第73話 「夜道は危険よ?」と母親は心配した
~前回までのあらすじ~
元勇者、先輩の家路を心配する。
元勇者、アイテムを授ける。
元聖女、拗ねる。
「盛り上がってるところ悪いけど、アンタたち。今何時だと思ってんの!? 遅いから、取り敢えず今日はもう、泊まっていってもらいなさい」
「へ?」
真奈美の不意の呼び掛けに、怜士はいつも通りに間の抜けた表情で反応した。
息子が通う学校の生徒とはいえ、素性の知れない人間をあっさりと一泊させようとする母親に怜士は愕然とした。志藤真奈美という女性は、「異世界から来た」と言う少女を簡単に家に住まわせることを許した人間だ。この程度はいとも簡単に容認するだろう。
「だ~か~ら~! 今日はウチに泊まってもらいなさい!」
真奈美がリビングの壁掛け時計を指さした。時刻はもうすぐ二十三時になろうとしている。この時間になると、退魔師云々関係なく、女子高生を夜道に放り出すことは、真奈美も一人の大人として憚られる。
「いえ。私、帰ります。本当に、ご迷惑になりますから」
「子どもが遠慮しないの! 夜道は危険よ? いろんな変態が襲ってくるかもしれない!!」
(そこらの変態くらい、先輩なら秒でフルボッコだろうなぁ)
琴音も気を遣い、丁重に真奈美の申し出を断るが、真奈美は聞く耳を持たない。
「いえ、大丈夫ですから!!」
「母さん、無理強いは流石に……」
気を失って倒れた琴音の介抱のために一室を一時的に提供した上にそのまま宿泊するなど、厚かましいことこの上ない。琴音も引くに引けず、押し問答が続いた。
「いやあ、私が車の運転ができれば送ってあげられるんだけどねぇ。何しろペーパー歴十七年だから!!」
「胸を張って言うことか!!」
右手でゴールドに輝く運転免許証を提示し、左手でブイサインをする真奈美を見て、怜士は絶句した。「アクセルとブレーキ、どっちがどっちだか忘れちゃった。アハハ」という呟きは、琴音と怜士に眩暈を起こさせた。
(流石は志藤君のお母さんね。変わってるわ。これはもう、諦めてご厚意に甘えるしかない?)
(母さんが車を運転する機会があったら、絶対に乗らないようにしよう……)
「さあ! 泊っていきなさい!! もう決定事項よ!! いいわね?」
「…………はい、お世話になります」
一気に脱力し、何もかもを諦めた様子の琴音は降参し、真奈美の提案に従った。
「いや、母さん! 泊まってもらうにしろ、部屋はどうするの!?」
ここで怜士が問題に気付いた。
居候として既にシルヴィアが居るため、今の志藤家に空き部屋はもう無いのだ。
「あ~、そうねぇ。ちょっと片付けるのに時間が掛かるかぁ。まあ、一晩だもの。よし、怜士! アンタ、今日はリビングのソファで寝なさい。で、巫女ちゃんには、アンタの部屋で寝てもらおうじゃないの!!」
頭をポリポリと掻きながら真奈美は天井を見上げ、数秒程度考え込むと、怜士達にとってはとんでもない提案をした。
「何を言ってんだ、この人!?」
「み、巫女ちゃん……」
自分の部屋に先輩を、女性を寝かせるという無茶な提案に仰天する怜士。そして、琴音は「巫女ちゃん」などという愛称で気安く呼ばれたことにうなだれた。
「勿論、シーツは全部交換するし、消臭剤も嫌と言うほど吹きかけるから大丈夫!!」
「えっ!? 俺、そんなに匂う? 今、俺の心は大丈夫じゃなくなったよ!?」
サムズアップして満面の笑みでいる真奈美の一言に傷付く怜士。
「ハア。俺はリビングのソファでいいから、母さんが俺の部屋で寝てくれよ! で、先輩は母さんの部屋で寝てもらえばいいよ!! 女性同士だから、気兼ねしなくなるでしょ? ほら、全部解決だ!!」
「馬鹿ね、アンタ。私の部屋で寝るなんて、巫女ちゃんが気を遣っちゃうでしょう? アンタの部屋なら、変な気遣いはしないと思うわ。馬鹿ね、アンタ」
「そういう問題じゃなくて、男の部屋のベッドに華の女子高生が寝るっていうのが問題なの!! 気を遣うとか以前に、普通に先輩がとっても嫌がるでしょっ!! てか、何で馬鹿って二回も言った!?」
「あ、あのっ!! それでしたら、私がソファで寝ますので、お気遣いなく!!」
琴音は、口論がヒートアップする志藤親子に割って入った。自分がリビングで一夜を明かし、志藤家の住人は各々の部屋で眠れるという手段を取れば、このくだらない争いはスッと収まるのだ。
「いいから、いいから。黙って私の言う通りにしなさい。巫女ちゃんはお客さんなんだから!!」
「お客さんをもてなすつもりなら、こんな意味不明な提案は取り下げてくれ!!」
琴音の意見は無視し、彼女にウインクをする真奈美。そのまま息子も無視して、勢いのままに準備を進めようとするが、その瞬間、彼女の背後に冷たい風が吹いた。
「ふふっ、マナミ様」
「何、シルヴィアちゃ、ん……」
笑いながら自身の名を呼ぶシルヴィアの声に反応し、真奈美は恐る恐る、ゆっくりと後ろを振り向いた。
「誰が誰の部屋で寝るのですか?」
「そ、そこの巫女ちゃんが怜士の部屋に——」
シルヴィアが抑揚の無い声で淡々と述べるので、気味の悪さを憶えながらも真奈美はそれに答えようとする。しかしながら、彼女の言葉は、シルヴィアによって遮られる。
「うん? 私としたことが、聞き漏らしてしまいました。もう一度言っていただけますか、マナミ様?」
「あのね、そこの巫女ちゃんを怜士の――」
「もう一度言っていただけますか、マナミ様?」
「ご、ご、ごめんなさい!! ままま、間違えたわ。そそそ、そうよね、巫女ちゃんは女の子だもんね! 怜士の言う通り、男の子の部屋になんて泊められないわ!! わわわ、私としたことが、そそっかしいから間違えちゃった!!」
満面の笑みで語り掛けるシルヴィアに恐怖を禁じ得ない真奈美は一秒かからずに降参し、謝罪した。そして、自分の考えこそ誤りであり、怜士の主張が正しいと述べたのだ。真奈美はうっかりを装い、頭に右手を軽く乗せ、「参ったなぁ~」などと言いながら、年甲斐もなくポーズを取った。
「よよよ、よし! こうしましょう! 私は私の部屋のまま! 怜士はリビングで、巫女ちゃんはシルヴィアちゃんの部屋! で、極めつけにシルヴィアちゃんは怜士の部屋で寝る!! うん、これならバッチリねっ!!」
「何を極めつけるんだ!?」
身の危険を悟った真奈美は、シルヴィアが納得するであろう解を導き出した。シルヴィアの怒りを収めるには、彼女が怜士の部屋で寝るべきだという特典を与えることが重要だ。この一か月の暮らしで真奈美はそれを学んでいる。賞賛すべきは、怜士とシルヴィアを一緒に寝かせるような提案をしなかったことだ。保護者として、一線を越えさせたくないという気持ちが作用したらしい。
「だから、私はソファで――」
「何か問題でも? イズミ様?」
一睨み効かせたシルヴィアによって、琴音はそれ以上の反論を封じられ、止む無く、先程まで寝かされていたシルヴィアの部屋で再び寝ることが決定した。
「だから何だよ、このヘンテコお部屋交換は!?」
怜士の意見など、今更通るはずもなく、傍らにいたシルヴィアは上機嫌で支度を始めていた。
「レイジ様のベッド。レイジ様のベッド。レイジ様のベッド。レイジ様のベッド。レイジ様のベッド。レイジ様のベッド。レイジ様のベッド。レイジ様のベッド。レイジ様のベッド。レイジ様のベッド。レイジ様のベッド。レイジ様のベッド。レイジ様のベッド。レイジ様のベッド…………」
「あ、これは駄目なパターンだ」
「志藤君。貴方も大変ね……」
いつも自分を揶揄って遊ぶ琴音が、肩に手を置いて本気で同情の念を寄せたことに、怜士は動揺を隠せなかった。
怜士のベッドの中で彼の匂いに包まれながら夢の世界へと旅立ったシルヴィアは幸福だった。しかし、翌朝になって、怜士の部屋で怜士と一緒に同じベッドで寝るように提案すれば良かったということに気付き、肩を落として酷く落胆した。
(次こそは、レイジ様と一緒に!!)
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※2022/08/09 部分的に修正をしました。




