第72話 「もう少し考えて行動して欲しいわ!!」と先輩は責めた
~前回までのあらすじ~
先輩、事情を話す。
先輩、協力を頼む。
元勇者、先輩の手を取る。
自らがどうしたいのか、思いの丈を怜士やシルヴィアに述べた琴音の様子はどこか欣然としていた。そこからは他愛もない雑談を交えながら、数日後に修行を見てもらう約束を琴音は取り付けた。
「長居してしまっては迷惑ね。今日はありがとう。そろそろ失礼するわ」
「ちょっと待って下さい。普通に帰るんですか? 俺、心配事があるんですけど」
「心配事?」
志藤家への迷惑を考慮して立ち上がった琴音だが、彼女は怜士によって呼び止められた。
「今日、先輩から聞いた話だと、先輩の親御さんや親戚の人は勿論、魔討隊の連中も先輩が住んでるアパートの場所を知ってるんじゃないですか? 待ち伏せとか夜襲とか、平気で起こりそうな気がするんですけど……」
怜士には懸念があった。魔討隊のやり方は目的のために手段を選ばず、周りを顧みない。そのため、自分と琴音の関係性をさらに調べるため、今度は琴音の住まいを襲撃するのではないかと考え、不安に苛まれているのだ。
「そうね。でも、今日のところは大丈夫だと思うわ」
「どうしてですか?」
「今頃、貴方がぶちのめした三人は回収されて治療を受けているはずよ。貴方が確認した監視役があの場に居たといっても、実際に戦闘をした人間から聴取できなければ次の手を打つことはできないと思う。情報が何よりも武器になるのは退魔師の世界でも同じよ? やることは無茶苦茶だけど、次から次へ戦闘要員を考え無しに派遣するほど馬鹿ばかりじゃないわ」
怜士は琴音の分析を黙って聴きいれた。彼女の言うように、報告も無しに次の手を見境なく放つのは組織としてはあまりにも浅はかで愚かな行為だ。
「でも、今日は良くても、この先は?」
「そうね。直接襲って来ないという保証はない。いくら先生の後ろ盾があっても、それにも限界はあるわ。同じように、いつまでも貴方に護ってもらうことだってできない。でも、自分の身くらい自分で守る。家にはそのための準備だってしてあるもの。心配に思うことなんて何も無いわ。だから、今日はこのまま帰るわ。ああ、でも、エスコートくらいならお願いしてもいいかしらね」
最後に冗談交じりで怜士を煽る琴音だが、この調子こそがいつもの琴音だ。それを感じ取った怜士は、口元をふっと綻ばせた。
「これからは貴方にそんな心配を掛ける必要も無いくらいに強くなるもの。大丈夫よ」
力強い意志のこもった琴音の眼差しは、怜士に強い決意を訴えていた。
「分かりました。でも、用心は必要だと思います。先輩、これを試しに使ってみてくれませんか?」
怜士はストレージリングから、幾何学模様の刻まれた銀色のブレスレットを取り出し、琴音に手渡した。
「これは?」
「異世界のアイテムの一つです。こいつは『プロテクトリング』といって、中に込めた魔力を消費して、強固な防壁を張ることができる防御用のアイテムです。今日みたいなことがこの先に起きてもいいように、持っておいてもらえればと思って」
「防壁、ね」
胡散臭く思うのか、琴音は受け取ったプロテクトリングをまじまじと見つめ、リングの穴を覗き込むようにして見たり、模様をなぞるように触った。
「……それで、これは私にも使えるの?」
琴音の疑問は至極当然のものだった。
怜士の持つ異世界由来の数々のアイテムは、異世界で力を授かった怜士や、異世界の元々の住人であるシルヴィアだからこそ使いこなすことができると判断するのが自然だ。
「イケると思います……多分、恐らく、きっと。だから、最初に“試しに”って言ったんですけど」
アイテムを勧める怜士本人も自信が無いように見られる。異世界の魔力と現代世界の霊力。怜士が琴音と初めて出会った時、彼女の刀に魔力を吸わせることに成功し、妖魔を祓うことができた。魔力を退魔師の道具に通せたのであれば、その逆も然りであるというのが、怜士の予想だった。
「自信なさげね。でも、いいわ。志藤君を信じる。どうやって使うのかしら?」
「まず、リングを腕にはめずに、手に握ったままの状態で霊力を込めてみてください。片手でも、両手でも構いません」
琴音は左手でリングを握り、息を大きく吸うと、霊力を込め始めた。臆することも、焦ることもなく、普段通りに霊力を込めた。
(これはっ!? 凄い勢いで霊力が吸われる!!)
予想通り、異世界の魔法アイテムに琴音の霊力を込めることは成功した。しかし、プロテクトリングに吸われた琴音の霊力量は、彼女にとって決して少ないものではない。予想以上に霊力を吸われた琴音は、プロテクトリングをテーブルの上にまごつきながら置いた。
「はあ、はあ、はあ。驚いたわ。使えそうなことは判明したけど、かなりの霊力を持って行かれた……」
「す、すみません! そう言えば、これ、魔力が結構要るんでした!!」
「もう少し考えて行動して欲しいわ!!」
「すみません!!」
肩をすぼめて、怜士はただただ謝った。折角、傷が癒えて体力も回復した琴音が今度は霊力の消耗でフラフラになっている。これではシルヴィアの労も報われない。
「いいわ。志藤君も悪気があってやった訳ではないことくらい理解しているつもりだもの。それより、使用法や効能は?」
「そんな、薬みたいに……。えっと、今度はリングを腕にはめた状態でまた同じように霊力を流してください」
「……また霊力が吸われるんじゃない?」
目を細めた琴音は、怜士を訝しむようにじっと見つめた。
「大丈夫です。腕に付けた状態ならエネルギーの貯蔵は起きません。流した霊力や魔力が鍵のようなものになって、溜められたエネルギーを変換して使用者の周囲に防御壁として展開されます。素敵なご都合仕様なんです!!」
琴音は怜士に言われた通り、腕にプロテクトリングをはめ、再び霊力を慎重に流した。すると、リングから淡い緑色の光が漏れ出し、琴音の周囲を球状に包んだ。まるで、琴音が緑色のボールの中に閉じ込められたようだ。
「凄いわね、これ」
展開された防御壁を内側から触る琴音の口から感想が漏れた。
「このプロテクトリングの凄い所は、使用者の能力に左右されずに一定の防御力を必ず発揮できるところです」
怜士がつらつらとプロテクトリングについて補足説明を行った。これに対して琴音は、最大稼働時間、再使用までのクールタイム、展開中にも霊力を注ぐことができるかなど、いくつかの質問をした。
一方で、怜士が琴音の質問に答えている光景を見たシルヴィアは、向こうの世界での旅の記憶を思い起こしていた。
(そう言えば、リングへの魔力注入は、上級魔法使いであるソーニャさんはそれほど苦痛に感じていませんでしたが、保有魔力量の少ないアルムさんが試しに魔力を注入すると、何度も倒れていましたね。ふふっ。『俺はこんな道具で身を守る必要は無い! この鍛え上げた鋼の筋肉がそもそも絶大な防御力を持っているのだあ!!』なんて叫んでいたのが懐かしいですね)
プロテクトリングはシルヴィアにとって珍しいアイテムではない。異世界での冒険の時に、仲間たちが愛用していたため、見慣れたアイテムだと言える。リングに魔力を注入して貯蔵する際に、一部の使用者が脱力して目を回す光景に彼女は懐かしさを感じた。
(おや? イズミ様は大きく疲弊していますが、逆に言えば、その程度で済ませることができているということ。つまり、イズミ様の持つ力はソーニャさんのような上級魔法使いのそれに及ばなくとも、それに近い段階にあるということですね)
気を失うことなく、疲労感に苛まれながらも怜士と話を続けている琴音の様子を見たシルヴィアは感心した。和泉琴音は魔討隊の人間との戦闘では苦汁を味わうことが多いというのが、シルヴィアの理解だ。
(こちらの世界の退魔師という方々の戦闘力の基準がまだ私には計りかねますが、イズミ様は鍛え方次第で恐らくは……)
シルヴィアはまだ退魔師と接敵しておらず、実際の彼らの強さを肌で感じていない。規格外の力で常に圧勝する怜士の話が当てにならないことをシルヴィアは向こうの世界で散々思い知っている。しかし、プロテクトリングという、シルヴィア自身も覚えのある道具が基準を示すのであれば、朧気ながら見えて来るものがある。
「先輩。一応、今日からこれをいつも身に着けて下さい。いつ魔討隊とやり合うことになるか分からないですからね」
形はどうあれ、琴音が怜士から物を贈られたことに変わりはなく、シルヴィアにとってそれは決して面白いものではない。
(むう……。私にはリングは必要ありませんから仕方のないことですが! やっぱり何だか悔しいです! ええ、そうです! 私はレイジ様の恋人です! 優先されて然るべき存在なのです!)
回復や防御に秀でているシルヴィアはプロテクトリングなど、必要無かった。道具に頼らずとも、同等以上の効果を効率良く自分の魔法で再現できたからだ。
頬を膨らませながら自分を見つめるシルヴィアの視線に気が付いた怜士は、一瞬、身震いしたが、すぐに状況を理解した。
(あ、しまった。シルヴィアが拗ねてる)
シルヴィアの機嫌を取るために後日アクセサリーをプレゼントするも、それが梨生奈に伝わり、今度は梨生奈が拗ねてしまい、大変な思いをすることになる未来を、怜士はまだ知らない。
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