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第50話 「自重しない、ぶっ飛ばす」と元勇者はプッツンした

~前回までのあらすじ~

律儀な事故被害者、学校に来る。

元勇者、丁寧にお礼を言われる。

元勇者、照れる(笑)

 加藤氏が帰り、怜士も教師らから帰宅するように言われて校舎の土間を出ると、彼の視線の先には部活動が終わったばかりと思われる梨生奈の姿があった。


「あれっ? おーい、梨生奈!」


 大切な恋人がそこにいるのだ。怜士が声を掛けて呼び止めないはずがない。そのまま怜士は梨生奈の元へ駆け出した。


「ん? 怜士!?」


 呼び止められた梨生奈は、まさか怜士がこのような時間まで学校に残っているとは思っていなかったようで驚いているが、それはすぐに喜びへ切り替わった。怜士と一緒に帰宅することができるのだ。彼女にとって、これ以上の僥倖などあるだろうか。


「部活、終わり?」

「うん、そうだけど。怜士は何でこんな時間まで学校に? 帰宅部なのに」

「最後の一言は余計だよ」


 帰宅部である怜士が遅くまで学校にいる時間が分からなかった梨生奈は、怜士にその理由を尋ねた。


「ちょっと呼び出しがあって応接室にね」

「応接室? 何でそんなところに? 普通、私達みたいな一般生徒は入れないと思うけど……。まさかっ!! 怜士、何か大問題でも起こしたの!? それで応接室で校長先生からきつ~いお説教を!?」

「いや、問題なんて起こしてないから! どうしてそんなネガティブな方向へ考えるんだ!?  まあ、確かに校長とは一緒だったけどさ……」

「じゃあ、何の用事があってそんなところに?」


 勝手に解釈を進める梨生奈に対して慌てる怜士だが、根本の理由を述べていない怜士に非がある。


「ああ、今朝の事故の件でちょっとね。被害に遭った女の人が、わざわざ学校までお礼を言いに来てくれるって連絡があったみたいでさ。で、その女の人が来るまで残るように言われてたんだ」

「ふ~ん、わざわざお礼を言いにって、凄いね。…………ねえ、その女の人って若い人?」


 梨生奈の目つきが険しくなった。“女の人”という単語が彼女の心に引っ掛かったらしい。


「いやいや、いいや! う~ん、四十とちょっとくらいだと思うよ。まあ、こんな風に言うのは失礼、だけど……」


 梨生奈に訊かれたので答える怜士だが、つい先程まで真摯に礼を述べてくれていた女性について、年齢の予想をすることは失礼だと感じたようで、彼のトーンは少しずつ下がっている。加えて、女性に年齢の話題を持ち出すのはご法度だ。怜士は自らの母親で既に体験している。


「そ、そう? それなら良かった」

「良かったって、何が?」


 怜士の言葉に分かり易く胸を撫で下ろす梨生奈。怜士には、一体何が良かったのか、疑問に残るらしい。


「別に何でもないっ!!」

(ああ、そういうことか)


 顔を赤くし、プイッとそっぽを向く梨生奈を見て怜士は察することができたようだ。大好きな怜士が自分の知らぬ間に見ず知らずの女性と会っていたとなれば、梨生奈の気分は決して良いものではない。ともに怜士を愛し、共に歩むと決めたのは異世界からやって来たシルヴィアだけだ。梨生奈が怜士の周りの女性を必要以上に気にするのも無理もないことだ。


「心配すんなよ。俺が大切に想う女の子は、目の前にいる梨生奈と、シルヴィアだけだから。今更他になびくわけないよ」

「そそそ、そんな心配してないもん! わ、私、怜士のことを信じてるし!」

「そう? ありがとう」


 怜士はそう言って梨生奈の頭を撫でた。流石の梨生奈も、これには嬉しさや羞恥が込み上げてきたようで、顔を真っ赤にして俯いている。


「じゃ、とっとと帰りますか」


 生徒の完全下校を促す放送も聞こえるため、怜士は梨生奈に帰宅を切り出し、彼女の頭を撫でていた手を引いた。すると、梨生奈は「あっ、ヤめないで!!」と叫び、彼女の拳は怜士の左肩を捉えた。


「痛い!! 何で俺、肩パンされてんの!?」


 怜士に頭を撫でられるという至福を終わらせたくなかった梨生奈による咄嗟の肩パン。流石の怜士もこの理不尽には耐えられないらしい。




 怜士は左肩の痛みに耐えながら、梨生奈を伴って校門へと向かった。二人は登下校が別々になり易いため、この機会は貴重だ。怜士も梨生奈も、久し振りの二人の時間を満喫しようとしている。梨生奈に至っては、心なしかその歩幅はいつもよりも広く感じられる。


「梨生奈! ちょっと速いって。もう少しゆくっり!」

「そうだ! ねえ、怜士。怜士がどうしてもって言うんなら、その、手でも——」


 校門を出てすぐ目の前の歩道に出た梨生奈がすぐ後ろにいる怜士を見ようと振り返ったその時だった。彼女の背後を、歩道すれすれの距離で、一台の自動車が猛スピードで駆け抜けていったのだ。


「キャッ!!」

「梨生奈!!」


 突然の出来事に驚いた梨生奈はたまらずバランスを崩し、転倒しそうになったが、怜士が素早く彼女を庇うように抱きかかえた。


「梨生奈!! 怪我は無いか!?」


 転倒は防ぎ、大事には至らなかった。歩道にガードレールが設置されているとはいえ、危険であることに変わりない。


「う、うん。それより、あの車は……」

「ああ、アレだよ。アレ! またあの車だ……!!」


 梨生奈の視線の先にある自動車の影。それは怜士が朝方に目撃したモノと完全に一致している。


「今朝といい、今といい、何してくれてんだよ? もう怒ったぞ! もう許さん……!!」

「れ、怜士?」


 ギリギリと歯を軋ませる怜士の表情は怒りに支配されている。それを見た梨生奈は心配になり、彼の名を呼んだ。


「……ああ、梨生奈、悪いけどさあ、ちょっとだけ待っててくれ。すぐに戻るから」

「えっ?」


 額に青筋を浮かべ、眉がピクピクと動いている今の怜士は、誰が見ても越えてはいけない一線を越えたと感じることができるだろう。長年の付き合いのある、幼馴染の梨生奈ですらこんな表情は見たことがない。


「よくも俺の梨生奈を危ない目に遭わせてくれたなぁ、この野郎。……決めた。自重しない、ぶっ飛ばす」

「れ、怜士!!」


 瞳にギラギラと燃える炎のような怒りを宿した怜士は、勇者に与えられた強靭な脚力にものを言わせて飛び出した。


 梨生奈の声に耳を傾けることなく飛び出していった怜士。恋人が危険な目に遭って怒り心頭なことは理解できるが、傍から見れば、その恋人を置き去りにしたのだ。流石の梨生奈も怜士のこの態度にご立腹かと思いきや、実のところ、そうではなかった。


「……えへへ! 『俺の梨生奈』、『俺の梨生奈』、『俺の梨生奈』! 怜士ったら、一体何を!? そんな風に言われて、う、う、嬉しくなんか、嬉しくなんか…………。うん。やっぱり、私が一番ってことね! そうよ、きっとそう!!」


 一人取り残されることになった梨生奈だが、怜士の発言により身悶えしている。それを見た、同じく部活帰りの同級生や下級生達は彼女のにやけ切った顔を見ないように目線を下げ、全日本クラスの競歩選手と見間違うほどの速足で校門を通過していった。


——今の西條梨生奈には関わらない方が良い。


 それが彼ら彼女らの共通の見解だった。





ブックマークや評価をくださった皆さん、ありがとうございます。励みになります。

ブックマークや評価が増えると、モチベーションに繋がりますね! 頑張れますよ~!

何気に、今話で50話!! 長かった……。


※2022/4/2 部分的に修正をしました。

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