第76話 「…………あ、言っちゃったわ」と先輩は心の声を漏らした
~前回までのあらすじ~
魔討隊、ストーカー失敗。
元勇者、分析。
先輩、修行開始。
「魔力錬成?」
聞き慣れない言葉に、琴音は首を傾げた。
「ああ、退魔師流の言い方にすると、『霊力錬成』って言った方がいいかもしれませんね。これは、読んで字のごとく、霊力を錬成——鍛えて強くすることです」
「……霊力を鍛える? それは私の持つ霊力の絶対量を上げるということかしら?」
「いいえ。最終的には修行のオマケみたいな感じで霊力の量は増えると思いますけど、それは本命じゃありません」
「一体、どういうことなのかしら?」
大量生産した疑問符を絶えず浮かべ続ける琴音の様子を見た怜士は実践あるのみだと考えた。
「う~ん、“習うより慣れろ”で行きましょうか。先輩、両手を出してください」
怜士に言われるがまま、両手を彼の前に差し出す琴音。すると、怜士は琴音の手を掴み、目を閉じた。琴音は手を握られたことに驚くが、これも修行には欠かせない工程であると感じ、すぐに平常心を取り戻した。この時、横から「ムムッ!!」という、不機嫌そうなシルヴィアの声がしたが、怜士は右から左へ流し、目の前の琴音に集中した。
「今から俺の魔力を二回、先輩に流します。違いを感じ取ってください。じゃあ、一回目です」
怜士は静かに琴音に自らの魔力を通し始めた。
「どうですか?」
「これは、柔らかいと言うか何と言うか、穏やかな力の波を感じる。不思議ね。同じ貴方の魔力であるのに、貴方が戦っていた時に感じたものとはまた違う気がするわ」
「その通りです。じゃあ、二回目を流します」
琴音は怜士が戦う姿を何度も目にしており、間近で彼の魔力を感じ取っている。戦闘時に感じた魔力と、今流された魔力は、明らかに性質が違うということに、琴音は気が付いた。それを確認した怜士は感心すると、すぐさま次のステップへ移った。今度は、琴音が言ったような穏やかな力とは全く異なる力を流したのだ。
「うっ! これは何!? さっきとはまるで違う!! 強くて荒々しい巨大な波が押し寄せて来る!? こんなもの、受け止めきれない!!」
琴音の額に冷や汗が流れ、呼吸が荒くなったのを見て怜士は、彼女に魔力を流すことを止め、その手を離した。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
ほんの一分程度であるが、琴音はその場に座り込み、呼吸が落ち着くまで、回復に努めた。
(ただ志藤君の魔力を受け止めていただけ。今のは、志藤君が戦いの時に発していた魔力に近い。こんな力、魔討隊の人間でも出せる者は限られている……)
一驚している琴音を尻目に、怜士は解説を始めた。
「一回目に流した魔力は、何の操作もしていない、ただ俺の身体から溢れ出ているだけの純粋な魔力です。操作したのは流す量と流すペースくらいですね。で、二回目はその溢れているだけの魔力を操作して錬り直しました。同じ人間が出している魔力でも、明らかにその質が違いましたよね? これが魔力錬成の効果です」
未だに言葉が出ない琴音のその反応を楽しむように、にっこりと笑う怜士。
かつて、異世界で怜士自らが考案した魔力錬成。実際に仲間たちに披露した時も、今の琴音と同じような表情をしていたことを怜士は思い出し、懐かしんでいた。
「魔力は、その人の根源たる核から湧き出るものです。それに形なんか無くて、モヤみたいにふわふわしてるイメージです。そのふわふわしてるモヤを適当に掴み取って消費することで魔法が使えます」
これが、怜士が魔法を始めて使ってから得た、魔力と魔法のイメージだ。怜士が強力過ぎる魔法を加減するための特訓の最中で偶然、気が付いたものだった。周囲の被害を無くすため、魔力のコントロールを神経質過ぎるほど丁寧に練習した成果だった。
「溢れ出るだけの魔力を適当に使うだけでも、十分だと思います。でも、ふわふわしてる魔力を一点に集めて、ギュッと押し固めると、密度が大きくなった魔力の質は格段にレベルアップします。錬成した魔力だけでも、相当の圧がありましたよね? この錬成した魔力を利用して放つ魔法の威力は、どうなると思いますか?」
「……普段よりも、遥かに強力になる?」
「ええ、その通りです。少し工夫をするだけで圧倒的な差が生まれます。日頃、いかに無駄に魔力を使って、いい加減な魔法を使っていたのかがよ~く、分かりますよ」
自らが体感した、錬成された魔力に秘められた力。これを極めることができた時、自分がどれほどの高みへ立てるのかという期待に、琴音は大きく胸を躍らせた。
「魔力と霊力は色んな部分で似ています。魔力錬成と同じように霊力錬成ができてもおかしな話じゃありません。霊力錬成のマスターがここからの目標ですね」
「ねえ、志藤君。この錬成を習得するのに、どれくらいかかるかしら?」
真剣な眼差しで琴音は問う。いつまた、魔討隊の人間と接触することになるか分からない以上、早急に霊力錬成を身に着ける必要があるからだ。
「う~ん、そうですね。個人差があるんで何とも言えないですけど、二週間もあればそれなりの形になるとは思います」
琴音は右手の拳を強く握り締めると、それを自分の胸へと押し付けた。
(……二週間。この二週間で必ず霊力錬成をものにして見せる。もう、負けたくない。もう、諦めたくない。私の信じる道のために、何が何でもやってみせる)
強い決意をしたためている琴音を、怜士は笑顔で見つめている。
「今、俺は先輩が無意識のうちに、自然に出している霊力を感じることができます。先輩は自分で自分の霊力を感じることが、把握することができますか?」
琴音は目を瞑って意識を集中した。他の退魔師が自然と発していた霊力や戦闘中に放出された他人の霊力であれば、幾度となく感知したことのある琴音だが、自分の持つ霊力を感知しようなどとは思ったことすらない。初めての行為ゆえに、慎重に取り組んだ。
「……うん、大丈夫。問題無いわ。私自身の霊力、確かに分かる」
和泉家の娘の面目躍如といったところか。退魔師として優秀な琴音はすぐに己の霊力の把握に成功した。
「次のステップです。全身で感じている霊力。これを一点に集めてみます。両掌を開いて前に出して下さい。そこに、少しずつ霊力を集めましょう」
集中を高めている琴音は、返事の代わりに小さく首を縦に動かすと、怜士に言われたように、自分の胸の前に両掌を開いて持って来た。
(これは、思ったよりも難しい。霊力は掴めた。でも、それを集めることはこんなに苦労するの? ふふっ、でも、だからこそやりがいがある!)
予想以上の難しい作業に辛苦を味わう琴音だが、それ以上のやりがいを見出し、一層のやる気を募らせた。
「集める霊力の量は、これから少しずつ増やしていけばいいと思います。今は霊力の集中と霧散を繰り返して、感覚に慣れることを優先して下さい」
「やってみるわ」
琴音は一言答えると、その神経の全てを己の掌に集中させた。
「レイジ様」
「うん?」
琴音が霊力を掌に集める練習を始めて二時間が経過した頃、それまで、琴音の修行の様子を黙って見ていたシルヴィアが口を開いた。
「これは……」
「ああ、そうだね。凄いよ、先輩は」
シルヴィアと怜士の二人が舌を巻いているのは、勿論、琴音の修行の進行具合だ。
「魔力の集中は、グランリオン王国所属の中級魔術師なら三日、上級魔術師でも最低一日の時間を要しました。ですが、イズミ様はそれを遥かに凌ぐ速度で習得しようとしています!」
「予想以上だよ。元々、先輩には才能があったと思うけど、それだけじゃないからね」
「他には何が?」
「信念があるんだよ。何をやってでも貫きたい信念がね」
昨晩、琴音が語った理想。一般人への被害を極力抑えて妖魔を倒し、少しでも多くの人を護ること。それは容易なことではない。寧ろ、不可能かもしれない。それでも、彼女の心には理想を叶えるための強い意志が宿っており、それが琴音の原動力となっていることは確かだ。
「……レイジ様にも、信念というものはありますか?」
「俺なりに持ってるつもりだよ」
「それは一体、何でしょうか?」
「う~ん、秘密」
「そんな!? 教えてください、レイジ様~!!」
怜士の左腕に甘えるように抱き着いて、彼が持つ信念というものを聞き出そうとするシルヴィアだが、怜士はどうしても言うつもりはないらしい。
「うっ!! そんなに可愛い上目遣いで俺を見てもダメ。こればっかりは秘密なんだよ」
「むーっ」
頬を膨らませながら不満を漏らすシルヴィアの可愛さに、怜士は口を割りそうになったが、ぐっとこらえた。この時の怜士の精神力は称賛に値する。
これ以上尋ねても、怜士は何も答えないだろうということをシルヴィアは悟った。しかし、彼女は一向に怜士から離れる気が無いようで、未だに抱き着いたままだ。
(レイジ様の信念が何か分からないのは残念ですが、まあ、いいでしょう。それよりも今はっ!!)
シルヴィアは怜士に抱き着く力を強めた。
「教えてください、レイジ様ぁ~!」
琴音の消耗が大きくなった時のために控えていたシルヴィアだが、まだそれは先のこととなりそうだ。だから、彼女はこの機に乗じて怜士に抱き着き、甘えるのだ。存分に。
(修行をつけてもらう身分だからあまり強くは言えないけど――)
魔力錬成の修行を淡々とこなしている最中ではあるが、チラリとシルヴィアと怜士の姿を横目で見た琴音。
「いい加減、イチャつくのは余所でやって欲しいわ。鬱陶しい…………あ、言っちゃったわ」
心の中で呟くつもりだったその言葉は、極めて簡単に外へと漏れ出した。
琴音は、二人の存在を無視して、修行に励んだ。
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※2022/8/16 部分的に修正をしました。(描写・説明不足を補いました。)
※2023/3/6 部分的に修正をしました。




