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第75話 「素晴らしいくらいのご都合主義ね」と先輩は皮肉った

~前回までのあらすじ~

登場人物、激増。

隊長、激おこ。


(ああ、鬱陶しい。それで隠れているつもり? 霊力こそ抑えて隠しているみたいだけど、気配や視線は感じるのよ?)


 琴音は、自分を見つめるあからさまで不気味な何かを感じていた。


(まあ、予想通りね。私と志藤君の関係を調べるために誰かが派遣されるのは分かっていたこと。昨夜のうちに監視が決定して、遅くても今朝からの実行かしらね)


 琴音が志藤家に一泊したその翌日。丁度、土曜日で学校が休みということもあり、早速琴音の実力を伸ばすための修行を志藤家で始めることになっていた。しかし、それも雲行きが怪しい。琴音の行動を見張るように、魔討隊の人間が一定の距離を保って彼女をつけている。


(予想ができているのだから、対策だって練るに決まっているわ)


 琴音は一笑に付すと、そのまま歩を進め、数メートル先の路地の角を曲がった。




 魔討隊“烈風”に属する隊士は、ローテーションを組み、和泉琴音の行動を監視し、彼女の身辺調査をすることになった。目的は勿論、琴音と銀の仮面の男の関係を明らかにするためだ。情報が圧倒的に足りていない現状では、唯一の手掛かりは和泉琴音のみだ。


(今日は土曜だ。和泉さんをはじめ、学生たちは休日。彼女は部活をやってないらしいから、日中は自由な時間が多い。一日張っていれば、あの仮面君と何らかのコンタクトは取るだろうか? でも、昨日の今日で無警戒に接触するか?)


 琴音の監視の統括を任せられた羽島は、気配を殺し、遠巻きに彼女の動向を探っていた。距離を置いた別の場所に部下の隊士が三人、同様に琴音を監視している。


 羽島が所属する魔討隊“烈風”。この隊に配属される者は皆、機動力が高く、それを補助する霊術の使用に長けているという特徴がある。昔は、その機動力にものを言わせ、全国各地を奔走し、情報収集と伝達に大きな活躍をしていた。しかし、時代が流れたことで、隊固有の役割にも変化が生じた。文明の利器である携帯電話の登場、さらなる発展形のスマートフォンの普及により、魔討隊も近代化を果たしている。情報収集や伝達に特別な機動力などが求められなくなったのが現状だ。よって、これらの任務を一つの部隊が特化して請け負う必要は無くなりつつある。


(こんなストーカーみたいなことをするために魔討隊に入ったわけじゃないけどな。任務なら、仕方ないかあ)


 過去の活躍の名残で、烈風は今回のような特定の人物の監視や追跡任務を任されることが多い。元々、機動力自慢の人間が多い隊故に、非常時の目標の追跡に定評がある。


(でも、あの仮面君について調べるのは面白そうだ)


 羽島がそんなことを考えていたその時、琴音が道を曲がった。見失うことのないように、落ち着いて彼女の跡を追う。


(はっ!? 嘘だろ!?)


 羽島は愕然とした。今さっき、曲がり角を曲がったはずの琴音の姿がそこに無いからだ。路地の角を曲がり、民家の塀に隠れた僅かの隙に目標が姿を消してしまったのだ。辺りを見回しても、琴音の姿は見えず、霊力を探知しても、仲間の霊力しか探ることができない。


「昨日と一緒じゃないか……!!」


 歯を食いしばった羽島は、昨日、自分が目撃したばかりの光景を思い出していた。迅雷の隊士を倒した仮面の男が負傷した琴音を連れて消えたのと全く同じだ。何の痕跡も残さずに人間が消えたのだ。


「羽島さん!」

「これは一体!?」


 立ち尽くしている羽島の元に、仲間の退魔師が駆け寄って来た。彼らも、琴音が突然消えたことに仰天している様子だ。


「ああ、見失ったよ。やられたよ、完全に。でも、これで確証が得られたかなあ」

「確証、ですか?」


 呆れるようにしてそう言う羽島に、部下の男が聞き直した。


「神隠しみたく消える術を和泉さんが使えるなんて情報は無い。でも、現実にあの子は一瞬で消えた。こんなことができるのはあの仮面君だけ。昨日と一緒なんだよなあ。間違いない。あの子と仮面君は確かに繋がりがある。きっと、何か打ち合わせていたんだろうさ。あ~、副隊長に怒られる。もしかして、阿形隊長にも? どう言い訳するかなあ?」


 和泉琴音の監視任務に就いて数時間で対象を見失ったのは、間違いなく羽島自身のミス。この件を報告した後のことを考えた羽島は、空を虚ろな目で見上げた。







「一応、落ち合う場所を決めておいて良かったですね」

「ええ。どう? 凄いでしょう、私の読みは」


 琴音は今、昨夜と同様に、幻影の外套を装備した怜士に抱きかかえられていた。


 もしもの事態を想定しておいた琴音は、怜士の家に直接向かわずに、別の地点で怜士と落ち合う計画を立てていた。そこで怜士が幻影の外套を使用して琴音を運べば、魔討隊の追跡を躱すことができる。


「躍起になってるんですね、魔討隊は」

「言ったでしょう? 貴方のような冗談みたいな存在が突然現れたら、嫌でも警戒して手を出してくるわ」

「他の場面でも、注意した方がいいかもしれませんね」


 怜士は、魔討隊が完全に自分に狙いを定め、そのためには琴音を再度利用する可能性があるということ、それ以外にも非道な方法を用いる可能性があるということを認識した。


「さあ、着きました」


 怜士は琴音の修行場所である、自宅の庭へ静かに舞い降りた。


「むう~」

(シルヴィアが不機嫌だ……)


 必要なことだと理解していても、怜士が琴音を抱きかかえて来たことが不服な様子のシルヴィアは、すこぶる機嫌の悪さを発揮している。見かねた怜士は「ただいま」と言いながらシルヴィアの頭を優しく撫でた。


「お帰りなさいませ、レイジ様!!」

(シルヴィアが上機嫌だ……)




 コロコロ変わるシルヴィアの表情を堪能した怜士は、気を取り直して、本題へ移ることにした。


「はい。ということで、今から修行を始めます」


 上下ジャージ姿の怜士がパンと手を叩き、音頭を取った。修行場所はこのまま、志藤家の庭先で行うらしい。


「宜しくお願いするわ」

「頑張ってください、レイジ様!!」

(頑張るのは私のはずだけれどね……)


 因みにシルヴィアも琴音の修行に付き合うことが決まっている。琴音が怪我を負った場合に備えての回復役……というのは建前で、本音は、「赤の他人のイズミ様がレイジ様と二人きりになるのは許せません! 私も一緒にいます!!」というものである。


「さて、最初に確認したいことがあります」

「何かしら?」

「仮に、先輩や俺が今ここで霊力を全開にして放出したら、それを魔討隊は探知できますか?」

「間違いなくされるわね。私の居場所が近隣にいる退魔師に見つかると思う。魔討隊は特殊な器具を各地に設置して、霊力や妖力を計測できるようにしているから、探知の網には容易くかかるでしょうね。貴方が魔法を使っていた時に感じた魔力のプレッシャーはかなりのものだった。貴方だって同じよ?」

(そうか、あの程度の魔法でもダメか……。ということは、これから魔法は下手に使わない方がいいかもな)


 魔討隊には霊力を探知する機械があるということを知った怜士は、自分自身も魔法の使用を控える必要があると、実感した。


「じゃあ、先輩や他の退魔師が日頃から無意識に発している、素の霊力はどうですか? 探知されちゃいますか?」


 霊力を持つ者は、意識をしていなくても、その力を周囲に溢れさせている。そのため、力のある者同士が近付くと、互いを感じ取ることができる。これは、異世界の魔力でも同様だ。

尤も、


「そのくらいの霊力となると、探知は難しいと思うわ。あくまでも、戦闘行為か、それに準ずる行為の霊力の行使が探知の対象かしらね」

「へえ、それなら大丈夫です! 準備を始めますか!」


 琴音の言葉に、安堵の表情を浮かべた怜士はストレージリングからあるアイテムを取り出した。


「その道具は?」


 怜士が取り出したものは、三〇センチ大の石造りの四角柱で、その中央には透き通るような青色の水晶があしらわれている。


「これは俺が持ち込んだアイテムの一つで、『フォースハイダー』といいます。これを置くと、範囲内で発生する魔力が外へ漏れなくなる代物です。範囲野営の時とかにテントの中心に置くことで、外敵からの魔力探知を防ぐのに使います。俺が()()の力を使っても問題ないくらいに強力な道具です。それと、この道具はあくまで魔力を遮るだけなんで、中にいる人間の姿は外から丸見えです」

「成程。その道具の効果で貴方の魔力が魔討隊の連中に嗅ぎ付けられる心配がなくなるのは理解したわ。でも、私の霊力は駄目でしょう? 何かしたら、すぐにバレるわ」


 琴音の疑問は尤もだった。異世界の魔力に即した道具が、この世界の霊力に通じるとは限らないからだ。


「多分、問題無いと思います。一応、試してみましょう。何かあったら、俺が責任を取ります。先輩、ハイダーの傍にいて下さいね」


 怜士は琴音を誘導すると、設置したフォースハイダーに微量の魔力を注入した。この魔力が起動キーとなる。そして、怜士はフォースハイダーから五メートルほどの距離の場所に移動した。


「じゃあ、先輩。ちょっと霊力を放ってみて下さい」

「分かったわ」


 琴音は怜士の指示通り、霊力を発散するようなイメージで放出した。


「うん、思った通りだ! シルヴィアはどう?」


 怜士は、ニッっと笑い、自身の予想が正しかったことを確かめると、同じく離れていたシルヴィアに確認を取った。


「はい! 私も、霊力という力は感じられません。問題なく通用するようですね」


 シルヴィアも怜士と同様に、琴音が出す霊力を感知することができていない。つまり、これは、怜士の予想が正しかったことの証明となる。


「憶えてませんか? 初めて俺が妖魔と戦った時、俺は先輩の刀に魔力を吸わせることができました。で、妖魔もしっかりと祓えました。魔力が退魔師の道具に通用するなら、その逆も通用すると考えたんです! 細かいところはよく判りませんが、魔力と霊力は似ているみたいですね」

「私の霊力も貴方が異世界から持って来た道具に効果があるのね。本当に素晴らしいくらいのご都合主義ね」


 琴音の皮肉を込めた関心の言葉に怜士は苦笑いをした。


「力が外へ漏れないと言うのは理解できたわ。でも、貴方がさっき言ったように、このままだと外から修行の様子は丸見えになるわよ?」

「ああ、今日から始める修行は大丈夫です。ウチのブロック塀で十分な目隠しになりますよ。ハイダーの効果は六時間くらいありますけど、時間がもったいない! 早く始めましょうか!」

「私、修行の内容を知らないわ。何をするのかしら?」


 具体的に何をするのか、琴音は聞かされていないため、やや不安に感じている様子だ。魔力や霊力こそ、外部へ漏れないような工夫をしているにもかかわらず、目隠しなどは無い。ただの塀を利用するだけだと言うのだ。琴音がこれからの修行に疑問を抱き、不安になるのも頷ける。


「教える前に、先輩。何でもいいんで、霊術ってやつを使ってみてください。なるべく、ゆくっり」

「こちらは先に具体的な説明が欲しいのに……。まあ、いいわ。『蛍火』」


 琴音は怜士に言われた通り、ゆっくりと霊術を行使した。宙に向けた右掌から野球ボール程度の大きさの、光の玉が現れた。


「次はどうすればいい? これを貴方にぶつければいいかしら?」

「何で!? それは勘弁して下さい! もう充分です、ちゃんと見ることができましたんで」

「見る?」


 怜士の言葉を聞いた琴音は、指示通りに術の行使を止めた。すると、綺麗な淡い光を放っていた光の玉は霧のように消えた。


「さっき、魔力と霊力は似ているって言いましたよね? 退魔師の霊力の使い方と俺たちの魔力の使い方も近いんですよ。今、目の前で先輩に霊術を使ってもらって、それをじっくり見て確信しました。これなら、シルヴィアたちと同じ方法で修行できるはずです」

「シルヴィアさんと同じ? 彼女も異世界で貴方の手ほどきを受けているの?」

「はい、その通りです。私たちのパーティーのメンバーは、レイジ様に鍛えていただきました!!」


 琴音が視線をシルヴィアへ移すと、シルヴィアはゆっくりと頷き、肯定した。


「『魔力錬成』。これが今日から始める、メッチャメチャ大事な修行です」


いつもご覧いただきありがとうございます!

新しくブックマークや評価をくださった皆さん、ありがとうございます。とても励みになります。


※2022/8/15 誤字報告を頂きまして、修正しました。ありがとうございました。

※2022/8/16 部分的に修正をしました。(描写・説明不足を補いました。)

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