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第69話 「待ってましたよ、それを」と元勇者は微笑んだ

~前回までのあらすじ~

元勇者、伏兵に気付く。

元勇者、先輩を連れて脱出。

元聖女、先輩に嫉妬ボーン!

「い、いやあ、ここ、これは、先輩を家の中に引き入れるために咄嗟に手を取っただけであってさ。だからね、手を繋いでいるっていうのは語弊があるよ。うん、べべべ、別に他に意味なんて」

「他の意味? 他の意味とはどのような意味でしょうか? やましいことでもあるのですか? レイジ様、説明をお願いします」

「いや、やましいって何さ。それに、説明も何も……」


 嫉妬の炎を燃やしながら詰め寄るシルヴィアと、その迫力に気圧されている怜士。ある意味で二人だけの世界を作っていると言えるが、部外者がここに一人いることを忘れてはならない。


「ねえ、二人とも。……夫婦喧嘩は、そのくらいにして、欲しいわ。私、そろそろ限界かもしれ、な……い」


 琴音の体力は彼女の言う通り、既に限界だった。肉体的なダメージは勿論、戦闘による精神の摩耗も激しい。怜士とシルヴィアの他愛ない痴話喧嘩に脱力したのか、どうやら緊張の糸が切れたようで、琴音はその意識をスッと手放すと、そのまま倒れ込んだ。


「なっ!? せ、先輩っ!!」


 怜士が慌てて琴音を抱きとめるのと同時に、シルヴィアは事の重大さに気付いた。







「う……ん」

「ああ、目が覚めましたね!」


 意識を失った琴音が目を開けると、視界には安堵の表情を浮かべる怜士が映った。琴音は目だけを動かして辺りの様子を確かめると、自分が女の子の部屋に居り、そこに設置されたベッドの上に寝かされていることを理解した。


「志藤君。ここは?」

「ここにいる、シルヴィアの部屋ですよ。俺の部屋じゃ問題あるし、先輩をちゃんと寝かせられる部屋は、ここくらいしか無くて」

「ごめんなさい。迷惑を掛けるわ」

「とんでもないですよ」


 いつもとは違って、しおらしい琴音の態度。流石の怜士も彼女のこの態度には驚きを隠せず、拍子抜けしている。


「何処か痛むところはありますか?」


 怜士の傍にいたシルヴィアが琴音に尋ねた。


(ああ、そうだった。この娘が例の異世界のお姫様だったわね。すると、治癒の専門家というのはこの娘のこと、か)


 以前、一度だけ琴音はシルヴィアと会ったことがある。その時は怜士の特殊な事情について聞き及ぶ前だったため、琴音はシルヴィアを“外国人の女の子”くらいにしか思っていなかったが、今ではシルヴィアが異世界からの来訪者であり、怜士と同じように魔法を扱うことのできる人物だと理解している。


「凄いわね。治癒魔法? それとも回復魔法とでも言うのかしら? 驚いた。痛みなんて欠片も無い。シルヴィアさん、だったかしら? お礼を言うわ。ありがとう」

「それは良かったです! 私も安心しました。私、お水でも持ってきますね!」


 ニコニコと、満面の笑顔でその場を離れるシルヴィア。同性の琴音から見ても、とても可愛らしい笑顔だが、気を失う前に見た彼女の様子を思い出すと、その時の表情と今の表情の乖離に大きな疑問が生まれてしまう。


「ねえ、志藤君。彼女、どうしたの? 私の記憶が正しければ、私が倒れるその瞬間まで、絶対零度の表情で凍てつくオーラを発していたと思うのだけれど……」


 水を取りに行ったシルヴィアが奥へと引っ込んだことを確認した琴音は、身体をゆっくりと起こしながら怜士に訊ねた。


「ああ、そうですね。それで間違いないです。まあ、先輩の一言のおかげで一気に機嫌が良くなったんです」

「私の?」


 琴音は眉をひそめ、首を傾げた。本当に心当たりがないからだ。怪我の影響のために意識がやや曖昧であったことを差し引いても、自分に原因があるとは到底思えないのだ。


「ええ。先輩がぶっ倒れる瞬間、“夫婦喧嘩はそのくらいにして”って言いましたよね。それです、原因は」

「はぁ?」


 琴音の呆れ声が室内に響いた。冷静な彼女には似つかわしくない、間抜けな声だった。


「嬉しかったんですって。シルヴィアは」


 シルヴィアはどのような形であれ、“夫婦”扱いされたことが何よりも喜ばしいことだったらしい。梨生奈とともに同じ人物に想いを寄せ、見事に揃って怜士の恋人になることができた二人。友人であり好敵手でもある梨生奈との間に僅かではあるが、差を付けることができたため、シルヴィアの心は優越感で満たされているようだ。尤も、シルヴィアと梨生奈の張り合いなど、琴音の知るところではないが。


「よく分からない子ね。異世界の人間だからかしら? まあ、それはいいとして」


 「いいんかい」と呟く怜士の声など、全く耳に入らない琴音は、打撲や切り傷、軽度の火傷などを負ったはずの頬や腕などを見たり触ったりして己の身体の状態を改めて確かめた。


「本当に凄いわね、彼女の魔法というものは。志藤君には悪い言い方になるけど、前に貴方に怪我を治してもらった時とは全く治り方が違う。普通、治癒や回復が済んでも、蓄積された肉体の疲労や気怠さは残るものよ? でも、今はそれが一切ない。体力は平常時のままだと言っても差し支えない」


 琴音は、怜士に怪我を治してもらった経験が一度だけある。彼の魔法も大したものだったと記憶する琴音だが、シルヴィアのそれとは根本的に質が異なっていることを今は感じている。


「シルヴィアの力は、治癒や防御に特化しています。何せ“聖女”ですからね。俺だって治癒魔法は使えますけど、まあ、並程度です。豊富な魔力と魔力操作の技術で無理矢理レベルの底上げをしてるだけなんです。その点、シルヴィアは遥かに効率よく魔力を使って、より効果的な治癒を短時間でやってのけるんです。で、シルヴィアの凄い所は怪我の回復だけじゃなく、失った体力までも元に戻すことができるんですよ!」


 シルヴィアが歴代最高最強の聖女と言われた所以だ。高等な治癒魔法は使えて当たり前だが、彼女の特異性は怪我だけに留まらず、消耗した体力まで平常時の状態に戻すことができる点にある。兵士の怪我を短時間で完治させ、体力まで元通りに戻すのだから、魔王軍と戦う王国の兵士たちにとって非常に心強い。シルヴィアと彼女の持つ力は、勝利のために戦い続ける兵士たちの希望の象徴に他ならなかったのだ。


「凄いんですよ、シルヴィアは!」

「ええ、貴方だって大概だけど、彼女も相当に凄いわ」

「いやあ、それほどでも!」


 怜士は、まるで自分のことのようにシルヴィアについて誇らしげに言った。身近な人のことについて評価されれば、誰であっても嬉しいものである。ましてや、恋人のシルヴィアを高く評価されたのだ。怜士の気分が上々になるのも頷ける。


「志藤君、いいかしら?」

「はい」


 不意に、琴音が声のトーンを一つ落として怜士を呼んだ。琴音の、真剣そのものと言える雰囲気を感じ取った怜士も、それに応えた。


「今度は、今度はちゃんと説明をするわ。はぐらかしたりなんてしない。私のこと、私の周りのことを確かに話すわ。時間が掛かるけど、迷惑にならないかしら?」

「いえ、迷惑だなんてとんでもないです。待ってましたよ、それを」


 怜士は、琴音が彼女自身の身の回りのことについて改めて話をしてくれると聞いて、自然と笑みがこぼれた。


「志藤君。パソコンはある? インターネットも使える? 可能であれば、プリンターも使えると助かるのだけれど」

「ええ、大丈夫です。どれも使えますよ。ネット、使えます。パソコンもプリンターも、リビングにありますんで」

「良かった、ありがとう。今から言う事柄について検索をして、見易くするために印刷して欲しいの」


 琴音の要望は至ってシンプルだった。パソコンを用いて、インターネット検索をかけたものをプリンターで出力するという、今の情報化社会ではありふれた、単純な作業だった。何故、それを求められたかは分からない怜士だが、琴音の言う通りにすることが、彼女を取り巻く“ナニカ”を知るのに必要なことだということは理解できていた。


 怜士と琴音は、水を取りに行ったシルヴィアを待ち、一息ついてから三人でパソコンのあるリビングへと向かった。







今月、二回目の投稿です。(先月はできなかったので……)

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