第53話 「やってやるさ」と元勇者は決意を新たにした
~前回までのあらすじ~
元勇者、悪口に傷付きやすい
元勇者、馬鹿どもにお仕置き
警察、パニック
怜士が異世界のアイテムで変装し、暴走自動車を乗り回す男達を懲らしめてから二週間が経った。
警察の聴取と捜査により、堀崎川で気を失っていた二人の男性が一連の事件の犯人であることが判明し、逮捕された。各所からかき集められた防犯カメラの映像などが十分に証拠として機能したこともあるが、やはり、本人たちの自供が大きな決め手となった。ただし、二人が気を失っていた原因や、自動車が川の中に没していた理由は度重なる聴取でも突き止めることができなかった。当日の二人の行動を尋ねようとすると、決まって二人とも怯えてしまい、話が進まないのだ。また、恐怖に駆られた彼らが何度も繰り返し発していた『銀の仮面』と『黒のマント』という言葉。依然としてこれらが何を意味するのかは不明なままで、警察も頭を抱えているらしい。ただ、不自然な点を残しながらも、二人の処遇は決まり、相応の罰が下ることとなった。
多発した自動車の暴走事件の犯人逮捕のニュースは、瞬く間に世間に広がった。犯人逮捕によって、住民達の安堵の声が多く聞こえてくる一方で、事件の不明瞭な点についてはワイドショーなどで様々な議論が交わされたが、一向に納得のいく結論へは辿り着かなかった。犯人達が素直に自分の罪を認めていることが大きく、それ以上語ることが無いためなのか、大きく膨らんでいた話題は一気に終息していった。人間の興味など、一過性のもので、それこそ台風よりも通り過ぎるのが速いのかもしれない。そして、日々起こる全国各地の様々な事件や事故。押し寄せるそれらの波に、今回の事件はいとも容易く押し流されてしまったようだ。
ただ、自動車の暴走事件が多発した地域に限ってはその後、ある別種の話題が住民の間で広まっていた。
「なあ、知ってるか?」
「んあ? 何を?」
「最近噂の、『銀仮面の男』だよ」
「あ~、サークルの後輩が何か言ってたわ」
背の高い、大学生くらいの青年が、同窓生と思われる眼鏡をかけた青年に向かって話している。
「事件とか事故とか、とにかく何かで困っている人を助けるってやつでしょ?」
「そうそう! 俺が聞いたのは、ひったくり犯を捕まえた話と、道で転んで動けなくなった爺さんを助けたって話と、川で溺れてた野良猫を助けた話なんだ」
「ふ~ん、メッチャ良い奴じゃん。でも、それくらいならよくある話じゃないの? 新聞とかに載るやつじゃん」
彼の言うように、人や動物を助けた程度の話など、ありきたりであり、地方の新聞紙の隅にでも掲載される程度の事柄だ。眼鏡の青年は一切の興味を抱くことなく、その瞳を手元のスマートフォンの画面へ向けた。
「いやいや、ここからが凄いんだって!! この前、出動した救急車がちょっと狭い路地を通ろうとしたら、路駐してた車のせいで通れなかったんだってさ」
「ふ~ん、そんで?」
背の高い青年は、友人の乾いた反応をみて、「それならこれはどうだ!」と言わんばかりに会話を続けようとするが、どうしても愛想のない返事が届く。
「その銀仮面の男が突然現れて、路駐の車を素手で持ち上げてどかしんたんだよ」
「はーん」
「んで、無事に救急車は現場へ行けたんだってよ!!」
「ほーん」
「ヤバいよな! だって車を素手で持ち上げたんだぞ!!」
「へえ~、すご~い。胡散臭ーい」
「いや、ホントだってば!! 棒読みはヤメロ!!」
背の高い青年は、この手の噂話が大好きなのだろうか、鼻息を荒くし、目を輝かせながら話をしている。まるで無邪気な子どものようだ。一方で、眼鏡の青年は、それでも興味を持てないらしく、あからさまに適当な相槌を打ち、さらに適当な言葉を返している。
「……じゃあ、落ちて来た鉄骨から少女でも助けた? いや、流石にそんなベタは——」
「何だよ、お前やっぱり知ってんのか!!」
「う~わ、適当に言ったら当たった……」
「それでさ——」
この背の高い青年がしている、“銀仮面の男”についての話。これが今、同じように地域住民の噂レベルではありながら、着実に広まっている。ある程度の現実味を帯びた話もあれば、眼鏡の青年が言うように頓狂な胡散臭い話もある。所詮は口コミで拡散する噂でしかないかもしれないが、その全てにおいて共通するのは、仮面の男の行動が他人を害すものではなく、救うものだという点だ。人々の間で様々な憶測が飛び交いつつも、概ね、銀仮面の男の存在は受け入られつつある。
「ぶわっくしょん!!」
「うおっ!? どうした、怜士?」
「何だ? 風邪でも引いた?」
ある日の学校での休憩時間。移動教室のため廊下を歩いていた怜士は突然、大きなくしゃみをした。彼の周りを歩いていた友人達は、たまらず驚き、声を掛けた。
「え? でも、怜士君。確か馬鹿は風邪なんか……」
「渡来! お前にだけは言われたくない! バーカ、バーカ!」
「バカっていう方がバカ何だよ、怜士君。バーカ」
岩山、石川の二人は怜士を気遣うような言葉を掛けたが、渡来だけは違う。怜士は乏しい語彙力を駆使して必死になって言い返すも、彼の耳には届いていないようで、そのままスタスタと生物室へ移動していった。
「ま、まあ、あれだな! 顔色は良いし、風邪じゃなさそうだ。きっと誰かが怜士の噂でもしてるんだよ、きっとな」
「う~ん……噂話か」
岩山が情緒不安定な怜士を慰めるべく、言葉を掛けるが、「噂話でくしゃみ」という、非科学的で信憑性に欠ける迷信まがいのフォローは効果が薄いようだ。
ここでもう一人の友人、石川は、極めて現実的な見解を口にした。
「まあ、噂話とくしゃみの関係は置いとくとして、もしかして怜士さ。ハウスダストによるアレルギー反応かもしれないぞ? 俗に言うアレルギー性鼻炎ってヤツだ。一応、学校の掃除って毎日のようにやってるけどさ、高校生になった俺らじゃ掃除なんて適当で、形だけのモンになってるところが実際だろ? つまりさ、意外と掃除しきれてない部分っていうのが山ほどあって、そこにハウスダストの原因だって言われてるチリとかホコリとか、カビや細菌なんかがウヨウヨいるかもしれない。そしてそれが今、怜士を狙いすましたかのように攻撃している可能性が高いんだ。今はまだ症状が軽いかもしれないけど、このまま悪化することだって十二分に考えら——」
「頼む! こ、これ以上は何も言わないで!? 真面目な顔して長々と病気関係のことを冷静に話されるとメッチャ怖い……」
話を聞くほどに、段々と不安になってきた怜士は心の奥底から無限に湧き出る動揺を隠し切れぬまま、石川の言葉を遮った。よく見ると、怜士の額には脂汗が滲み出ている。
石川の言う、ハウスダスト云々の話は今回、残念ながら的を外してしまっているが、一方の岩田の予想はほぼ的中と言ってもいいだろう。実際、怜士の、銀仮面の男としての活動は否が応でも注目を集め、町内外で大きな噂になりつつある。あながち、噂話でくしゃみをするというのは間違いではなさそうだ。
(仮面とマントで俺個人が特定されることはないだろうけど、やっぱ、すぐに広まったかなぁ?)
怜士は心中でそう呟きながら頭を掻いた。
自分に降りかかる火の粉を払う程度には勇者としての力を使用、もとい利用してきた怜士だが、先の一件でタガが外れてしまったらしい。最近は躊躇なく、その力を誰かのために使うようになった。目の前の悪事を見過ごすことは、困っている人々を放っておくことは、今の怜士にはできないのである。
ただ一点だけ、怜士には問題があった。正体の露見を防ぐために装備した幻影の外套。これは、魔力を通せば、装備者の姿が周囲の背景に溶け込み見えなくなる最高峰の隠密アイテムだ。常にその効果を適用し続ければよかったものを、怜士は要所、要所でその効果を“解除”していたのだ。
怜士が行っていたのは、人助け。今まさに恐怖に怯え、助けを必要としている人が、自分の目に視えない正体不明の何かによって身の回り出来事を解決されるなど、それこそ恐怖であると怜士は考えたのだ。川で溺れている猫が宙を浮いて安全な岸まで戻って来る、違法駐車されていた自動車が急に宙に浮く、落ちて来た鉄骨が地面に激突せずに寸前で止まるなど、そちらの方が余程不審がられることだろう。故に、怜士は苦渋の決断の末、部分的にその姿を現すこととしたのだ。
「まあ、やっちゃったものは仕方ない。俺は、俺のできることをするだけ」
「何か言ったか、怜士?」
「い~や、何も」
怜士は意識していなかったが、彼の言葉は口に出ていたらしい。聞き返す岩田に対して怜士は惚けて見せた。
「おい、早くしないと授業始まるぞ? 渡来なんかとっくにいないし」
「あ、ごめん、ごめん。すぐ行くよ」
怜士と岩田は、先に進み始めた石川を追い掛けた。
(都合がいいとか、偽善とか驕りとか、向こうの世界でも散々言われたけど、やっぱり、困ってる人が居たら助けたいと思うし、俺にはその力がある……)
勇者としての強大な力を授かっても、世界中の人間の不幸を同時に振り払えるわけではない。その伸ばせる手には限りがある。異世界の冒険で、そのことを痛感している怜士は、この世界でも再び同じことをしようとしている。彼に葛藤が無いわけではない。しかし、それでも、自分の力が誰かのために役に立つというのなら、怜士をその力を振るうことに迷いは無い。いや、迷いは無くなったのだ。
「やってやるさ。この力はきっと、みんなのために神様がくれたものだから」
「あそこにいるのは志藤君? ちょうどいいわ。今度、彼に手伝ってもらいましょう」
決意を新たにした怜士が教室へ入っていくのを見つめる影が一つ。
和泉琴音は含みのある笑みを浮かべると、踵を返した。
いつもお読みいただきありがとうございます。
いや、今回も進展がほぼ無し! 亀展開ですね(汗)
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