第74話 「この失態、どう責任を取るか?」と隊長は問い詰めた
~前回までのあらすじ~
母親、滅茶苦茶な提案をする。
先輩、元勇者宅に泊まることになる。
元聖女、元勇者のベッドで興奮する。
「昨夜はありがとう。朝食まで頂いてしまって、申し訳ないわ」
「いや、母さんが勝手に言い出してやったことなんで、俺は何も……」
琴音が志藤家に一泊した翌朝、琴音は早朝に志藤家を立つつもりでいたが、真奈美に引き留められ、そのまま朝食まで食べていくことになった。
「おば様、ありがとうございました」
「いいのよ、私が好きでやったことだからね。それより、“おば様”なんて!! なんて上品な響き!! やっぱり育ちのいい子が言うと、違うわねぇ」
“オバサン”などと呼ばれれば、烈火のごとく激怒する真奈美だが、琴音の“おば様”という言葉には心を震わせているようで、年甲斐もなく、照れている。
「じゃあ、志藤君。私、帰るわね」
「あ、家まで送りますよ」
「それは遠慮しておくわ」
怜士の申し出を断った琴音が指をさしたその先に居たのは、怜士の左腕に抱き着き、離れようとしない笑顔のシルヴィアだった。如何せん、昨晩の失敗が響いているようで、怜士と離れるつもりも、離すつもりもないらしい。怜士と一緒に眠れなかった分を取り戻そうとしているシルヴィアの瞳の奥には、執念の炎が燃えている。
「あ~、そうですね。分かりました。じゃあ、気を付けてくださいね。なんか、すみません」
「平気よ? 貴方からもらった道具もあるから。それじゃあ、私はこれで」
そう言って琴音は左腕に装着したプロテクトリングを怜士に見せると、そのまま歩き出した。
(先輩、何だか穏やかになったな。溜めてたものを吐き出したからかな? いい顔して笑うようになった気がする。うん、これで少しは俺への弄りも柔らかくなるな、きっと)
琴音の後姿を見送る怜士は、「琴音が優しくなるだろう」という淡い期待が、希望的観測に過ぎなかったことを実感する。
帰宅する道中、神経を研ぎ澄まして周囲の警戒をしていた琴音だが、特に誰かに監視されているような気配は感じず、無事に辿り着くことができた。何も無いに越したことはない。安堵の溜息を小さく吐くと、琴音はアパートの自室のドアを開けた。
(……変わったところは無い、か)
部屋の中も念入りに確認した琴音だが、こちらにも異常が無いことが判明した。
(魔討隊は昨夜の事後対応で手一杯だった? 先生が介入してくれた? いずれにしても、一旦は安心できるか)
琴音は、怜士から受け取ったプロテクトリングを優しく擦ると、小さく笑った。
(志藤君たちが力を貸してくれる。私は強くなれる……違う。私は強くなる。正しいと思ったことを自分で貫くために)
琴音の切れ長なその眼に、大きな意志の灯が宿った。
琴音が志藤家でシルヴィアによる治療を受け、目を覚ましたのとほぼ同時刻、魔討隊の本部にある会議室では、此度の作戦の報告がなされていた。コの字型に配置されたテーブルの左方に三人、右方に三人、中央に二人、計八人の人間が座している。
「え~御覧の通り、戦闘は迅雷の隊士三人がかりでも相手になりません。上位隊士三人を倒してもなお、余裕がある様子でした。銀仮面の男の戦闘力は少なくとも隊長クラスに匹敵するものだと考えられます。また、一瞬で姿を消し、和泉琴音を連れ去ったことから、何らかの高位の術を使用できるか、特殊な効果のある道具を所持しているかと思います」
壁面に設置された大型モニターには、銀仮面の男と魔討隊隊士の戦闘映像が流されており、モニターの傍で丸い眼鏡をした男が淡々と説明をしている。
丸眼鏡の男の名は、羽島藤二。諏訪野たち三人と銀仮面の男の戦闘の監視と記録、事後処理を受け持った魔討隊“烈風”所属の隊士だ。
「銀仮面の男に和泉琴音との何らかの接点があることは予想できますが、現時点で、彼女の周りの人間でこれほどの力を持つ者は確認されていません。これからすぐに情報収集を始めます」
「ありがとう、羽島君。下がっていいわ」
羽島は、茶髪のショートボブの女性にそう言われると、一礼をしてその場から数歩下がった。
モニターの映像が切られると、照明が灯り、薄暗かった会議室が明るくなった。
「いやあ、驚いたな! 諏訪野たちは迅雷でも指折りの実力者だ。そんな彼らがやられるとは、まったくもって驚きだ!!」
二メートルはあろうかという巨漢の、モヒカンヘアーの男が大声で喋った。その声の大きさに、隣の席に座っている魔討隊“猛火”所属の副隊長、宮島は顔をしかめながら両耳を塞いだ。
「……まるで見たことのない術だった。あんな術、退魔師に関するどの文献を見ても存在しない。恐らく、退魔師とは系統の異なるオリジナルの術だろう。スムーズに複数の術を並列に発動しているところも普通ではない。ああ、研究対象として、実に興味深い」
肩まで伸びた黒髪に、赤いラインの入ったバイザーを着けている男は、モニターで見た件の正体不明の人物に大変興味をそそられているようだ。
「使えないんだよ、沖田も三島も諏訪野もさ!! 俺ならあんな醜態は晒さない。動けなくなるまでぶちのめして、ここに連れてきて仮面を剥いでやるよ!!」
椅子の背もたれに体重をかけ、だらしなく座る金髪の若い男性。彼は自信満々に「自分なら勝てる」と言い放っている。彼こそは、魔討隊“迅雷”所属の退魔師にして同隊隊長を務める男、草薙誠だ。二年前、彼は史上最年少の十八歳にして魔討隊の隊長に就任した天才である。
「自分の隊の人間がやられたって言うのに、その言い草は何だ? まずは身を案じてやれ。隊長がそのような構えでは、部隊の先が思いやられるな」
「水嶋!! てめえ、もう一度言ってみろ!!」
「迅雷の先が思いやられると言った。同じ隊長とはいえ、私の方が年長だ。敬語くらい使え。お前を見ていると、迅雷の隊士の程度が低く見える」
「死にてえのか、水嶋ぁ……!!」
「ふん」
部下の敗北を何とも思わず、傲岸不遜な態度の草薙を蔑むようにして睨み付ける女性は、魔討隊“激濤”の隊長を務める、水嶋綾乃。彼女も高い実力を持って、女性でありながら隊長職に就いた才ある退魔師の一人だ。
「二人とも、今は隊長会議の途中ですよ? 喧嘩をしたいなら、外でやりなさいな。ね?」
小さな言い争いが一触即発の重苦しい空気を生み出した中、艶のある美しい黒髪を腰まで伸ばした女性が渦中の二人に向けて飛び切りの笑顔で優しく諭した。
「……ね?」
黒髪の女性が再び笑顔で念押しをすると、今にも水嶋に飛びかかろうとしていた草薙は渋々ながらも椅子に座り直し、水嶋は小さな声で「すみませんでした」と謝罪した。二人がそれまで纏っていた怒気というものは、既に霧散している。
この黒髪の女性の名は星崎未知留と言い、この道数十年の大ベテラン退魔師にして魔討隊“月光”の隊長を務める女傑だ。彼女に逆らうことのできる人間など、そうはいない。
(またいつもの喧嘩……。一言で止められる星崎隊長の力は偉大ね)
借りてきた猫のように大人しくなった水嶋と草薙を見て、茶髪のショートボブの女性は小さく溜息を吐いた。
彼女は魔討隊“烈風”の副隊長を務める、早見・アリシア・ケイト。日本人の父とイギリス人の母との間に生まれた、所謂ハーフだ。ある理由で隊長会議を欠席している隊長の代理として参加している。
「草薙」
ゆっくりと口を開いたのは中央のテーブルに、星崎の横に座る男性。彼は魔討隊“聖天”隊長にして魔討伐全てを束ねる最強の男、阿形千州。阿形の存在は魔討隊の象徴とも言えるだろう。齢六十六にしてなお、前線で戦い続けている彼が発するオーラは、星崎とは異なる重みや迫力が込められている。
「……はい」
流石の草薙も、阿形の前では言葉遣いが丁寧になるらしい。また、彼の額には冷や汗も見受けられる。それほど、阿形の存在は大きく、畏怖すべきものだということだろう。
「偶然遭遇した正体不明の銀色の仮面を着けた男。未知数の強大な力を持つ彼奴の素性や行動目的を調べることが急務だった」
阿形の問いに、草薙は無言で頷いた。
「本来なら、最初に接触した猛火が指揮を執って然るべきだったが、知っての通り、一ノ瀬の馬鹿たれは隊長の仕事を放棄して勝手に北海道まで遠征に行っておる。おまけに碌に連絡も取れん。副隊長の宮島に任せても良かったが、前例の少ない案件故に隊長不在の部隊にこの任務を振るのは憚られた。だから、今回は迅雷に任せた」
(あ~、耳が痛い! 胃も痛い! 阿形隊長、誠に申し訳ございません!!)
阿形の言葉を聴いた宮島は、自隊の隊長不在を申し訳なく思い、肩をすくめており、視線は机の下を向いている。
「猛火と並ぶ戦闘力を誇るのが迅雷という部隊だろう? それがいいようにあしらわれ、挙句、任務失敗とは情けない。草薙よぉ、この失態、どう責任を取るか?」
「沖田たちで充分だと思ったんだ! あの仮面野郎の実力が想定外だっただけで、次はこうはいかない!! ……です」
阿形の追及に、歯を食いしばりながら答える草薙だが、阿形の鋭い眼光に、徐々にその気概は削がれていっている。
「次はお前が出ろ、草薙。確かな成果を持ち帰れ。『俺ならあんな醜態は晒さない』と言っていたな? 吐いた唾は吞めんぞ。いいな?」
「も、勿論……です!!」
たじろぎながらも、草薙は見得を切った。日頃は軽薄で相手を馬鹿にした態度を取る草薙だが、阿形の威圧、迫力には敵わない。星崎とはまた異なる、畏怖すべき対象だ。
「ふむ。早見よ。同じように和泉琴音を餌にして、彼奴が出て来る可能性は?」
目線を横へやった阿形は、やや萎縮している早見に尋ねた。
「高いと思います。二人がどのような関係かは不明ですが、和泉琴音に危機が訪れれば、それを見捨てることはないでしょう。目標の出現は十分に有り得ます。ただ、不確定要素もあります。和泉琴音は間抜けではありません。我々の目的が仮面の男だということは流石に気付いているはずです。警戒して何らかの策を練るくらいはするでしょう」
「ふむ。何だ、不確定要素と言っても、その程度か」
不確定要素と聞いた阿形は目を細めたが、それはほんの一瞬のことだった。たかが経験の浅い琴音が講じる対策など、いくらでも潰す手があるという、自信に満ちた様子だ。
「出現が読めん妖魔を出しにするのも面倒だ。今度は和泉の家に圧を掛け、協力させる! 和泉の小娘には再び囮になってもらうか」
銀の仮面の男を引きずり出すには、接点があると思われる琴音を利用するのが最も手早く確実な方法だ。多少の警戒はされたとしても、支障なく目的を果たせると、阿形は踏んだようだ。
「草薙! 早見! 宮島!」
阿形の力強い声で急に名前を呼ばれた三名は、思わず席から立ち上がった。
「迅雷、猛火、烈風の三隊で協力して事に当たれ。三隊とも上位隊士十名以上を選出しろ。隊長三名もぶつける!! 和泉琴音を含め、何を囮にしてもいい。彼奴を引きずり出せ!! 包囲網を敷いて力で圧倒すればいいだけだ!! そして、宮島は何が何でも一ノ瀬の馬鹿を一週間以内に連れ戻して来い!!」
「は、はいぃっ!!」
草薙と早見は、阿形の顔をじっと見つめ、ゆっくりと頷いた。宮島だけは、一ノ瀬を探して連れ戻すという仕事が新たに与えられたため、甲高い声で返事をした。
「俺の隊は!? 俺の出番は!?」
自分の隊の名前が呼ばれなかったモヒカンヘアーの男、魔討隊“崩山”の隊長である香坂源五郎はキョロキョロと辺りを見回しながら、阿形に大声で尋ねた。
「お前は留守番だ、香坂」
「ななっ、何故ですか!?」
「お前の戦い方は、市街地での戦闘には向かん。後始末に骨が折れる」
「そんな!?」
香坂は、両手で頭を抱え、いかにも愕然とした様子を醸し出した。その巨体に似合わぬコミカルな動作だ。それを見た星崎はクスクスと笑っている。
「早見。早見への伝達を頼むぞ」
「ええ、承知しています。一応、ややこしいので名前で呼び分けてもらえませんか?」
「ああ、すまんな。」
大して気の入っていない阿形の返答に、早見は「直す気はないだろうな」と見切りをつけ、見つからないように小さな溜息を吐いて、天を仰いだ。
「隊長会議はこれにて終了とする。次の作戦の決行日は一週間後だ。それまで各自、準備を整えよ。星崎、すまんが、和泉に書簡を送れ。『娘を呼び寄せろ』と。理由は納得できるようなものをあちらに考えさせろ」
「はい、分かりましたよ、阿形隊長」
星崎のその声が会議解散の合図となったようで、隊長や副隊長たちはぞろぞろと会議室を出た。特に、不在の隊長を呼び戻すように命じられた宮島は、電光石火の猛スピードで部屋を出ている。そんな中、未だ座席に座ったまま、動こうとしないものが人だけいた。
(くそったれがっ!! 許さねえぞ、この野郎!! 必ず俺がぶっ殺してやるからな、仮面の男ぉ!!)
己が優秀で大変な実力者であるという自負のあった草薙は、隊士の敗北による任務失敗の責を問われ、阿形から叱責を受けた。言い訳もままならず、黙って失態を受け入れるしかないこの状況は、プライドの高い彼にとって苦痛以外の何物でもなかった。
今回、新登場のキャラクターがたくさんいます。誰が誰なのか、分かりづらいと思いますので、近いうちに「登場人物紹介」を更新します。
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