第54話 「いくら何でも言い過ぎですよ!!」と元聖女は盛大に照れた
~前回までのあらすじ~
元勇者、正体を隠して人助けをするも噂になる。
元勇者、決意する。
先輩、久々のちょっとした出番。
「ふふっ、レイジ様と“お買い物で~と”です!」
「うん、夕飯の食材の買い出しを頼まれただけだけどね。まあ、デートには変わりないから嬉しいね、シルヴィア」
「はい! 私もです!!」
ある日の休日、怜士とシルヴィアは大型ショッピングセンターへ買い物に来ていた。彼が言うように、単純な買い出しに過ぎないが、シルヴィアにとっては買い物一つでも最早デートの一環らしい。彼女からは嬉しさの波動が溢れ出しており、遠慮なく、怜士の左腕に抱き着いて歩いている。シルヴィアの足取りは、それはもう軽快で、背中に羽が生えているといってもおかしくない。
真奈美から頼まれた食材諸々を買い終えた二人は、そのままセンター内を適当にぶらついた。すぐに帰宅するのも味気ないので、時間の許す限り、買い物デートを満喫するつもりらしい。
「あっ、あのお店に行ってみたいです!!」
「ああ、新しく入ったテナントか。いいね、行ってみようか!!」
二人は、新しくオープンしたばかりという、雑貨屋へ足を運んだ。
「あら、志藤君。貴方も買い物?」
シルヴィアを伴った怜士がセンター内の専門店街を歩いていると、不意に、後ろから女性の声で名前を呼ばれた。
「はい?」
自分の名前を呼ばれた怜士はそのまま後ろを振り返り、声の主が誰であるのかを確認した。
「これは奇遇ね。丁度良いところで会ったわ。ちょっと私に付き合ってくれるかしら? 貴方の力を貸して欲しいの」
そこにいたのは、怜士と同じ学校に通う一学年上の先輩、和泉琴音だった。彼女も買い物袋を持っていることから、同じく買い物に来ていたのだろう。それよりも怜士が気になったのは「力を貸して欲しい」という言葉だ。これは、彼女が抱える“裏の面”について関係があることだと察しが付く。普段なら、二つ返事で協力するところだが、今の怜士は、安易に首肯できない。
「あの、先輩。今日はちょっと、都合が悪くて……」
怜士はその右手で持つ、膨れ上がった買い物袋と、「離すものか!」と力を必要以上入れて自分の左腕に抱き着いているシルヴィアを交互に見やり、琴音に「暇ではありません」と遠回しにアピールした。
「今すぐという訳ではないの。支度する時間は充分にあるわ」
「こっちの話、何にも聴いてない!? 今日は都合が悪いって言ったんですけどね! それとシルヴィア。もう少し、手の力を抜いて欲しいな~、なんて……」
琴音は怜士の話など聞いておらず、すぐにでも連れ行きたいらしい。突然現れて、親し気に話し掛けてくる見知らぬ女性にシルヴィアの警戒心は最大値まで上昇している。怜士の腕を抱きしめる力も自ずと強くなろう。
「……私の、先輩の頼みを断るつもり?」
「いやあ、えっと……」
怜士は、「先輩の頼みを断るのか」という問い掛けに流行りのハラスメントの匂いを感じ取った。さしずめ、“先輩ハラスメント”とでも言ったところか。
「そう言えば、私の刀を折ったのは誰だったかしら?」
「……うう」
怜士が初めて琴音と出会った時、彼女は妖魔なる存在と戦っていた。怜士は劣勢の彼女を救うべく助太刀したのは良かったが、その際に勝手に借りた彼女の武器を壊してしまったのだ。弁償は求められなかったが、流石に負い目にはなる。この話を持ち出されると、怜士の良心はチクチクと痛み、琴音の願いを聞き入れざるを得なくなる。
「そうだ。話は変わるけど、クラスの子が不思議な話をしていたわ。最近、『銀仮面の男』というのが町を賑わせているって。みんな正体暴きに躍起になってるわ」
「そそそ、それがどうかしたんですか?」
琴音は未だ渋り続ける怜士に追い打ちをかけるべく、カードを切った。話題の銀仮面の男の人助けといえる活動。このような、人から外れた大仰な力を発揮する人間など限られている。琴音はあたりを付けていたが、怜士の反応を見てそれは確信に変わったらしい。
「一体誰でしょうね、その銀仮面さんというのは。聞くところによると、並大抵の身体能力の持ち主じゃないらしいわ。その正体なんて、私には皆目見当もつかないわー」
わざとらしく、視線を怜士に向けたまま、琴音はこれでもかというほどの棒読みで言った。これではまるで、「正体をばらす」と脅しているようなものだ。彼女の言う通り、怜士が扮する銀仮面の男の正体を暴こうとする人間は山のようにいる。本当に琴音が真相を話せば、怜士は否が応でも注目の的となり、普通の生活を送れなくなるだろう。
「くっ! ……家に帰って、荷物を置いてくるくらいの余裕はありますか?」
「ええ、問題ないわ。さっきも言ったけど、今すぐにという訳ではないもの。でも、今が十四時だから……そうね、十八時には待ち合わせたいわ」
満面の作り笑みで答える琴音の性格に戦慄が走った怜士だが、自分でやると決めた以上、仕方がないことだ。
「……シルヴィア」
そして、怜士は先程から負のオーラを放ち続けているシルヴィア
「何でしょう、レイジ様?」
「ちょっと用事ができ——」
「痛っ!? ちょ、力強過ぎ……いででででででっででっでっでででででぇぇぇ!!」
その瞬間、怜士の左腕はこれまでに感じたことのないような痛みを感じた。魔王の幹部から受けた最上級魔法による攻撃でも、これ程の痛みを感じた記憶はない。
「申し訳ありません。何を言っているのか、分かりませんでした。レイジ様、もう一度、仰っていただけますか?」
「だから、ちょっと用事ができ、んんんんんんんんんん!!」
シルヴィアが込める力はさらに強くなる。痛みを誤魔化そうと奇声を発する怜士は、周囲の買い物客の視線を悪い意味で独り占めしている。
「今は私とのでーとの最中ですよ? それをどうして、突然現れた女性のために投げ出して帰る必要があるのですか? これは納得のいく説明をしていただかなければなりません。説明内容如何によっては、梨生奈様にも連絡をしてこちらに来ていただく必要もありますね。『レイジ様が突然現れた女に誑かされ、恋人を捨て置こうとしている』と」
大きく目を見開き、一切の瞬きをすることなく淡々と言葉を発し続けるシルヴィアを見て、怜士は死を覚悟した。しかし、彼女の言い分は尤もだ。シルヴィアという恋人を放って、別の女性と出掛ける約束を結ぼうとしているのだ。怜士がただひたすらに悪い。
「そんな、人聞きの悪い! 俺はその、先輩に借りがあるからそれを返そうと思っただけで、他意は無いよ」
「どうでしょうか?」
(そう言えば、志藤君は同じクラスの西條さんとかいう女子生徒と付き合っているはずだったと思うのだけれど、この金髪の女の子は誰かしら?)
怜士を連れ出すことだけを考えていた琴音は、ここで漸く、彼の傍らにいるシルヴィアという存在を気に掛けた。怜士の交際関係など、今の彼女に何の興味も無いが、この先の活動には支障が出る。取り敢えず、琴音はシルヴィアを宥めることに決めた。
「シルヴィアさん、といったかしら?」
「初対面の方に気安く名前で呼ばれたくはありませんが?」
気が立っているシルヴィアは、王族には似つかわしくない、さながらヤンキーが相手を威嚇するような目つきで琴音を見た。
「ごめんなさい。私もね、気が引けるの。デート中のカップルを引き裂くような真似をすることなんて、誰が好き好んでするものですか。貴方達二人、何処からどう見てもお似合いなんですもの。流石に心が痛むわ」
「お、お似合い、ですか!?」
ヤンキー面だったシルヴィアの表情が一瞬で崩れた。それまで彼女が纏っていた黒いオーラも、心なしか薄らいだように感じられる。
「ええ、そうよ。本当にお似合いのカップルよ。傍から見て、お互いを深く愛し合っているのが良く分かる、世界一のカップルだと思うわ」
「世界一!? 本当ですか!?」
「ええ。シルヴィアさん、詳しくは話すことはできないのだけれど、今の私にはどうしても彼の力が必要なのよ。彼の力と助けがないと、私の役目や仕事が果たせないの。それに、安心して欲しい。私、彼を誘惑するとかそんなことは微塵も考えていないわ。私じゃ志藤君に釣り合わない。私のような女じゃ、貴方の足元にも及ばないもの。志藤君の理想にして最高の恋人はシルヴィアさんしかいないもの」
琴音は、シルヴィアから黒いオーラが消えかかっているのを感じ取り、チャンスとばかりに畳み掛けた。初対面ながら、目の前にいる異国の少女について、「褒めちぎればいけそう!」と直感したのだ。
「おーい、シルヴィア?」
先程までの暗黒に支配された勢いが突然失われてしまったシルヴィアは固まったままだ。怜士が呼び掛けても反応が無い。
「無理を言っているのは承知しているの。でも、敢えてお願いさせてもらうわ。シルヴィアさん、私を助けると思って、貴方の志藤君を貸してくれないかしら?」
琴音はゆっくりと、大きな声でシルヴィアに問うた。「貴方の志藤君」という言葉を、殊更に強調して。
「うへ、うふ、うふふふふふ! そ、そんな、私のレイジ様なんて! それに、誰もが羨む理想にして最高の恋人だなんて、照れるじゃないですか!! 梨生奈様を差し置いて世界一の幸せな恋人なんて、いくら何でも言い過ぎですよ!!」
怜士はシルヴィアに何度も呼び掛けをしているが、彼女の暴走は止まらない。
「ま、まあ、世界一の恋人としては、この程度の小さなコトに目くじらなんてたてることはしませんから、少しくらいレイジ様が他の女性と出掛けることは目を瞑って差し上げましょう!! そう、私達ほどの“お似合いのカップル”なんて、他にはいないのですから!!」
「そう、良かったわ。ありがとう」
琴音は思わず「この子って単純ね」と吐きそうになったが、折角の誘導が台無しになるため、この言葉は胸の中にしまっておいた。
「じゃあ、志藤君。貴方の未来の奥さんの許しを得られたから、十八時に駅前の公園で待っているわ」
「みみみ、未来の奥さんだなんてっ!! ああ、式は何時にしましょう!?」
「俺の意思は無視なんですね。十八時に駅前の公園ですね、分かりましたよコンチクショウ!!」
怜士の叫び声がショッピングセンター内に響いた。
時間はあったのに、集中力が足りない……。一体どうすれば書き溜められるのかな?
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※2021/8/25 部分的に修正をしました。




