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第65話 「『効果は今一つ』っていうのは知ってるか?」と元勇者は尋ねた

~前回までのあらすじ~

先輩、妖魔の討伐に赴く。

退魔師たち、登場。

先輩、嵌められたことに気付く。

 魔討隊に所属する三人の男たちと出会い、そのうち二人から強引に戦いを仕掛けられた琴音は肩で大きく息をし、左足を地面に付いている。まさに満身創痍の状態だった。戦闘装束である巫女服は所々破損し、透き通るような白色の布地は、彼女の血で赤く染まっている。戦闘が始まって僅か五分程度だが、琴音にはこの五分は地獄の苦しみを味わう、これまでにないくらい濃密な五分だった。


「う~ん、来ないね。仮面の奴……」


 棒付きキャンディの男は、口を尖らせた。


「おい、早く呼べよ! テメエが呼べば来るんだろ、アアン?」


 ピアスの男はイラつきながら、武器である長槍の柄を地面に思いきり叩きつけた。


「ハア、ハア、ハア……。来るわけ……ないわ、あの人とは偶然、居合わせただけ……だもの。私のことなんか気にも留めてないし、ましてや連絡先だって、知らない……のだから」


 琴音は嘘を吐いた。自分は銀仮面の男と、怜士とは無関係であると。ここで迂闊なことを話し、怜士との関係が明らかになることは琴音にとって是が非でも避けたいことである。


(彼を、志藤君を巻き込むことはできない。誰かの力を当てにしては駄目。都合よく事が運ぶとも思っては駄目……)


 最初こそ、怜士の力を垣間見た琴音はその力を利用しようとしたが、彼の生活を考え、退魔師や妖魔との関わりを断つように促した。怜士の強大な力は実に魅力的であったが、無関係の人間を自分の都合で巻き込むことに罪悪感があった。琴音には自分の成し遂げたいことが、自分の力で証明したいことがある。それを、他人の力を借りて成し遂げようというのもおかしな話だと彼女は考えている。そのためにも、ここでやられるわけにはいかない。


「二人ともいい加減もう止めておけ」


 ピアスの男と棒付きキャンディの男とは違い、琴音に攻撃を加えることに消極的で、静観していた色黒の男は二人を止めようとした。


「アアン!? 何言ってんだ、諏訪野(すわの)!! 命令すんじゃねえよ!!」

「同感だね。諏訪野さん、年上ってだけで、別に俺の上司でも何でもないもんね~」

沖田(おきた)! 三島(みしま)!」


 色黒の男、諏訪野の言葉などまるで耳に入らない。沖田と呼ばれるピアスの男と、三島と呼ばれる棒付きキャンディの男は変わらずに琴音を攻め立てる。


「くっ!!」


 琴音は沖田と三島の攻撃によって吹き飛ばされ、壁に激突する。琴音は身体を起こし、体勢を立て直すと同時にその唇を噛んだ。


(最低ね。本当は、こんなことをしても志藤君が来ないことは分かってるくせに、目的が私で遊ぶことにすり替わっている。腹いせのつもりかしら)


 滴り落ちる血を拭いながら琴音は目の前にいる二人を睨み付けた。すると、琴音は短剣を構えた、三島の表情が大きく変化していることに気付いた。ついさっきまで、弱い者いじめを楽しむ子どものように無邪気に笑っていたのに、今は無機質な顔だ。


「……飽きた。いいんじゃない、終わりで?」

(飽きた? 終わり? 引き上げるのかしら)


 “終わり”という言葉から、琴音は三人がこの場から引き上げるのだろうと予想した。得られるものが無いのだから、そうするのも必然だろう。しかし、彼女の予想は希望的観測でしかなかった。


「……そうだな。どうせコイツ、上が見切りつけてんだろ? このままにしても面倒くせえだけだし。何より、弱いくせに生意気で腹立つ。ここで適当に潰しときゃいいだろう」

「貴方たち、一体、何を言って……?」

「分かんないの? もう死んどけってことだよ」


 ニタニタと気味の悪い薄ら笑いをする三島の言葉を聞いて、琴音は理解することができた。“終わり”とは、そういうことだったのだと。


「おい二人とも!! これ以上は!!」


 唯一、傍観者であった諏訪野はこの事態を止めるべく、霊力を解放して走り出した。ただ、それでも彼は間に合わない。既に琴音の目の前、僅か数センチの距離に沖田の持つ長槍の刃が迫っていた。


(嘘……私、こんなに呆気なく終わるの?)


 あまりの幕切れに、琴音は瞬きすらも碌にできなかった。ただ代わりに、自分が死ぬということは何とか理解できていた。しかし、琴音は瞬きができなかったからこそ、その目で見ることができたものがある。


「ぐあああっ!?」


 沖田の悶えるような叫び声が響いた後、見知った人物の声が琴音の耳に届いた。


「ふう、間に合った」

「あ、貴方っ……!!」


 琴音の目の前には人影があった。その人物は自分を庇うように前に立っているため、後姿しか琴音には確認できない。しかし、琴音には現れた人物が誰なのか、自分を助けてくれた人物が誰なのか、すぐに理解できた。


「力を感じたと思ってすっ飛んでくれば、何ですかね、この状況は?」

「それは……」


 例によって仮面を着けている怜士は琴音に問い掛けた。琴音はそれに答えようとするも、疲弊しきって弱々しい、か細い彼女の声は簡単に掻き消された。


「アアン!? 痛えな、この野郎!!どっから湧いて来た、テメエ!!」


 怜士に吹き飛ばされた沖田はいつの間にか起き上がり、得物を構え直していた。そして、自分を吹き飛ばした相手である怜士に向かって、怒りと共に濃厚な殺気を放っている。


「沖田さん! コイツ、よく見てよ。仮面だよ!!」


 三島が気付いた。現れた謎の人物が、自分たちが待ち望んだ標的だったのだ。それは嬉しそうな表情を浮かべている。


「んあっ!? ……へえ、やっと来やがったのか!」

「こいつが、例の……」


 自分を吹き飛ばした男を注意深く観察した沖田も、三島の一声で仮面の男がついにやって来たことに気が付いた。先程の怒りの感情と殺気は、幾分か和らいでいる。


(先輩の言った通りだ。この人たちの口ぶり、明らかに俺が目当てか)


 退魔師の男たちの言葉から、「自分が狙われている」ということを怜士は察した。


「どうしてこんな戦いが起きてるんですか? あなたが狙われる理由が分かりません」


 怜士は、仮面越しに琴音を見つめ、彼女にここに至るまでの顛末を問うた。無論、琴音とのつながりを疑われないよう、他人行儀に“あなた”と怜士は呼んでいる。


「……貴方を誘き出すために、私が都合よく使われたの。そうしたらいつの間にか、私が玩具のように弄ばれていたのよ」


 辛そうな表情を滲ませながら琴音は答える。呼吸が荒いものの、やや棘のある独特な言い回しはいつもの琴音のそれだ。怜士は少しだけ安心できた。同時に、怜士はギリリと歯ぎしりをした。


(そうか、もう向こうは()()()()()()()ってことか)


 琴音が怜士を突き放して関係が無いことを示そうにも、手遅れになっているということを怜士は感じた。既に魔討隊は謎の仮面の男という、イレギュラーな存在を補足するために動いている。そして、そのためには手段は選ばないということも彼は理解した。


「余所見してんじゃ、ねえええっ!!」


 不意に、いつの間にか体勢を立て直していた沖田が怜士に襲い掛かった。


「奇遇だな、俺も今は槍を使ってる」

「何ぃ!?」


 怜士は動じることなく、ストレージリングから魔槍ライジング・スピアを一瞬で取り出し、沖田の不意打ちを防いで見せた。そして、槍を持つ腕に力を込めると、沖田を思いきり振り払った。


「うおっ!?」


 渾身の攻撃を軽く防がれたことに驚愕していた沖田だが、予想以上の力で吹き飛ばされ、更なる驚愕に包まれた。


「一撃防いだくらいで、余裕ぶるなよ! これならどうだ、アアン!?」


 体勢を立て直した沖田は大きく跳躍し、槍を天高く掲げた。すると、バチバチと大きな音を上げ、槍の刃先に激しい電流がほとばしった。


「必殺パワーを喰らいやがれ!! 『閃降雷(せんこうらい)』!!」

「おいっ! 沖田!!」


 溢れ出る強大な霊力から、諏訪野は危険を察知して沖田に呼び掛けるが、それは彼の耳に届かない。沖田が掲げられた槍を力強く降り下ろすと、激しい雷光が怜士に降り注いだ。


「ハッ!! 戸塚との戦いじゃ、水系統の術を使ってたらしいがな、技には相性ってもんがある! 俺の雷は、そこいらの生ぬるい水じゃ防げねえぞ、アアン!?」


 怜士が使用する術の属性は水。これは、彼と戦った戸塚と浅見が持ち帰った情報だ。沖田は属性の相性から優位に立てる、雷属性の術を発現させたのだ。


 怜士と琴音のいた辺り一面には、雷撃の余波によって砂埃が立ち込めており、埋没と隆起した地面すら見える。地形の変化から沖田の攻撃がいかに凄まじいものだったのか見て取れるだろう。


(どうだ、コラ! 獲ったろ、アアン!!)


 沖田の攻撃力は群を抜いており、妖魔どころか、並みの退魔師程度でも簡単に滅することができる。彼は今まで、高い能力にものを言わせ、何百もの妖魔を祓い、自分に盾突く退魔師すらも退けてきた。それが大きな自信となり、今の彼を形成している。しかし、そんな彼の自信も、呆気なく崩れ去る。


「……そうだな、水は電気を通すからな。雷は水に『効果抜群』。こういう属性の相性は、ゲームとかでよくある話だ」


 そんなことを言いながら、晴れていく砂埃から見える仮面の男の姿。見た目にはまるでダメージを負っているようには見えないし、声の調子からも落ち着きが見られる。


「同じようにさ、電気に電気は、『効果は今一つ』っていうのは知ってるか?」

「なっ、まさかっ!?」


 先程のまでの勢いが、今の沖田には感じられない。額には冷や汗が浮かび、無意識のうちに後ろに下がる。


「効かないぞ? 同じような(もの)をぶつけて打ち消させてもらった」


 沖田は何の言葉も発することができない。それは、この戦闘を目撃した三島も諏訪野も同様だ。渾身の必殺の技をいとも簡単に打ち消された沖田のショックは計り知れない。技の威力を削ぐ程度に止まらず、完全に打ち消したということは、相手が完全に自分を上回る実力を持っているという証明に他ならないのだ。


「さあ、こっちの番だ」


 仮面の男の、怜士の声に、大きな恐怖と焦りを感じる魔討隊の三人。三度見せられた圧倒的な力に大きな驚愕と小さな安堵を覚えるのは、琴音だった。


いつもご覧いただきありがとうございます!

新しくブックマークや評価をくださった皆さん、ありがとうございます。とても励みになります。

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― 新着の感想 ―
[一言] オススメからはいりました〜 ハッピーな展開が好きなんで今後とも楽しみにしております〜!
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