そのため、異世界の人間であれば所構わず魔法が使えるというのが、シルヴィアの考察だ。


「れ、怜士! ちょっとアンタもやってみなさい! ドゴーンっていう、ド派手なヤツを!!」

「それをやると、この家どころか町内全部が吹き飛ぶぞ!? お願いだから、いい年して興奮しないで!!」


 興奮冷めやらぬ真奈美をなだめつつ、仕方なく怜士は出力を調整した火魔法を使用した。指先に蝋燭大の明かりを灯す程度だ。


「……分かった。アンタの話は信じるわ。ただ、パッとしない。とても地味ね。勇者ってところは嘘かしら?」

「だから、周りに影響がないようにやってんだよ!!」


 期待と裏切る怜士の魔法に、あからさまに肩を落とす真奈美と呆れ顔の怜士。二人の表情はよく似ている。流石は親子だ。


「う~ん、てっきりこの力は向こう限定のものだと思ってたんだけどな。でも、そのおかげで体力や筋力は高いままだったのか……」


 怜士は、緑地公園でシルヴィアを抱えて歩いた時のことを思い出した。以前の自分なら、女の子を一人抱えて長時間悪路を歩く体力も筋力も無かった。それが実現できたということは、異世界で得た力をそのまま持ち越せたということだろう。


「こっちじゃ、魔法なんか使えても役に立たないだろうな。まあ、仕方ないか」

「そんなことないわ! 怜士!!」


 身体能力の強化は日常に役立つが、派手で非常識な魔法など、現代社会でまともに使えるわけがないと考えていた怜士に対し、真奈美には何か思うところがあるようだ。


「他にはどんな種類の魔法を使えるの? そうね、属性っていうのかしら?」

「ああ、一通りできるはずだよ。今使った火魔法に水魔法。風魔法と土魔法、雷魔法、光魔法や闇魔法とか、勇者の面目躍如だね」


 その時、真奈美の口が大きな弧を描いた。


「やっぱり! 流石は私の息子で真の勇者ね! これから先、怜士がいれば我が家は、水道、ガス、電気、全部無料(タダ)じゃない!!」

「この母親、一人息子を便利なエネルギー源だと思っていらっしゃる!?」

「確か電気って、電力会社に売れたわね! 今まで育ててあげた分、その身体で、いえ、魔力で返しなさい!」

「ちくしょうが!!」


 そんな言い合いを繰り広げる二人だが、その間には親子の信頼関係が見え、仲睦まじさが見受けられる。他人であるシルヴィアもそれを感じ、羨ましく思っていた。


(私も、こうやってお父様や亡くなったお母様と楽しく話したかったな……)


 王族という身分と立場から、幼少時より厳しく育てられているグランリオン族。家族でともに食事をする機会は限られ、談笑したことなど一度もない。頭で理解はできても、少女の頃のシルヴィアの心は寂しさでいっぱいだった。


 目の前にいる志藤親子こそが、シルヴィアが憧れた家族の形の一つだった。




 理由は定かではないが、勇者としての大いなる力は現代でも行使できることが理解できた。しかし、分からないのは「時間差」だった。


「でも、やっぱり変だな。確実に向こうで二年過ごしたのに、こっちでは二年どころか半日も過ぎてないなんて」


 怜士は頭を抱えて悩んでいた。


 異世界で二年の月日は確実に流れている。それはシルヴィアも証明できる。それがいざ帰還したら精々数時間しか時が流れていないことは、不思議極まりなかった。


 怜士は、召喚時は高校二年生の十七歳だった。行方不明期間中に高校は退学扱いになり、最悪の場合は死亡扱いにすら成り得ると考えていた。時間経過に大幅な誤差があったことは、結果として嬉しい誤算の一つだと言えるかもしれない。それでも、納得がいかないのだ。


「あくまで推論ですが、いくつか考えられることはあります」

「推論?」


 シルヴィアには思い当たる節があるようだ。


「一つは、私たちの世界とレイジ様の世界で時間の流れが違うことです。世界という大きな壁を、真理を超えたのです。向こうでの一年が、こちらでは一時間程度なのかもしれません。それくらいの事象が起きていても全く不思議ではないと思います」

「成程……。他は?」

「私が強引に割り込んでこちらについて来たことで、送還転移に影響を及ぼして時間軸がズレたのかもしれません……」


 そう言ったシルヴィアの表情はどこか曇っている。


 原因を証明するには情報が少な過ぎる。現状ではこの二つが考えられる有力なものだった。


「まあ、何にせよ、時間が過ぎてなかったのは俺にとって幸運だったかな。体は十九歳でも、またやり直せる」


 これ以上考えても答えは出そうにないと考えた怜士は一呼吸おいて、シルヴィアの顔を見据えて再び口を開いた。


「気に病むことは無いよ、シルヴィア。何はともあれ、帰って来れたんだ。これからのことを考えよう」


 怜士は無意識にシルヴィアの頭を撫で、彼女が抱えているであろう感情を拭おうとした。





2019/10/18……読者の方々から、「言語翻訳魔法」の扱い(設定)に関する指摘を頂戴しましたので、該当箇所を辻褄が合うように修正しました。


※2019/11/4 部分的に修正をしました。

※2021/9/17 部分的に修正をしました。

※2022/2/16 部分的に修正をしました。

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[一言] 母親の性格が良すぎる
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