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第55話 「結構よ」と先輩は静かに言い放った

~前回までのあらすじ~

元聖女、見知らぬ女にデートの邪魔をされ、プンスカ。

元聖女、おだてられてテンション爆上がり。

元勇者、先輩に従うしかない。

 怜士は、シルヴィアとの買い物デートを予定よりも早く切り上げ、自宅まで彼女と戻ってから、琴音との約束の場所へと向かった。


(まさか、あんなところで先輩に会うとはな。何も訊く暇が無かったけど、十中八九、“妖魔”とかいう奴の件だろうな)


 怜士が琴音と出会ってから、それなりに時間は経過しているが、お互い、“訳アリ”として過度な干渉は避けていた。それが突然、彼女の方から誘いがあったのだ。怜士でなくとも、妖魔が絡んでいることは理解できる。


(まあ、先輩が俺の力を必要としてくれるのなら手を貸すし、妖魔ってヤツを放っておくとたくさんの人が困ることになるかもしれない。それはだけは避けなくちゃ)


 妖魔は人間を襲う。これだけは怜士がハッキリと琴音の口から聞いた話だ。それを知ってしまっては、知らぬふりなどできない。異世界で彼は魔獣や魔族によって理不尽に虐げられる人々を見て来た。それが平和だと思っていた自分の生まれ故郷である日本でも起きている現実だと知った。誰かを守るために、怜士は自身の力を振るうことを厭わないだろう。


(……先輩と初めて会ってから一か月くらいが経つけど、こうやって連れ出されるのは初めてか)








「あら? 思いの外、早かったのね。十分前集合とは、感心ね」

「どうもです。先輩、暑くないですか?」


 怜士は、琴音に言われたように、待ち合わせ場所である駅前の公園に到着した。彼女の装いは、夜の工場跡地で初めて会った時と同じく、巫女服だ。これが退魔師なる戦士の戦装束であることを、怜士は予想した。ただし、今の琴音は上着を羽織っている。街中に巫女服を着た人間が現れれば、注目を浴びてしまうことは必至だ。見るからに暑そうだが、カムフラージュとして仕方ない手段と思われる。


(巫女服の上にパーカーって、ハッキリ言ってダサ——)

「何か言いたいことがあるならじっくりと聞くわ」

「いえ、何でもありません!!」


 自分の大切な恋人二人と同じようなドス黒いオーラを放ち始めた琴音を見た怜士の足はガクガクと震えていた。


「そんなことより、早速行きましょうか。妖魔退治の旅へ」


 琴音は笑みを浮かべて楽しそうに言うが、酷く物騒な話である。これが桃太郎の鬼退治、すなわち童話レベルの話ならそれで終わりだが、生憎と全て現実であるため、楽しむことなど論外だろう。飄々と言ってのける目の前の先輩に対して、怜士は琴音に聞こえないように小さく溜息を吐いた。


「……はい、分かりました」


 そして、琴音が指を指すその先には、切符の券売機が見える。怜士は、電車での移動を理解し、琴音の指示に従って切符を購入すると、彼女と共に電車に乗る。この時の交通費が自己負担だったことは、怜士の懐に傷跡を残した。




「ああ、席、空いてますね。どうぞ、先輩。座ってください」

「気が利くのね。流石は彼女持ちの男の子」

「そりゃどーもです」


 折角、空席を見つけたのだから、怜士は琴音に譲ることにした。幸い、電車内はそれほど混雑しておらず、お年寄りや妊産婦、子どもなどといった優先して座席を譲るような相手もいなかったためだ。


 一つ、また一つと駅を通過し、その度に周囲の乗客たちは徐々に、徐々に下車していく。その一方で乗車する人間はほとんどいない。時間の経過とともに窓から見える風景は、華やかなビルや高層マンションが立ち並ぶ都会の景色から灯りもまばらな木々の自然溢れる景色へと変わっていった。そして、二人の乗る車両には、遂に他の乗客はいなくなったことに怜士は気付いた。他の車両にはまだいくらかの人がいるようだが、それでも四、五人程度だ。


「訊いてもいいですか、先輩?」

「……答えられる範囲なら」


 ほぼほぼ乗客がいなくなったため、怜士は琴音の隣に腰掛け、質問を投げ掛けた。琴音は、窓の外を眺めている。辺りはすっかり暗くなり、碌に景色など見えはしない。遠くを見つめていると言った方が恐らくは正しいだろう。


「今日俺とニオンで会ったのは、偶然……じゃないですよね?」

「ええ、そうよ。悪いけど、貴方のその霊力にも似た不思議な気は特定し易いから意図して接触したの。偶然じゃないわ。でも、貴方がニオンにいてくれて良かった。ついでに自分の買い物を済ませられたもの」

(先輩の言う霊力って、俺らで言う魔力のことか。確かに俺も先輩からは魔力と似たような力を感じるけど、流石に狙って会えるほどに察知できないなあ。そうなると、先輩は探知能力に長けている……?)


 怜士も琴音と同様に、彼女から不思議な気を感じることができる。彼女達退魔師が言う、霊力は、シルヴィアたちの世界で言う魔力のようのもだと言っても差し支えないはずだ。


「じゃあ、先輩はいつも一人で戦ってるんですか?」

「……ええ、肯定よ。いつも、私は一人で戦っているわ。何? 仲間の一人でもいないのかって、馬鹿にしているの?」

「なんで、そんな発想に至るんですか!? そんなこと、微塵も思ってませんよ!! 話を戻しますけど、じゃあ、どうして俺を誘ったんですか?」

「それは簡単。貴方の力に興味があったの。上位の妖魔を簡単に倒すんだもの。それほどの強力な力、放っておくなんてできると思う? 当然でしょう?」


 尤もな理由だった。怜士の力は、妖魔という異世界の魔物と似て非なる存在にも十分に通用した。怜士が倒した妖魔は所謂“雑魚”ではなかったため、それをいとも容易く滅してしまった怜士の力を、琴音は無視することなどできない。よく言えば“協力にこぎつける”、悪く言えば“利用する”のは当然だろう。


「それに、私の武器を壊してくれたお陰で、今後の戦闘に支障が出ると思ったし」

「ううっ……」


 それを言われると、怜士は何も言い返すことができない。


「それに、私の武器を壊してくれたお陰で、今後の戦闘に支障が出ると思ったし」

「二回も言わないでください!! 本当に反省していますって!!」


 一言一句違わず、全く同じ発言をする琴音に、怜士はただ謝ることしかできない。


「それに、私の武器を壊してくれたお陰で、今後の戦闘に——」

「まさかの三回目!?」


 電車内に怜士の絶叫がこだまする。いくら自分のいる車両に他の乗客がいないとはいえ、元勇者は、常識を知らないらしい。


『——次は三竹谷(みたけだに)。右側のドアが開きます。お降りの方はお忘れ物にご注意ください。』


 琴音が怜士を憐れむ目で見ていたその時、車内アナウンスが鳴り響いた。


「さあ、志藤君。降りましょう」

「あっ、ここですか?」

「ええ」


 電車が止まると、琴音は座席から立ち上がり、スタスタと歩いて電車から降りた。怜士も慌てて彼女に続いた。そして、怜士が電車から降りると、電車のドアはプシューという音を立て、ゆっくりと閉まった。


「さあ、行きましょう。ここから歩いて十五分ほどの『要山(かなめやま)』が目的地なの」

「何だ、要山に行くんですか。分かりました」


 そこから先、改札機に切符を通して抜けると、怜士は琴音の誘導に従い、目的地を目指した。辺りは等間隔に設置された街灯の灯りに照らされているだけで、目立つ建物などはない。これから二人が向かう要山という山は地元では知られた山であり、県内の近隣の小学生たちは間違いなく、遠足などで訪れている。怜士もその一人だ。標高が低く、小学生にも登り易い緩やかな傾斜の山であるため、遠足やハイキングにはもってこいの山なのである。


(ん? 確か、要山って……)


 小学生の頃の思い出に耽ろうとした怜士だったが、あることを思い出した。地元民以外の知名度がそれほど高くないこの要山が最近、()()()()で世間の注目を集めつつあるのだ。




「さあ、着いたわ。と言っても、登山道の入り口だけどね。もう少し歩くわ」

「分かりました」


 怜士は琴音に答えると、辺りを見回し、今ではすっかり馴染んできた銀の仮面をストレージリングから取り出して装着した。琴音は、怜士が銀仮面の男として活動していることに気付いている。それならば、怜士は彼女に正体を欺く必要はなく、堂々としていればいいのだが、その他の人間に対してはそうではない。日も沈んだ頃に登山をするような人間はほとんどいないだろうが、怜士は保険として仮面を装着したのだ。


「……貴方、それは何かしら?」

「へ? これから妖魔っていうのと戦うんですよね? もしもの時の身バレを防ごうと思って」


 目を細めて自分を見る琴音の心情を理解できない怜士は彼女の顔を不思議そうに見返した。


「あっ! 先輩だって正体を隠した方がいいですよね! 似たようなヤツ、まだ持ってるんで良かったら貸しますよ?」

「結構よ」


 琴音から極めて冷ややかな視線と明確な拒否の意を含む言葉が放たれた。


「いや、でも……」

「結構よ」

「先ぱ——」

「結構よ」


 仮面を着けて正体を隠して戦うという、怜士が思うロマンは、琴音には通じなかったらしい。この時、怜士は銀仮面の男としての活動を梨生奈とシルヴィアに話し、仮面と外套のコスチュームを披露した際の二人の冷めた視線を鮮明に思い出した。


「さあ、行くわよ」


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