第67話 「助けてくれて、ありがとう」と先輩は礼を述べた
~前回までのあらすじ~
元勇者、魔討隊と敵対。
魔討隊隊士、まさかの仲間割れ?
魔討隊隊士、仕方なく強力プレイ。
三人の退魔師たちは方々へ散り、その最中にも怜士を目がけて霊術を次々と繰り出した。
「……『百雷』!!」
「『咆雷砲』っ!!」
「いけ、『紫電』!!」
諏訪野は発生させた多数の雷をまるで散弾銃のように飛ばし、沖田はビーム砲の如く太い光線を放ち、三島は目にも留まらぬ速さで突き進む雷の刃を発射した。
(三方向からの攻撃!? それもみんな上位の術!! いくら志藤君でもこれはっ!!)
琴音も退魔師の端くれである。放たれた三人の術がいずれも強力な術だということはすぐに理解できた。一対三という、人数の不利もある。流石の怜士でもこの波状攻撃には対応しかねると彼女は判断した。しかし、琴音の心配も杞憂に終わることになる。
「『絡岩』」
怜士が魔力を込めると、怜士と琴音がいた辺り一帯の地面から、巨大な岩の壁が隆起した。二人を守るようにして現れた岩壁は、見事に魔討隊の攻撃を防いで見せた。
「あはは、嘘でしょう?」
今さっき、怜士が沖田の閃降雷と三島の瞬雷という二つの技を見事に対応して打ち破って見せたことを、怜士が規格外の力を持っていることを、琴音は忘れていた。
「本当は岩の質量に任せて相手を攻撃する技だけど、こうやって守りにも使える」
出現させた岩壁を元に戻した怜士が独り言を呟いた時、舞い散る砂埃や吹きあがる煙をかき分けるようにして三つの影が現れた。
「やっぱり。そう来ると思った」
「何!?」
先陣を切り、諏訪野が大きな棍棒を怜士に向けて振り下ろしたが、それを読んでいた怜士は左手で棍棒を受け止めて見せた。これだけで互いの膂力に大きな隔たりがあることを諏訪野は思い知らされ、その驚愕のために一瞬だけ、彼の動きが止まった。そして、その隙を見逃す怜士ではない。
「フン!!」
怜士はそのまま諏訪野の腹に蹴りを見舞い、吹き飛ばした。
「喰らえぇ!!」
その直後、間髪入れずに、怜士の背後から沖田が襲い掛かって来た。雷を纏わせた槍を、怜士の背中に突き刺すための突進。諏訪野があしらわれ、意識がそちらへ向いている。まさに好機だった。
「ぶほおおっ!?」
しかし、沖田の攻撃は怜士には届かなかった。地面から現れた岩の塊によって沖田自身が上空へ吹き飛ばされたのだ。
「死角の背中に意識を向けるのは当然。ましてや、今は人を護りながら戦ってるんだ。これくらいはするよ?」
今の怜士には、戦闘において二つの制約がある。一つは、琴音を護りながら戦う必要があるということだ。敵の三人に意識を集中し、隙を見せでもしたら、琴音が標的になりかねない。つい先程まで、琴音は怜士をおびき寄せるためにいたぶられていたのだ。再び狙われることなど、子どもでも予想がつく。これは当然の配慮だ。
「これならっ!!」
怜士が声を辿り、上空を見上げると、空高く跳躍していた三島が両手を突き出して狙いを定めているのが見えた。彼の両掌には、大きな炎の塊が形成された。まるで、小さな太陽でも現れたように見える。
「『降炎』!!」
炎の塊から、雨でも降るかのように、次々と炎の球が降り注ぐ。
「目には目を、だ。『ファイアーボール』、連続で行くぞ!!」
天に向かって掌を掲げた怜士は自分で編み出した技ではない初級魔法のファイアーボールを放った。三島の撃ち出した火球の一つ一つすべてにぶつけるように、丁寧に、六十四のファイアーボールを放ったのだ。
(ホントは大技かましたいけど、こんな場所じゃあ、流石に威力の低い魔法でどうにかするしかないか。あ~、初級魔法とは言っても、並列発動はコントロールしんどい……)
怜士のもう一つの制約は、力を加減しながら戦う必要があるということだ。力を全開にすれば、目の前の退魔師程度、一瞬で葬れる。しかし、怜士の強過ぎる力が周囲に与える影響は決して無視できるものではない。力の加減をせずに拳を振るえば家一軒が軽く吹き飛び、魔力を制御せずに魔法を使えば、山一つを吹き飛ばすことができる。それが、異世界最強の元勇者の力だ。振りかざした力の余波で護るべき対象である琴音すら傷つける可能性があるのだ。いくら廃工場とはいえ、市街地では“技”を使うことも憚られる。
三島と怜士が作り出した火球がぶつかり合い、それらはお互いを食い合いながら消えていく。しかし、ただでは済まず、たちまち辺りは黒煙と熱気に包まれた。
(ケホッ、凄い煙。それにしても、単調な攻撃。もしかして……)
煙に包まれたことで視界を奪われた琴音だが、思考は冷静だった。三人の退魔師たちの攻撃はどうにも決め手に欠けているように思えた。連携攻撃を繰り出し、強力な術も使っているが、どれも仮面の男に、怜士に効果は無い。だからといって自棄になって乱雑に攻撃をしているのでもないと琴音は察した。彼らは魔討隊“迅雷”に属する退魔師だ。そのような低俗な戦闘を晒す訳が無いことは琴音の理解の範疇だ。
「まさか!?」
琴音は彼らの狙いに気付いた。琴音がそれに気付いた時、目の前を覆っていた黒煙が晴れ、その視線の先には協調などしそうにないとも思えた魔討隊の隊士三人が同じ構えをとって怜士と自分を捉えていた。
「ここまでしなければならないとは、大きな誤算だった」
「滅多にやらねえ高等連携霊術だ……」
「今までみたいに、簡単に防げると思わないでよね」
これまでにない霊力の高まりとそれが一気に収束していく感覚に琴音の背筋は凍った。これまでの攻撃は目くらましに過ぎず、本命をぶつけるための時間稼ぎだった。間違いなく、怜士と自分を殺すための大技が来る。琴音は直感した。
『金剛雷滅砲・三重掛!!!!』
三人が声を揃えて咆哮する。三人から放たれた雷撃。それが螺旋を描きながら一つに交わった。同じ術をただ重ね、三倍の威力にしたのではない。互いの術が互いの術の効力を上げ、極めて強力な、“三乗”の威力の術となったのだ。それは、日常で発生するただの雷よりも速く、強く、重い。渾身の、強烈な一撃は何もかも跡形も無く吹き飛ばす。ここが廃工場でなければ、周囲に多大な影響を与えていたに違いない。
「ハッ!! どうだ、アアン!!」
「……決まっただろう、これなら」
「そう思いたいけどね、諏訪野さん。それ、フラグって奴。言わない方がいいよ?」
己の術に自信を持つ人間たちが、滅多にやらない協力プレーを行い、術の融合まで果たした。これまでの戦闘能力の差を覆したと言える自負がそれぞれの胸中にあった。
「う~ん、嫌な予感、的中かなぁ?」
眉をひそめ、頭を軽く掻いた三島の視線の先には、何事も無かったかのように、平然と佇む仮面の男・怜士と、それに護られるようにしている琴音の姿があった。
「何度目だよ、オイ」
「金剛雷滅砲の重ね掛けだ。それが何故……」
沖田も三島も、流石に今度ばかりは驚きを通り越して呆れすら感じ、それが次第に絶望へと変わっていった。二人とも手に力が入らなくなったようで、自身の武器を地面に落とし、震えている。
(あれ? これって、詰み?)
個々人の力は通用せず、それを束ねても適うことはない。高すぎる力の壁に、三島は笑うしかなかった。
「さっきも言っただろう? 同じようなのをぶつければ、打ち消すことくらいできるんだ。まあ、力の調整は難しいけど……。取り敢えず、理解して欲しい。そっちの攻撃は、俺に通用しないってこと」
「……チッ! ふざけやがって!!」
呆れ声で話す仮面の男を見て、本当に自分たちには対抗する手段が無いことを、実力に天地をも越える差があることを退魔師たちは痛感した。沖田は、血が滲むほどにその唇を強く噛み締めている。
「さあ、こっちの番だ」
怜士が右手を正面にかざすと、その掌を中心に渦を巻くように電気がバチバチとほとばしった。まるで雷の龍でも生れ出たかのように見える。
「『神鳴熾し』!」
怜士がそう叫ぶと、諏訪野たち目掛けて、雷の龍たちが一斉に襲い掛かった。
『ぐわあああああぁぁぁっ!!!!』
回避する間も無く、一瞬で激しい雷撃をその身に受けた諏訪野、沖田、三島はただ苦痛に満ちた悲鳴を上げ、倒れることしかできなかった。
「痺れた? これが本当の雷だ」
一瞬で意識を奪われて地面に倒れ伏した三人の退魔師たちに向かって怜士は呟いた。それがもう聞こえていないと解っていても。
「……殺したの?」
背後からの琴音の声が怜士の耳に届く。か細いその声は、一瞬で敵をねじ伏せた怜士の力に対して驚きや恐れが含まれているようだ。
「いいえ。加減したので殺していません。威力はメチャクチャ抑えました。でも、しばらくはまともに動けないと思います」
「……そう」
琴音を傷付けられて怒り心頭の怜士ではあるが、彼ら三人を殺すつもりは最初からなかった。命のやり取りがあったにもかかわらずだ。ここは異世界ではなく、怜士の生まれ故郷である日本だ。流石に、人間の命を奪うことは躊躇われてしまう。
「甘かったですか?」
怜士は振り返ることをせず、そのまま琴音に問うた。
「いいえ。私が貴方と同じ立場でも、殺しはしない。無暗に人の命を奪っていたら、この人たちと同じになる……。貴方の判断は正しいと思うわ」
「……そう言ってもらえると、助かります」
人々を守るためにやむを得ず、本能のままに暴れて世界を蹂躙する魔物や魔族の命を奪って来た経験が怜士にあることは紛れもない事実だ。それだけに留まらず、怜士は魔族に与する、凶悪な心を持つ人間を葬ったことすらある。勇者という立場、悪を裁くための大義名分などがあったにせよ、命を奪ったことには何ら変わりはない。この世界で、日本でも同じことを強いられるのは、怜士の望むところではない。
「私には私のやり方があるように、貴方には貴方のやり方がある。それはひとそれぞれ。自分を信じて行動するのが普通というものでしょう? それなら、何も問題無いわ。志藤君、助けてくれて、ありがとう」
考え方は千差万別。自分の思った通りに、自分を貫き、行動すること。それは当たり前のことであると琴音は言う。だから、怜士の取った行動は、人を殺さないという選択は、間違っていない。戦うということが、どういうことか。いざ前線に立って、その意味を思い出し、覚悟に小さな迷いが生じ始めた怜士だが、琴音の言葉によってそれは幾分か和らいだと言える。
「ええ、どういたしまして」
漸く、後ろへ振り向き、琴音の顔を見て話した怜士は、優しく、柔らかい表情だった。
更新が遅くなりました。すみません……。
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