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第48話 「異論は認めん」と数学教師は憤慨した

~前回までのあらすじ~

元聖女、弁当作りに励む。

何だか近所で危ない暴走車の影。

元勇者、トラブルの予感。

「どうしたんですか!? 怪我は!?」

「あ、歩いていたらさっきの車がいきなり、もも、猛スピードでぇ。し、信号だってちゃんと青だったの! うっ! あ、足が」


 怜士に問われ、パニックを起こしながらも女性は説明をしたが、その表情は苦痛に歪んでいる。よく見ると、彼女の右足は青紫色になって腫れている。その痛がる様子から、打撲程度で済んでいないことが理解できる。


「ええと、はい、車が凄いスピードで走って。それで女性が転んで。ええ、足を怪我しているようです。三好通三丁目のあさひ公園前の横断歩道で————」


 怜士は、近くに居合わせた中年の男性サラリーマンがスマートフォンを片手に話しているのが聞き取れた。会話の内容からして、一一九番に通報をしたことは間違いない。じきに救急車が到着するだろうが、果たしてそれがどれくらいの時間になるのかは予想ができず、目の前で苦しむ女性を見て、怜士は我慢ならなかった。


「あのおじさんが救急車を呼んでくれました! 痛くて辛いと思いますけど、もう少しだけ、頑張って下さい!!」


 怜士はわざとらしく大声を出して女性に励ましの言葉を掛けた。そうして女性の注意を引きつつ、腫れている女性の右足に怜士はそっと手を添えた。


(いくぞ、『ヒール』!)


 怜士は女性に回復魔法を掛けた。彼女に気付かれることのないよう、引き続き声掛けで気を引きながら慎重に、だ。


「あ、あれ? 痛いには痛いけど、あんまり痛くなくなってる……?」


 先程まで自身を襲っていた激痛が徐々に和らぎ、軽度の打撲程度の痛みしか感じなくなった女性は不思議そうにしている。まさか、目の前にいる高校生の少年が魔法を使って治癒をしたなどとは思うまい。


(応急処置はよし。まあ、こんなもんか……)


 怜士は魔法をコントロールし、通常よりも遅い速度での回復を行った。骨折はおおよそ完治。女性には申し訳ないが、痛みが無くなるほどの完全な治癒は不審に思われると考え、怜士はギリギリのラインでの回復に留めた。また、少しでも怪我があった方が、警察に被害届も提出し易いだろうとも考えたのだ。


「……許せん」


 暴走車を追いかけてやろうと考えた怜士だが、如何せん時間が過ぎている。高い身体能力や魔法を駆使すれば追跡は容易だったものの、女性の介抱と治療を疎かにすることなど、到底できない。彼は苦虫を噛み潰したような顔で自動車が走り去っていった方向を見つめ続けた。


「あ! 救急車、来たみたいです。もう大丈夫ですね」

「ありがとう、君。なんてお礼を言ったらいいのか……」


 怜士は救急車のサイレンの音を聞くと、少しだけ肩の力を抜き、もう一度女性に声を掛けた。







(怜士が来ない。遅刻? いや、おばさんもシルヴィアさんもいるんだから、それは無いか……。となると、事故にでも遭った? いや、でも、怜士の身体とか力ってメチャクチャ強くなってるって話だからなぁ。事故に遭っても無事なはず……。うう~分かんないよお~!)


 怜士が女性の介抱をしていた頃、学校では、始業のチャイムが鳴ろうとしていた。そして、怜士が教室に現れないことに梨生奈は焦りを感じていた。流石に、彼が事故の現場に居合わせてしまったことは予想できない。スマートフォンを使い、何度か怜士に連絡を取ってはいるが、全て返事は無い。それも彼女を一層不安にさせる。


(あ~、怜士、怜士! 早く会いたいよぉう……)


 朝練をこなしたことで怜士と二人きりでの登校時間が削られた。自らが選択したことだとは言っても、梨生奈は我慢ができない。抑制も難しそうだ。今すぐにでも愛しい怜士の顔を見たいらしい。


(一緒に住んでない私が怜士を独占できるのは学校だけだもん。シルヴィアさんには悪いけど、今日は目一杯、怜士に甘えちゃおうかな? エ、エヘヘ……!!)


 梨生奈がそんなことを考えながら机の下で両足をパタパタと動かしていると、とうとう始業のチャイムが鳴ってしまった。すると、その直後に担任の教師が扉を開けて教室に入って来た。


「席に着け~。それから学級長、号令掛けて~。出席取るぞ~」

「先生! 怜士が、怜士が来ていません! 連絡も取れなくて……。何か聞いていますか!?」


 学級長の号令よりも前に梨生奈は勢いよく立ち上がり、叫んだ。いつものように号令を掛けようとしていた学級長は梨生奈の勢いに呑まれてどうしたらいいのか分からず、キョロキョロしている。


「落ち着きなさい、西條。志藤なら問題ない。連絡があったから、ちゃ~んと説明する。だからまず、号令と出欠確認な~」

「……は、はい」


 冷静さを欠いていた梨生奈を見て、担任の教師は彼女を落ち着かせるように、目を見てゆっくりと言い聞かせるように話した。すると、梨生奈も落ち着きを取り戻したらしく、大人しく座り直した。そして、タイミングを見計らい、改めて学級長が号令の合図を出した。


 その後、出欠確認が終わると、担任の教師が口を開いた。


「あ~、みんなも新聞やテレビのニュースか何かで知っていると思うが、最近、暴走自動車による周囲の歩行者への被害が多々あるらしい。そして~、志藤は今朝、その暴走自動車が原因で女性が怪我をする場面に出くわしたらしくてな。目撃者ってことで~、警察で事情を聴かれてる。警察から丁寧な連絡を貰ったから、間違いはない。だから今日は少~しばかり遅れるだろう」


 教師の言葉にクラスは騒然となった。クラスメイトに怪我が無かったことに安心する一方で、テレビや新聞の向こうでしか起きていないと思っていた出来事が身近に迫ったのだ。「明日は我が身」という言葉を思い起こす生徒も多数いるらしい。


「動揺するのは理解できるが、静かにな~。あいつ自身が事故に遭ったとか、そういった事実は無いんだからな。あくまでも志藤は目撃者だ。くれぐれも変に話を広めるなよ~、いいな?」


 人の口に戸は立てられぬといったところか。念のため、担任の教師はクラスの生徒たちに釘を刺した。怜士に関する話が、変な尾ひれや背びれがついて回ることのないように気を遣ったらしい。


(そっか、そういうことだったんだ。だから連絡できなかったんだ。怜士、良かったぁ~)


 クラスメイト達が噂の事件についてあれやこれやと口にする中、梨生奈は怜士の無事に心から安堵した。


 朝のホームルームが終わり、担任の教師が教室を出ると、入れ替わるように一時限目の授業を実施する数学教師、大橋教諭が現れた。







 数学の授業が終盤に差し掛かろうとしたその時、教室後方の扉が静かに開いた。


「すみませーん、遅れました」


 少しだけ低い声のトーンで、ばつが悪そうに言ったのは紛れもない怜士だ。事情があるにせよ、彼は遅刻をしている身。ましてや授業中だ。クラスメイト達の邪魔をするわけにはいかない。大橋教諭は、腰を低くして教室に入る怜士を一瞥すると、「教科書は四十九ページだ。あとは近くの者に訊け」と伝え、粛々と授業を再開した。普段なら遅刻者に対して悪鬼羅刹も裸足で逃げ出すほどの剣幕で怒る大橋教諭だが、今回はやむを得ない事情が怜士にあることを知っている。流石の大橋教諭も理不尽な振舞はしない…………はずだった。


「怜士!!」

「あっふ! り、梨生奈!?」


 梨生奈はひっそりと着席しようとした怜士に跳び付き、勢いそのままに彼を抱きしめた。怜士は突然のことで倒れこそしなかったが、動揺は隠せない。周りの人間の視線も一気に集中する。


「怜士! 連絡しても何も返事ないんだもん! ホントに、ホントにビックリしたんだから!! べ、別に怜士のことだから、特に心配とかはしてなかったけど」

「ごめん、梨生奈。流石にあの状況じゃ連絡は難しくってさ」


 梨生奈は怜士の制服のシャツを強く握っている。それを見れば彼女が実のところはどれだけ怜士を心配していたかが理解できる。


「ありがとう、心配してくれて」


 この言葉を掛けると同時に怜士は梨生奈の頭を優しく撫でた。


「う! エ、エヘヘ~。だだ、だから、心配とかしてないって、言ったでしょ」


 つっけんどんに聞こえるセリフだが、決して他人には見せられないようなにやけ切った表情の梨生奈に説得力というものは一切無い。梨生奈の喜ぶ顔が見たい怜士は、その手の動きを止めることは無さそうだ。

 最近、クラスメイト達は、二人が織りなす甘い空間にある種の“慣れ”のようなものを感じているが、ただ一人、大橋教諭はその限りではない。


「……志藤」

「あっ! …………ハイ」


 低く、太く、怒気や狂気すら孕んだ大橋教諭の声を耳にして一瞬で梨生奈との甘い世界から現実世界に帰還する怜士。この数ヶ月で二回も別の世界から現実世界に戻った勇者は彼くらいだろう。そして、元勇者は気付いたのだ。今の時間はまだ大橋教諭の授業中だということに。


「そうか、俺の授業など聞かずとも次回の試験は何の問題も無いということか。よく理解した。明日の俺の数学の授業までに教科書五〇ページから六十二ページまでの予習を済ませろ。併せて問題集の該当する練習問題も全て解いて来い」

「ええと、先生。それって……」


 冷や汗をダラダラと流しながら大橋教諭を縋るように見つめる怜士。すると、大橋教諭は教室にいる全ての生徒をわざとらしく見渡した。


「勿論、クラス全員だ。異論は認めん」


 その瞬間、怜士と梨生奈が集めていた数々の視線は一気に鋭い殺気へと変化し、大音量のブーイングが四方八方から浴びせられた。


「ちょ、やめ! いや、マジでごめんなさいぃ!?」


 涙目になりながら謝罪をする怜士を尻目に、ただただ梨生奈は自分の世界に浸っていた。


「怜士の手、あったかくて気持ちいい……。ま、まあ、そこまで言うなら、怜士のこと、もっとちゃんと心配してあげる。それでまた、思いっきり怜士を抱きしめて、その後は! その後は…………えへへ」




いつもお読みいただき、ありがとうございます。


※2022/1/19 部分的に修正をしました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 数学は楽しい
[一言] ストレーリングとか此方で量産に成功できたら人類文明革新できるけどこの主人公はやらないんだろうなぁ、まぁ日本でやろうとしたら出る杭は打たれるから仕方無いか。金髪の娘と結婚するならアメリカ辺りに…
[気になる点] ヒロインは二人だけですか?
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