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第70話 (うあ、シルヴィアが引いてるよ)と元勇者も引いた

~前回までのあらすじ~

先輩、元聖女の回復魔法に驚愕。

元聖女、ご機嫌!!

先輩、説明を始める。

「終わりました。これで先輩に言われた調べ物、全部オーケーです」

「ありがとう。一つ一つ、順番に見て欲しいの」


 怜士が印刷した用紙をテーブル上に並べると、琴音はその用紙をそっと手に取った。


「これを見て。一九七九年十月八日に起きた、『足塚鉱山落盤事故』。落盤によって鉱山で作業をしていた作業員十三人が亡くなった、大きな事故よ」

「あ~、すみません。知らないです……」

「当然ね。貴方は勿論、私だって生まれてすらいないもの」


 学校の教科書に載るほどの、歴史を揺るがすような大事件、大事故であれば、怜士も耳にしたことはあるかもしれない。此度、琴音が手に取った事故は、当時こそ世間を賑わせたかもしれないが、今では風化しかけていると言える。


「次はこれ。一九八八年六月二十二日に起きた、『宮田繊維工場爆発事故』。機械の故障によって発火したと言われているの。こちらは夜間に起きたこともあって、運良く負傷者や死者はゼロ。その代わり、工場は跡形も無く燃え尽きた。その次はこれ。二〇〇六年九月二十三日に起きた水難事故、『アクアマリンみやび沈没事故』。突如として、船体が大爆発を起こして、あっという間に船が沈没した二十一世紀最大の水難事故よ。乗員乗客合わせて四百十二人が死亡もしくは行方不明になったの。近くを通りかかった漁船が海上に投げ出された人たちを救助したらしいけど、それでも生存者は十七人だったそうよ」

「これは知ってます。テレビで特集番組がやってるのを見たことがあります」


 その後も、怜士は琴音の説明を聴きつつ、プリントアウトした資料のすべてに目を通した。異世界人のシルヴィアは、怜士よりも事件や事故についてピンと来ていない様子だが、多くの負傷者や死者が出たという事実には胸が痛んだようで、沈痛な面持ちをしている。琴音が怜士に用意させた資料は全てが何らかの事故についてのものだった。それからも琴音は淡々と口を動かし、話を続けていく。




「――これでひとまずはおしまい。さて、志藤君。何か気付いたことはあるかしら?」


 琴音が、資料を片手に話を始めてから十分程が過ぎた。話を終えた琴音は、じっと怜士を見据えて問うた。


「どの事故も規模や状況はバラバラですけど、これってみんな、妖魔や退魔師が関係してますか?」

「ご名答」

「やっぱり」


 怜士の推測は正しかった。態々、パソコンで調べた事柄をプリントアウトして、一つずつ説明されれば、嫌でも見当がつく。それは、怜士だけでなく、隣にいたシルヴィアも同様だ。彼女にしては珍しく、顔をしかめている。


「どれもね、妖魔が悪さをしていたの。各地で暴れていた妖魔は一体や二体じゃなく、数十体単位の規模だったと聞いているわ。低級の妖魔でも、数に任せて悪さをすれば、当然、一般の人への被害も大きくなる」

「そうなると流石に無視はできないですよね」

「その通りよ。妖魔討伐のために、当時の魔討隊の人間が送り込まれたの。でもね、奴らが取った手段は最悪だった」

「最悪と言うと、まさか……!?」


 何かに気付いた様子の怜士は、恐る恐る琴音に訊ねた。琴音は、目を伏せながら答える。


「一体の妖魔も逃さないため、大規模霊術での殲滅作戦を実行したの」

「大規模霊術……」

「殲滅、ですか」


 琴音の言葉を聞いた怜士とシルヴィアは唾を飲み込んだ。


「自然や建物の破壊なんて気にも留めない、一般人への被害すらも最初から考慮しないという、オマケ付きでね」

「そんな馬鹿な!! それじゃあ、この事故の犠牲者は!?」

「そう。魔討隊の攻撃の巻き添えになって命を落としたのよ。その死は、あくまでも事故ということで処理されたの」


 琴音の言葉を聞いた怜士は、その耳を疑った。「一般人を巻き込んで、妖魔を討ち払った」というのだから。


「いくら何でも滅茶苦茶だ! 確かに、妖魔の存在は厄介だ! 放っておいたら、多くの人間が苦しむことになりますよ!? でも、だからと言って、妖魔を倒すために関係ない人が犠牲になるなんて、おかし過ぎますよっ!!」


 先程までソファに掛けていた怜士だったが、怒りによる興奮のあまり、立ち上がってしまっている。隣に座っていたシルヴィアは、怜士の怒気にあてられて、硬直している。


「落ち着いて。志藤君。それに、残念だけど、これらはもう既に終わってしまったこと。ここで騒いだところで、失われた命は一つも戻らない」

「くっ!」


 怜士はギリッと、強く歯を軋ませた。悔しさが溢れるが、琴音の言う通りだったからだ。


「気に入らないのは私も同じ。妖魔の殲滅は人々を守ることにつながることに間違いない。けど、そのために無関係な人を犠牲にするなんて本末転倒。周りへの被害ゼロで妖魔と戦うことなんて都合の良い理想だっていうことは私も解ってる。現実はそんなに甘くない。でも、だからと言って、最初から護れるはずのもの全てを切り捨てるのは間違ってる。絶対に諦めたくない」


 怜士は漸く、理解できた。これまで琴音が魔討隊の退魔師を露骨に毛嫌いしていたその理由。魔討隊の戦い方は、周りへの配慮などが一切無い、非道とも受け取れるものだ。


「和泉の家は、退魔師の中でも深い歴史と権力を持つ大きな家の一つでね。生まれる人間は代々、高い資質を持っているの。憶えているかしら? これは前に少しだけ話したわね。そうした事情もあって、和泉の家の人間は、本家も分家も含めて魔討隊に入る場合が多いし、強い関りを持っている。だから私も、本当に嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で仕方がなかったけれど、三年位前には家の命令で止むを得ず魔討隊に参加していたの」

(三年前ってことは、先輩が中三くらいの時か。そんな頃から妖魔と戦っていたなんて凄いな。でも、ホントに嫌だったんだろうなぁ)


 『嫌で』という言葉を六度も重ね、歯軋りしながら言う琴音を見た怜士は、当時の彼女の心境を、苦痛を思いやった。


「まあ、あくまで“参加”だから、正式な入隊ではなくて、経験を積むためのものね。謂わば、“出向”みたいなものよ?」

「また現代の労働形態みたいな例えを……」


 怜士の言葉など無視して、琴音は語り続ける。


「……最初の頃はまだ良かったわ。単純な妖魔の討伐任務しか入らなかったから。でも、私が魔討隊に参加して数か月が過ぎたある日、遂にその刻が来たの」

「その刻?」

「決まっているでしょう? さっきも言った、全てを顧みない大規模殲滅作戦よ」


 訊ねるシルヴィアに、溜息混じりに琴音は答えた。


「私は当然、反発したわ。でも、和泉の家の人間でも、私の意見なんて耳すら貸してくれない。だから、一人でも多くの人を助けるために、与えられた任務を放って、駆けずり回ったわ。その甲斐あって、何とか死者は出ず、軽傷者が数人出る程度で済んだの」

「イズミ様の尽力の賜物ですね!」

「ええ、そうね。私の行動で多くの人の命を守れたことは確かだったけど、隊列や作戦を乱したことで作戦時間は超過。集まって来た警察を言いくるめる余計な手間はかかったし、頭の悪い魔討隊の隊士には嫌味を言われるし、散々だったわ」


 当時を思い出して遠い目をしながら溜息を吐く琴音を見て、シルヴィアと怜士は、その時の琴音の苦労を感じ取って閉口した。


「それに、終わったら終わったで、魔討隊の隊長格連中にこっぴどく怒られたわ。家に帰っても父親や親戚一同の頭でっかちどもからもあーだのこーだの言われて、本当に煩わしかった! まあ、私も言い返してやったけど!!」

「お、落ち着いてください、先輩!!」

「ああ、思い出しただけで腹が立つっ!!」


 プルプルと震えるほどに拳を強く握る琴音。余程、鬱憤が溜まっていたのか、彼女の勢いは止まる気配を見せない。怜士は彼女を宥めようとするが、大した効果は得られない。


(先輩がブチギレていらっしゃる……。うあ、シルヴィアが引いてるよ)


 異世界において、聖女であるシルヴィアの慈愛に満ちた微笑みは、人々へ癒しと希望をもたらした。そんなシルヴィアの今の微笑み……苦笑いを、人々に見せることなどできはしない。


怜士は極めて冷静に、琴音が冷静になるのを待つしかなかった。



更新が遅くなりました。すみません……。


いつもご覧いただきありがとうございます!

新しくブックマークや評価をくださった皆さん、ありがとうございます。とても励みになります。

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[一言] 魔討隊って一般市民からしたら妖魔と変わらんな
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