第71話 「一緒に戦いましょう!!」と元勇者は手を差し出した
~前回までのあらすじ~
先輩、過去の事故の説明をする。
先輩、真実を述べる。
元勇者、憤る。
元聖女、苦笑いして引く。
琴音の脳が冷静さを取り戻たところで、話は再開された。
「……取り乱したわ。ええと、どこまで話したかしら? そうそう、魔討隊や親類たちに暴言を吐いたところまでね。そんな態度をとったために、私の魔討隊への参加はその日のうちに無くなったわ。まあ、当然ね。それは有難いことだったけれど、その後が問題だったの」
「その後?」
「ええ、何度も言うけど、私の家は大きな力を持つ家なの。そんな家の人間が命令違反に加えて、誰彼構わずに酷く悪態をついたのだから、とても大きな問題になったわ。和泉の家は体裁を保つために、何らかの責任を取る必要があった。周りの人間の誰しもが納得をするような形でね」
「それは……?」
シルヴィアは琴音に尋ねた。シルヴィアは王族の生まれ故に、権力や立場のある者が責任を取るための手段が何なのか、ある程度の見当がついているらしい。
「私を切り捨てるというものよ」
「はあ? き、切り捨てるって、一体どういうことですか?」
「そのままの意味よ」
しかめっ面で問う怜士に対して琴音は、至って冷淡に答えた。シルヴィアは予想が的中したようで、小声で「やはり、そうですか」と呟いた。
「家を追い出されたの。簡単に言えば追放ね。だから、ここ二年くらいは実家に一ミリも足を踏み入れていないわ。歯向かった私への罰よ」
いつも怜士を揶揄う時の、わざとらしい笑みを浮かべて話す琴音を見た怜士とシルヴィアは、ただただ唖然とする以外に何もできなかった。
「ん? 初詣の時、巫女服を着た先輩を神社で見たことあるって言ってた後輩の子がいるんですけど……」
以前、優斗が言っていたことを思い出した怜士は、その疑問を琴音にぶつけた。
「言ったでしょう? 追放されて二年は和泉家の敷居を跨いでいないの。その後輩君とやらが見たのは、恐らく三年前の、魔討隊に参加する前の私でしょうね」
「ああ、そういうことか。……っていうか! それじゃあ、先輩は今、何処で暮らしてるんですか!? 生活費は!? 学費は!? 健康保険証は!?」
怜士の顔が真面目な顔から驚き顔へと一瞬で変化し、普段通りの馬鹿馬鹿しい発言もしたものだから、琴音は少しだけ面喰ってしまったようだが、彼の疑問も尤もであるため、それに答えた。
「小さなアパートの一部屋をあてがわれたわ。退魔師のことを抜きにしても、和泉の家は世間的にとても有名だもの。放逐された私が野垂れ死んだら、和泉の体裁は最悪でしょう? 一応、生活費だって毎月、雀の涙程度のものを受け取っているわ。雀の涙程度のものを」
「いや、二回も言わなくても」
具体的な金額こそ判らないが、琴音の態度を見るに、本当に最低限の支援しか受けられていないことが察せられる。
「厳しいように聞こえると思うけど、一応、援助してくる人が別にいるから何とかなっているわ」
「え、えええ、援助ぉ!? せ、先輩! もしかして、得体の知れない怪しい中年男性と何らかの怪しい交遊活動でもしてお金を受け取っ——」
「そんなことあるはずないでしょ!! 馬鹿!! 貴方、失礼よ!!」
「ごめんなさい!!」
怜士としてはふざけているつもりはなく、大真面目に心配したつもりだったが琴音の怒りを買ってしまったらしい。琴音にしては声量の大きい食い気味の発言に、怜士はビクついてしまい、硬直した。
琴音は乱れた呼吸を整えると、再び話し始めた。
「和泉家の人間ではない、ある退魔師の人がいて、その人に援助してもらっているの。昔から和泉家に出入りしている人でね。指南役とでも言えば理解し易いかしら? 私は退魔師の力の使い方や戦い方をその人から学んだわ。その人はこんな私でも擁護してくれるの」
「いるんですね。イズミ様とともに歩んでくれる人が」
「ええ。私の尊敬する、自慢の先生よ」
そう言って、シルヴィアに小さな笑みを浮かべる琴音の表情は、この日で最も柔和なものだった。
(知らなかった。先輩がそんな状況の中にいたなんて。でも、納得か。だからこそ、あんな態度でいたのか)
家を追い出され、最低限の生活を強いられている琴音の実情を、怜士は漸く知ることができた。琴音が正直に、全てを話そうとせず、中途半端な態度で誤魔化していた理由にも納得がいった。
「その先生という人が先輩を助けてくれていることは分かりました。でも、追放された先輩に対して援助なんかしたら、その先生の立場も危うくなるんじゃないですか?」
追放された身である琴音を庇うような真似をすれば、確かに、その先生なる人物の立場も危ぶまれるだろう。他人に構う余裕があるのか、怜士には疑問だった。
「志藤君の疑問も尤もね。確かに、私への援助をするとなると、リスクが大きいわ。隠し通すことも容易ではないわ。普通なら、先生にも何らかの嫌がらせや罰くらいあるはずね」
「その言い方だと、先生っていう人は“特別な人”なんですか?」
「先生は、和泉のような大きな家の出身ではないけれど、高い能力とこれまでの数々の功績によって、大きな影響力を持つ人なの。交友関係も広いから、和泉家や魔討隊だって易々と圧力をかけられない」
琴音の先生は、後ろ盾としてこの上ない人物だったらしい。そのような人物の力添えがあれば、多少はまともな暮らしができるだろうと、怜士は感じた。
「力のある人と懇意にしていたことが救いだったわね。ただ……」
溜息を吐く琴音の表情に影が差した。これには怜士とシルヴィアも目を細めた。
「家からは生活費諸々の対価として、妖魔の討伐を強制的に回されているの。私一人でどうにかできるかどうかという、ギリギリのラインの討伐をね。それで、討伐を果たせずに困った私が泣きついて許しを請うのをウチの家の人たちは待っているの。これもまた私への罰ね」
ケロリとして「罰」と言い放つ琴音を見て、怜士とシルヴィアは何の言葉も出ない。
「私も意地になって、死に物狂いで妖魔討伐に臨んだわ。吐いた唾は吞めない。私の信念を通すためにも。遺憾ながら、志藤君が持つ私の印象って、“やられ役”になっていると思うけど、こう見えても私、才能があるのよ? 少しくらい手強い妖魔が出ても、私一人で何とかできるの。でも、ある日、油断して上位の妖魔の攻撃を受けて怪我を負ってしまった。どうしても家に泣きつくなんてことはできないから、怪我を押して妖魔にリベンジを果たそうとしたの。でも、不全とも言える状態ではまともに戦えない。結局はピンチになったわ。そうして諦めかけていた時に現れたのが貴方だったのよ、志藤君」
怜士が魔力と似た不思議な力を感じ取り、初めて妖魔と対峙し、初めて琴音と出会ったあの日の出来事。異世界から帰還して間もない時期で、現代日本にも魔物のような超常の存在がいることを知った、あの日の出来事を、怜士は今でも鮮明に憶えている。
「あの時は本当に驚いたわ。手負いといえ、私が手も足も出なかった一級の妖魔をまさかの秒殺。その後だって、隊長格でないにしろ、魔討隊の奴らも圧倒して簡単に打ち倒すんだもの。そんな凄い力の持ち主が身近にいたことを知ってしまえば、力を借りようと……利用しようと思うのも必然だった。でも、そんな考えは間違っていることに気付いたわ。それは私の身勝手で、貴方から平穏を奪うことに繋がるから。だから突き放したのに、貴方は、お人好しの貴方はまた私を助けてくれた……」
膝の上に置かれていた琴音の手は、いつの間にか握り拳を作っており、その拳は、強く強く強く、今にも血が滲み出そうなほど力が込められている。
「志藤君。退魔師でもない貴方に頼むは最低の行為だと思う。でも、恥を承知で貴方にお願いします。一級以上の妖魔の相手をするにも、魔討隊の経験豊富な隊士たちの相手をするにも、私は実力が足りない。このままだと、本当に守りたいと思うものを護れない。救いたいと思うものも助けられない……」
ギリリと、歯を食いしばった琴音は勢いよく立ち上がった。
「妖魔との戦いに誰も傷付く人を、犠牲になる人を出さないという理想を、少しでも現実に近付けるために!! だから、だから、私に力を貸して下さい!!」
いつも落ち着いていて、決して感情を強く表に出さないと思っていた琴音が、目に涙を浮かべ、唇をひたすら強く噛み締めながら頭を下げるという、恥も外聞も無い無様な姿を見せた。
「頭を上げて下さい、先輩」
優しく声を掛けられ、言われた通りに顔を上げると、琴音の目に映ったのは、力強い眼差しで自分を見つめる、後輩の男子だった。
「前にも言ったように、俺は『巻き込まれた』とか『嫌だ』とか、何とも思ってません。俺の力が先輩のためになるなら、多くの人たちのためになるなら、喜んで力を振るいますよ? 今日、先輩の話を聴いて、俺も自分のやるべきことが分かった気がします」
「やるべき、こと?」
声を枯らしながら、琴音は怜士を見据えて問うた。
「戦うことです。異世界から帰って来た俺に、向こうで与えられた勇者の力が残っていたのは何でだろうって、ずっと考えてました。その答えがやっと出ました。この世界でもみんなのために戦って、一人でも多くの人を護るためだって確信しました」
力強く、覇気と勇気に満ちた怜士の声は、日本に住むただの男子高校生のものではない。正しく「勇者」のそれだった。
「向こうの世界とは勝手が違うから、思い通りに行かないことや苦労することがたくさんあると思います。でも、大丈夫です! 俺の力はどんな困難でもブチ破る最強の勇者の力だから!」
怜士は自らの傍らにシルヴィアを抱き寄せた。突然の出来事に驚くシルヴィアだが、すぐに彼女の表情は喜色に満ちた。
「シルヴィアだっています! “元”が付きますけど、グランリオン最強の勇者と聖女がいるんです。誰にだって負けませんよ? まあ、俺もぶっちゃけると、魔討隊のやり方が気に入りません。味方をするなら、先輩側です。和泉琴音さん。俺たちで、護るべきものを護るために、一緒に戦いましょう!!」
そう言って、笑顔で手を差し出す元勇者と元聖女。退魔師の少女はその手をそっと取ると、強く、強く、握った。
「ありがとう……これから、宜しく、お願いします」
彼女は、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、懸命に絞り出した声で二人に想いを伝えた。
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