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第52話 「これっぽっちも! 微塵も! 一切、怒ってないんだからね!!」と元勇者ははぐらかした

~前回までのあらすじ~

元勇者、暴走車を追跡する。

元勇者、変装で正体を隠して登場するも、馬鹿にされる。

元勇者、軽く傷つく……。

 いつもは穏やかな水流を見せる堀崎川に、大きな異変が起きていた。本来ならそこにあるはずのない、自動車が、鉄の塊が、あたかもオブジェのように、その浅い川底に突き刺さるようにしてそびえているのだ。


 自動車の持ち主達は、その光景を見て愕然としている。二人の男の脳は、目の前で起きた出来事を理解しようにも、その処理がなかなか追い付かない。


「ま、待て待て待て!! 何だよ、嘘だろっ!? 有り得ねえって!!」

「くく、車が、車が、かかか、川に……!!」

「どうしたものか……。選んでくれ。パンチがいいか? それともキックがいいか?」


 ゆっくりと一歩ずつ歩み寄る怜士。その足音は男達にとっての地獄へのカウントダウン。男達は漸く理解した。目の前にいるのは、変態コスプレイヤーではなく、化け物だったということを。


「くくく、来るな、来るな、来るなあぁ!!」


 怜士のちょっとした挙動だけで男達は情けない声を上げる。茶髪の男は、余程恐怖を感じたのか、失禁して気絶をしてしまったらしい。そのまま地面へと倒れ込んだ。腰が抜けている、坊主頭の男の叫びだけがこの場に響いている。


「大勢の人に迷惑を掛けたんだ。人が死んでないからセーフだとでも思ったか? ふざけるなよ。怪我人だって出ている。そう簡単に許されると思わないことだ」

「ひい! お、俺達が悪かった! 頼む、見逃してくれ!!」

(この期に及んで……。それより、頃合いか?)


 見苦しくも許しを乞おうとする坊主頭の男。怜士は、その態度に怒りを通り越して呆れを感じた。自動車を蹴り飛ばした際の轟音や自動車が着水した際の衝撃は良くも悪くも目立ち過ぎた。ここで長引かせると、いよいよ誰かが近くを通るかもしれない。仮面と外套で正体こそ隠してはいるが、騒ぎを広めることは避けるべきだ。また、学校に梨生奈を待たせていることもあり、怜士は一気に決着をつけることにした。


「す、すまねぇ!! キモオタって言ったことなら謝るから! なっ? 許してくれよぉ!!」

「べべ、別にキモオタとか変態コスプレ野郎って言われたことなんか、これっぽっちも! 微塵も! 一切、怒ってないんだからね!!」


 先程の男達の、怜士の変装を馬鹿にするような発言。怜士は、心の何処かに傷を負っていたらしい。


「……というよりも、謝る相手が違う。何度でも言う。まず警察に出頭して、迷惑を掛けた人達に、あ・や・ま・れ・!」


 不覚ながら取り乱した心を何とか押さえつけると、怜士はわざとらしくその右腕を天へ向かって突き上げ、そのまま坊主頭の男の顔面へ向かって勢いよく拳を振るい————寸止めした。


「ぐばばぁ、ごほおお」


 坊主頭の男は白目を剥き、泡を吹いて気を失った。勇者としての驚異的な身体能力を誇る怜士がそれなりの力で繰り出したパンチ。怜士の拳が男の鼻先数ミリ前で静止した直後、そこから生まれた風圧は一気に周囲を駆け抜け、木々の枝葉は大きく揺れ、野生の鳥達はけたたましい鳴き声を上げながら飛んで行った。また、穏やかだった水面もその静寂をかき乱された。


拳を収めた怜士は、ふうっと、小さく溜息を吐いた。


(本当は腕の一本くらいもらうつもりだったけど、やっぱり、この世界での俺はあくまでも『元勇者』で『一般人』だ。そんなことしちゃあ、こいつらと同じか。車をぶっ飛ばしたことだけは……勘弁してもらえると、非常に有り難い!)


 大切に想う梨生奈を傷付けられそうになったため、怒りの感情に支配されていた怜士だが、そこで簡単に手を出しては何の意味もない。


「何はともあれ終わったか。じゃあ、後始末は……」


 怜士は、偶々近くにあった公衆電話ボックスへ向けて歩き出した。







「よう、梨生奈。ごめん、待たせた」

「怜士!!」


 姿を消しつつ、身体強化魔法と風魔法のコンボを駆使し、全速力で堀崎川から学校へと戻った怜士は、自分を待ち続けてくれていた恋人に声を掛けた。突如として現れた怜士に、梨生奈は一瞬、ギョッとしたようだが、すぐにその顔は心配そうな表情に変わり、そのまま怜士に抱き着いた。


「大丈夫だった!? 危ない目には遭ってない!?」

「ああ、大丈夫だよ。元勇者をナメンなって!!」


 未だ不安げな梨生奈を落ち着かせるべく、怜士は笑顔を見せつつ、彼女の頭を撫でた。


 ひと悶着あったおかげで、いつもよりも下校時刻が遅くなっているため、怜士は事の詳細を歩きながら梨生奈に話した。


「それは……誰でも驚いて気絶するわね。その男の人達、ちょっぴり可哀想かも」


 自動車を蹴り飛ばし、自分の力を必要以上に見せつけた上での脅迫まがいの恐怖の言動。怜士の行動に流石の梨生奈も引き気味だ。男二人への同情すら湧いて来る。


「最初は本当にぶっ飛ばそうと思ってけど、それじゃあアイツらと同じだからさ。ちょっとだけ怖い思いをしてもらうだけにしたよ。裁くのは俺じゃないと思うんだ。それに、あれだけのことをしでかしたんだ。可哀想なことはないよ。それに……」

「それに?」

「“俺の梨生奈”を危ない目に遭わせてくれたんだ。きっちり、清算はする」


 怜士は立ち止まって、梨生奈を抱き寄せた。そして、優しく、優しく、彼女の頭を撫でた。当の梨生奈は、本日二回目の『“俺の梨生奈”発言』によって、歓喜のあまり言葉が出ないようだ。怜士の胸板に隠れて見えないが、彼女の顔は幸せによって綻び過ぎて壊れそうになっている。しかし、それを窺い知ることは誰にもできない。




「それで、その後はどうしたの?」


 至福の時間から冷静さを取り戻した梨生奈は、怜士に訊ねた。恐怖のどん底に叩きつけられた二人組の男がどうなったのか、やはり、気になるらしい。


「ああ、警察に通報したんだ。『車が川に突っ込んでて、近くで人が倒れてる』って。きっと、今頃は……」







 怜士からの通報を受け、堀崎川に警察のパトカーが数台ほど集結した。現場に到着した警察官達は、通報内容にあった通り、川に突っ込んだ自動車と男二人が気を失っていることを確認した。

二人の警察官が、倒れている茶髪の男と坊主頭の男の下へと駆け寄った。


「大丈夫ですか!? しっかりしてください!! 私の言うことが分かりますか!? 自分の名前は言えますか!?」


 若い男性の警察官が坊主頭の男を抱きかかえながら意識を確認していたその時、男は目を覚ました。


「う、うう……」

「気が付きましたね! 大丈夫ですか!?」

「う、う……うわああああああああああ!!!!」


 坊主頭の男は覚醒すると同時に、大声を上げて暴れ出した。これには警察官も驚いたようだが、すぐに応援として同僚を呼び、男を落ち着かせるためにその身体を押さえつけた。


「落ち着いてください! 我々は警察です!! 一体何があったんですか!?」

「け、警察? たたたた、頼む!! 俺を、俺を、助けてくれ! 悪かった、悪かったからあああ、逮捕! 逮捕してくっれえ!!」

「は?」


 男の突然の「助けてくれ」、「逮捕してくれ」という発言の意味が理解できずに、その場にいた警察官達の思考が止まった。


「も、もう、何もしないから! あああ、謝るからぁ! ゆ、ゆる、許してくれえ!!」


 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら喚き叫ぶ男を見て、警察官達は何をしていいのか分からず、呆然とした。取り敢えず、男をゆっくりとなだめながら、落ち着きを取り戻すことを待った。そして、そこから数分が経過した頃に同じく気を失っていた茶髪の男も目を覚ましたが、これもまた同じように、「逮捕してくれ」、「ごめんなさい」と暴れながら泣き叫ぶため、警察官達は止む無く茶髪の男の身体も押さえつけた。


「二人とも、相当なパニック状態です。手に負えませんね。もっと応援、呼びましょうか?」

「ああ、そうしてくれ」


 若い男性の警察官が応援要請の提案をすると、先輩と思われる中年の男性警察官がそれに同意した。二人の男の混乱する様子は到底普通ではないからだ。


「車は不自然に川に突っ込んでる、搭乗者と思われるこの二人は狂ったように泣き叫ぶ。一体、何なんすかね、この状況……」

「俺が分かるか! とにかく、普通じゃない何かがあったんだ、何かが」

「普通じゃない何か、っすか……」


 やや軽薄そうな別の警察官がこの現場の状況に疑問を抱いた。


 普通の自動車の転落事故なら、それは運転中に起こるものだ。ならば、男達は車内にいなければならないし、運良く途中で脱出ができたとしても、川の水で全身が濡れていなければならない。また、明らかに無傷であることおかしな点の一つだ。運転時以外で自動車が川に転落する状況は他にもいくらかあるだろうが、それでも、今回の現場は何かがおかしい。この解明には、二人の男達に事情聴取をすることが近道なのだが、それは暫くかかりそうだ。中年の男性警官が言う、“普通じゃない何か”が起きたというのは、あながち間違いではない。異世界帰りの元勇者がその力を発揮したのだから。


『この事件には、異世界の魔法の力が関わっている』


 そんな非常識な発想をする人間が場にいるだろうか。いるはずがない。だからこそ、この場にいる警察官たちは首を傾げ続けるしかないのだ。


「怖い、『銀の仮面』……」

「『黒のマント』、もう……嫌だ」


 不意に、茶髪の男と坊主頭の男がそれぞれそんな言葉を漏らした。事情聴取を試みようとしていた警察官は、これを聞き逃さなかった。


「先輩! 二人とも、何か言ってます! 銀の仮面とか、黒のマントとか」

「銀の仮面に黒マント? 何の特撮だァ!? ……まさかこいつら、薬でもやっているのか? オイ、誰か検査キットを持って来い!!」


 中年の男性警官の指示で、一番の新人と思われる、小柄な女性警官が走った。

 

 不思議な力を持つ仮面の男。この先、この界隈一帯は、彼の活躍によって数々の事件や事故が未然に防がれる、或いは最小限の被害で解決されることになるが、そのような未来の話など、この場にいる誰にも予想できなかった。


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