第59話 「まるで物語のヒロインみたいだと思うわ」と先輩は悪い笑みを浮かべた
~前回までのあらすじ~
謎の退魔師、怒涛の攻撃。
元勇者、周りへの被害を考える。
元勇者、先輩を狙われたためプッツン。
「……はあ、行ったか」
姿を消した戸塚と浅見という、二人の退魔師。二人から感じられた気が遠のき、完全に消えたことを確認した怜士は、後ろを振り返り、琴音を見た。
「先輩、さっきの話の続きです。アイツら、何なんですか? それに、まとーたいっていうのは何ですか? この前は、お互いに“訳アリ”ってことで深く詮索しないことにしましたけど、流石にここまで来ると難しいですよ、これは」
初めて怜士と琴音が出会った日、お互いに事情があるとして深く詮索をしないことを決めていた。しかし、見知らぬ退魔師に戦いを挑まれるという此度の出来事が起きた以上、怜士はその取り決めを撤回する必要があると感じたのだ。
「俺も俺のこと、話します。だから、あなたのことを、あなたの周りで起きていることも教えて下さい、和泉先輩」
琴音の抱える“何か”を知るために、勿論、怜士も己の秘密を洗いざらい話すつもりだ。そうでなくては公平ではない。
「そうね、こうなってしまった以上、話さないという選択肢はもう無いわ。話しましょう、貴方に。……でも、今はもう無理そうね」
「あ~、そうですね。すみません、やり過ぎましたね」
「仕方がないでしょう? あの場合は」
怜士と琴音の耳には、街中で聞いたことのあるサイレンの音が聞こえていた。間違いなく、パトカーのそれだ。戸塚の炎、怜士の水流。数少ない近隣住民が通報でもしたのだろう。二人の術と魔法がぶつかり合いは、人気のないこの要山に注目を集めるのに十分な材料だった。
「今は退くわよ、志藤君。後日、改めて話をする機会を設けましょう」
「ええ、分かりました。それがいいですね」
碌に話をできるような状況ではなくなってしまったため、二人は一旦、退散することを選んだ。
「――ごめんなさい、志藤君」
琴音の呟く声は、近付いて来たパトカーのサイレン音によって掻き消されていた。
「あ~、クッソオオ!! 何だよアイツ!!」
「落ち着きなよ、戸塚」
浅見によって魔討隊の隊舎まで連れられた戸塚は、怜士の魔法攻撃によって失っていた意識を取り戻していた。しかし、彼の機嫌はすこぶる悪く、隊舎内にある椅子や机を蹴り上げている。
「もう夜も遅いんだから、そんなに騒ぐと……」
「うるっせえ!!」
静止を促す浅見の言葉などに耳を貸さず、戸塚はその怒りを思うままにぶつけていた。戸塚という男、如何せん感情の起伏が激しいらしい。特に今回は、自らがちょっかいを掛けたと上で、敗北を喫したのだ。加えて、琴音に狙いをつけるまで、明らかに仮面の男は本気ではなかったのだ。火災を鎮火するために使っていた術が実際は凶暴な攻撃系の術だったことからもそれは明らかだ。情けない結果に自分を許せず、戸塚が荒れるのも無理はない。
「――ウルサイのは君です、戸塚!」
「ぐふっ!?」
突如、戸塚と浅見の二人がいた部屋に乱入者が現れた。
乱入者は戸塚よりもほっそりとした背の高い男で、あっという間に戸塚の眼前まで辿り着くと、彼の顔を思いきりぶん殴った。
「あ~あ、だから言ったのに……」
乱入した男に殴られ、盛大に吹き飛んだ戸塚に対して浅見は冷たい視線を送った。
「君もです、浅見! 突っ立てないで、このお馬鹿さんを止めなさい!!」
「ブバッ!?」
暴れる戸塚を止めきらなかった浅見も同罪らしい。彼も殴られ、勢いよく床に転がった。
「今、何時だと思っているのですか!? ガーガーガーガー騒がないでください!! 君らが何かやって隊長に怒られるのは、僕なんですよ?」
戸塚と浅見は、憤怒の表情を浮かべる男に「アンタだって十分騒いでるだろ!」と言いたげであったが、口が裂けてもそのようなことは言えない。目の前にいる男は、自らの上司に当たる人物であり、実力も数段上。逆らうことなど到底できない。
「……さて戸塚。どうしてそんなにボロボロなんですか? 服も濡れていますね。……まさか、妖魔如きに苦戦したのですか?」
眉間に皺を寄せたまま、男は戸塚に訊ねた。自分の部下の様子がいつもと違うことに漸く気付いたらしい。
「……違いますよ、宮島副隊長。妖魔くらい、軽く捻って祓いました」
「じゃあ、どうしてそんな姿に?」
「うっ!! それは……」
見ず知らずの相手に敗けたと、言い辛い戸塚は口籠った。しかし、宮島という男は追及逃れを許さない。
「いいから話しなさい」
「戸塚、気持ちは分かるけど、この件はちゃんと報告しなくちゃまずいよ?」
殴られた頬を擦りながら、浅見は戸塚を諭すように言った。
戸塚の敗北など、魔討隊という組織にとってはどうでもいいことだ。問題は、退魔師を容易に退ける力を持つ、得体の知れない人間が現れたということの方だ。ましてや、その人物は組織が認知していない人間なのだ。個人的な感情で報告を渋るなど、あっていいはずがない。
浅見の言葉と宮島の視線によって冷静さを取り戻し、魔討隊の一員としての責務を思い出した戸塚は、数時間前の出来事について報告をした。
「……来るなら昼休みだと思ってましたよ」
「昼休みくらいしかまとまった時間はとれないもの」
魔討隊なる組織に属する退魔師と相対した翌日。怜士が通常通り、学校へ登校すると、その昼休みに琴音が怜士の教室を訪ねて来た。
かつては校内の有名人である琴音が彼の教室を訪れると、歓声やどよめきが起きていた。しかし、人間は慣れてしまう生き物であるようで、今では琴音の登場に大仰な反応をするような生徒はいなかった。……ただ一人を除いて。
「ガルルルルゥゥゥ……!!」
西條梨生奈という少女だけは違う。彼女は今、目の前に現れた琴音を睨み付け、獰猛な番犬の如き深く低い唸り声を上げている。とても年頃の女子高生が出すような声ではない。
「り、梨生奈? 一体、何をしている……?」
「ガルルガル!! ガルガル!!(また和泉先輩が来た!! 怜士に近付きに来た!!)」
「いや、先輩はただ用事があるから来ただけだよ?」
「ガル!? ガルルルゥ!?(用事!? 一体何の!?)」
「……貴方たち。一体、何をしているのかしら?」
威嚇姿勢を忘れず、日本語を話していない梨生奈と難無く意思疎通をこなす怜士を見て、琴音は呆れかえった。
(二人が付き合い始めたのは知っていたけれど、ここまで私を警戒するなんて思わなかったわ。一応、最近はそれを加味してお昼をご一緒する機会を減らすようにしていたけど面倒ね。……あら? 昨日、志藤君と一緒だった金髪の女の子は一体誰かしら? あの子も親密な関係にありそう。もしかして二股? 志藤君は下衆野郎?)
琴音の頭には疑問符が浮かんだ。怜士と梨生奈が恋人同士になったことは知っている。当人から告げられたわけではないが、二人の雰囲気を見れば恋愛に興味のない琴音でも察することができる。しかし、それならば、昨日、怜士と一緒に買い物デートを満喫していた金髪の少女の存在はどうなるのか。それが琴音には理解できない。考えられるのは、怜士が二股をかける最低男なのではないかということだけだ。
「ガルガル!? ウ~ガルガルガルウッ!!(浮気する気!? 私が認めたのはシルヴィアさんだけよ!!)」
「いや、大丈夫だから! そんな気はないから!!」
思案を続ける琴音を放って夫婦漫才を続ける梨生奈と怜士。大騒ぎしている二人の周りにいるクラスメイト達は聞こえていないフリをしている。今の梨生奈に絡むことは自殺行為だ。怪我では済まないということを知っているのだ。
今の琴音には、二人のお笑いステージを暢気に見物する余裕などない。早々に怜士を連れ出し、昨日の一件について話をする必要がある。
「ねえ、西條さん?」
「ガル!?(何よ!?)」
梨生奈を怜士から引き離すため、琴音は打って出た。彼女が執る解決策は実に簡単だ。何故なら、昨日、ほぼ同様の手法を用いたばかりだからだ。
「安心して欲しいの。志藤君が貴女にとって大事な男性だということは痛いくらいに理解しているわ。聞くところによると、二人とも小さな頃からの幼馴染なんでしょう? いいじゃない、とても素敵よ。幼馴染同士の恋愛って。まるで物語のヒロインみたいだと思うわ」
「ガ、ガルルン!?(ヒ、ヒロイン!?)」
梨生奈の表情が変わった。つい数分前まで、さながら親の仇を見るかのような目つきで琴音を睨み付けていたのに、それが一瞬で女子高生の顔に戻った。ただ、彼女から発せられる言語はまだ日本語に戻っていない。
琴音は手応えを感じていた。今の彼女は、詐欺に手を染める悪女のような笑みを浮かべている。
「ええ、そうね。私は二人のことを知って間もないけど、これ以上ないくらいに二人の相性は良いと思うわ。だって幼馴染よ? お互いがお互いを深く理解し合っている、まさしく“相思相愛”の間柄。私が、いいえ、他の女が入る隙間何て一ミリも無いほどに完璧ね。これは未来永劫、変わることはないと思うの」
梨生奈にとって、琴音の言葉はこれ以上ないくらいの誉め言葉だった。
自分と怜士の関係を認められることは彼女にとっての自信になる。シルヴィアとの関係は対等。どちらも怜士の恋人。怜士がどちらかを贔屓し、想いの天秤を傾けることなど有り得ない。彼は必ず、平等に二人を愛する。それが分かっているからこそ、梨生奈は琴音の言葉に狂喜の感情を覚えるのだ。
「そ、そんなぁ!! 私達が未来永劫永久不滅のラブラブカップルだなんて言い過ぎですよ、先輩! わわ、私は別に、そんな風に言われても、ちっとも、ちっとも嬉しくなんかないですからっ!! 私と、怜士が! エヘッ、エヘヘ……!!」
(……そう、嬉しいのね。至極分かり易い。昨日の子といい、この子といい、頭の中は大丈夫かしら?)
二人の少女の頭の中があまりにもお花畑であることに憐みの情を持った琴音だが、ここで止まるわけにはいかない。彼女はチャンスとばかりに畳み掛けた。
「ねえ、西條さん。私はね、貴女の大事な人にちょっと仕事を手伝ってもらっているの。今日はその打ち合わせをしたいだけなの。申し訳ないけれど、志藤君を貸してくれるかしら?」
「仕事、ですか? ううん、その、まだお昼ご飯が……」
梨生奈の楽しみの一つである怜士との昼食。これがまだ済んでいない。琴音のおべっかに気分を良くしているものの、梨生奈はまだ渋る。これは、梨生奈が怜士と過ごすことのできる時間がシルヴィアと比べて少ないことに起因しているためだ。特に平日は学校という限定的な空間でしか怜士とイチャつけない梨生奈は、同居しているシルヴィアに大きく水を開けられている。梨生奈にとって、怜士と共に食べる昼食はどんな宝石よりも貴重なのだ。
ここで琴音は梨生奈の様子を見て、切り札を投入した。
「勿論、埋め合わせはさせてもらうわ。これ、商店街の福引で当てたものなの。これを二人に譲るわ。私は、興味が無いから」
そう言って琴音が差し出したのは二枚の紙切れ。そこには、『ペア限定!! 西山水族館無料入場チケット』と書かれていた。
「ペア、限定……。ペア、二人、ペア、限定、二人一緒、私と怜士だけ、二人きり…………」
まるで壊れたテープレコーダーのように、そして呪詛の如くブツブツと呟き出した梨生奈。
「きっと、二人だけのいい思い出ができると思うの」
「和泉先輩! チケットを頂き、ありがとうございましたぁ!!」
梨生奈は即座に琴音からチケットを受け取った。「シルヴィアとの関係は対等であり、平等。どちらも怜士の恋人である」などと自分に言い聞かせていたにも拘らず、目の前にぶら下げられた餌には抗えなかったようだ。
「あれ? こんな感じの光景、昨日も見た……」
ずっと教室内の景色と化していた元勇者は、幼馴染と先輩のやりとりに既視感を覚えていた。
「さあ、志藤君。貴方の恋人の許可は貰ったわ。一度、教室を出ましょうか」
「……はい」
項垂れながらも、怜士は琴音の後に続き、教室を出た。
しまった! 前回の投稿から一週間以内に投稿するつもりが間に合わなかった!!
いつもご覧いただきありがとうございます!
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※2022/7/29 部分的に修正をしました。




