第60話 「ホント、レベルが低いっ!!」と元勇者は取り繕った
~前回までのあらすじ~
元勇者、謎の退魔師を追い払う。
謎の退魔師、敗北にイライラ。
元勇者、先輩に説明を求める。
幼馴染、先輩を警戒するも懐柔される。
琴音に連れられ、怜士は学校の中庭にやって来ていた。幸いにも、他の生徒は見当たらない。夏を迎え始め、気温が上がり始めているのだ。積極的に日差しを浴びに来ようと考える者はいないらしい。従って、中庭は二人で話をするにはうってつけの場所だと言える。
「……立ち入ることはできないのね、屋上って」
最初は、「込み入った話をするなら、誰もいない屋上が定番」という琴音の提案に乗り、校舎の屋上に向かった二人だが、屋上へと続く扉は固く施錠されており、侵入することは叶わなかった。
「一昔前のテレビドラマとか漫画の世界はやっぱり空想ですね」
「まあ、いいわ。志藤君、早速本題に入るわ」
閑散としている中庭に設置された、年季の入った木製のベンチに腰を下ろし、他愛ない言葉を交わすや否や、琴音の表情は一瞬で真剣なものへと変わった。
「……まずはおさらいね。前にも簡単に話したけど、妖魔というのは、妖怪とか物の怪とか、超常の生物たちを指すわ。人間の生命エネルギーを吸い取るだけの妖魔もいれば、実際に捕食して糧とする妖魔もいるわ。そんな妖魔を祓い、浄化するのが——」
「先輩みたいな、退魔師ですね」
妖魔は人を襲い、退魔師は妖魔を倒すことで人を護る。ここまでは怜士が琴音から既に聞いている話だ。
「ええ、そうよ。私達、退魔師の歴史は長くて、記録に残っている限りでは、平安時代には既に活躍していたの」
「そんなに昔から? 凄いですね」
意外にも、退魔師の歴史が古いことに驚く怜士。そんな怜士の様子を気に留めることなく、琴音は話を続ける。
「退魔師は『霊力』という力が極めて高いの。そのおかげで妖魔を視ること、捉えること、戦って祓うことができるわ。尤も、最近の研究では、霊力は人間なら誰しもが持つ力であって、大して特別なものではないらしいの。そこにあるのは、それぞれが備える霊力が高いか、低いか。その程度の違いだけね」
「へえ、成程。普通の人間にも微量ではあっても霊力がある。それで、それは妖魔にとっての栄養源。だから、妖魔は人を襲うんですね」
「鋭いわね。その通りよ、志藤君。ボーっとしているように見えてそれなりに頭は回るようね。見直したわ」
(もしかしなくても、半分くらい馬鹿にされてる……?)
琴音の話を聴いた怜士は、彼なりに考察をして見せた。それは見事に的中していたようで、琴音から感嘆の声が漏れるも、同時に彼を小馬鹿にしているように聞こえる。
(ん? だったら妖魔は退魔師を、退魔師になる素質を持つ人間を標的にすれば大きなエネルギーを得られるんじゃあ……ああ、そうか。リスクがでかいのか)
大なり小なり、妖魔が人間の持つ霊力を狙うのであれば、退魔師かそれに準ずる力を持つ人間を襲えば効率的に高いエネルギーを得ることができる。しかし、それは妖魔にとっても危険度が高い。何故なら、自らを倒し、浄化しうる人間に相対する必要があるからだ。
「その昔の退魔師は個々人が独自に行動していたらしいわ。でも、それだと妖魔討伐の効率は悪いと言わざるを得ない。日本中の至る所に出没する妖魔への対応を一つ取っても、地域ごとにばらつきが出たらしいわ。今みたいに電話やメールで簡単に連絡が取れないもの。当然よね。だから、各地に散在していた退魔師たちは徒党を組み、退魔師の活動を管理できるような組織を作ることになったの。それが魔討隊の源流。因みに、魔討隊というのは略称で、正式名称は『妖魔討滅八武隊』よ」
「“八”武隊ってことは、八つに部隊が分かれているんですか?」
「ええ。昨日、私達が遭遇したあの戸塚という野蛮な人。名乗りを上げた時に“猛火”と言ったのは憶えている? あれは部隊名の一つなの」
(部隊名か! うん、カッコイイな! 少年の心をくすぐられる!!)
名乗りを上げるというのは、“お約束”という奴だ。怜士は心中で興奮した。琴音には悟られないように。
「馬鹿みたいでしょう? 時々いるのよ、部隊名を名乗って恰好を付ける輩が。歌舞伎の見得切りではないのよ? ただの自己満足でしかない、低俗な行為ね」
「ええ、そそ、そうですね! ホント、レベルが低いっ!!」
特撮のヒーローみたく、名乗りを上げて台詞を決めることに憧れを抱いていた怜士だが、どうやらそれは自分だけの思い上がりであったことを悟ったらしい。怜士は「口に出さなくて良かった」と、心底安堵した。同時に、慌てるように琴音に同調している。
「話を戻すわ。昨日の二人は大方、隊の任務として妖魔の討伐に赴いた帰りと見て間違いない。偶々、私達の霊力の反応を浅ましい野良犬みたいに嗅ぎつけたのね」
(先輩、何だかさっきから酷くない? 言い方に棘があるというか何と言うか……。いや、いつもそんな感じの言い回しはしてるんだけど、何か違う……?)
「志藤君、何か?」
「いえ、何でもないです!!」
琴音の言葉には、魔討隊の人間を嫌うような物言いが散見される。昨日遭遇した二人の退魔師に対してというより、魔討隊という組織そのものを嫌っているようにも感じられる。怜士は違和感を拭えない。
「……退魔師同士が任務の道中で出くわすことは決して珍しくない。昨日だってそう。でも、ああやって襲い掛かって来るなんて、乱暴にも程があるわ。自己中心的な考えが丸出しで、自分こそが強くて偉いと思っている。だから私は嫌いなのよ、アイツら」
不快感を露にする琴音の表情を、怜士は初めて見た。彼が抱く琴音の印象は、やや辛口だが落ち着いている大人な女性というものだ。それを覆すような今の琴音の態度には衝撃を受けてしまう。
「加えて、猛火所属の退魔師にはやたらと好戦的な人が多いの。この先、もしも、彼らに遭遇したら戦いを挑まれると思って間違いない。妖魔なんてそっちのけでね」
「マジですか……」
「ええ、マジよ」
怜士は眉間に皺を寄せ、項垂れた。
怜士は決して戦闘狂ではない。魔法を使えることに興奮したことはあるが、それは最初だけだ。異世界の冒険で率先して戦闘や破壊行為をしたいと思ったことなどない。あくまでも人助けや自衛のためにしか力を揮っていない。欲求を満たすためだけに戦うなど、彼にとっては理解の外のことだ。
(特別な力を持つ、力を持った人間がそれを試したくなるっていうのは、想像がつくな。向こうでもそんな奴は山みたいにいた。でも、あんな風に絡まれるのは流石に勘弁だ)
怜士が思い出すのは、異世界で出会った戦士達の姿。経緯こそ異なれど、手に入れた力の強大さを証明するために戦いに身を投じる者を数多く見て来た。「己の限界を知りたい」、「ギリギリの命のやり取りがしたい」などという、狂気に溢れた者との戦いの決着はどちらかが“死ぬまで”なのだ。これは、怜士にとって嫌な記憶でしかない。それ故に、彼は戦闘狂との戦いは忌避するのである。
面倒な連中がいることを知り、辟易していた怜士はあることに気付いた。明らかに琴音の機嫌が悪くなっているのだ。学内でトップクラスの美貌を持つと噂される琴音の眉間には大きな皺が寄っている。
「ええと、先輩。質問です」
怜士は話題を変えるため、これまでの琴音の態度と問答で気になっていたあることを訊ねることにした。
「何かしら?」
「魔討隊っていうのには、退魔師全員が所属しなきゃいけないものですか?」
「いいえ、必ずしも入らなければならないというものではないわ。実際に個人で退魔行に勤しむ人もそれなりにいるわ。所謂、“フリーランス”という奴ね」
「フ、フリーランスですか……」
琴音は怜士の質問にスラスラと答えた。歴史ある退魔師に、近年の社会の労働形態を適用するような言い回しに、怜士は当惑した。
「じゃあ、先輩は?」
これが、怜士の最も気になる点だった。そのため、わざとらしく、強調して言って見せた。これまで琴音が退魔師や魔討隊の話をする際に見せた、棘のある言葉や嫌悪感を示す表情などから、何らかの因縁を持っているのではないかと怜士は予想していた。
「私は、フリーよ。一応ね」
「一応? 何だか含みのある言い方ですね」
「そう? ただの言葉の綾よ」
“一応”という言葉が脳内で引っ掛かる怜士。あからさまにぼかした表現だ。何かがあることを裏付ける。
(へえ、そうか。どうにも、この部分が“訳アリ”ってことか)
琴音の整った綺麗な眉がほんの一瞬、ピクリと動いていたことを、怜士にしては珍しく見逃さなかった。
遅くなりました。
思ったように筆が進まなかったです……。
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